第85話 新人教育

 受付の嫌味な男に付いていく。その先は確か戦闘訓練や模擬戦を行える場所だと記憶している。

 私達は利用した事は一切無いのでそういう場所がある、らしい。としか知らないが。


 私が作り出すものは遠慮や配慮を一切する事の無いオーバーテクノロジー、故にそれをみだりに他者に見せれば要らぬ混乱が生じる。

 そういった理由もあって私達は一切ギルドの修練場とも言うここを利用した事は無い。


 あるべきでない物が、あるべきでない時代に。それは避けねばならない。


 それに人の欲望に際限は無い。

 この能力に目をつけたニンゲンに何をされるか分かったものではない。


 絶対間違いなく戦争に使われますわ、賭けてもいいですの。

 人間ちゃんってば同族殺しが大好きで御座いますからね〜。


 思考はあらぬ方向に逸れながらも男の後ろを黙ってついていく。


「こちらです、クロエ様にはあの両名の指導をお願いします」


 それでは、とだけ言って男は去っていった。


 私の視界の先、少しだけ遠くに二人の亜人が立っていた。


「…………」


「あっ!貴女が私達の指導をしてくださる方?」


 一人は男であり、荒れて跳ねた毛から覗く白と黄色のオッドアイがこちらを射抜いていた。

 随分と無口ね、まぁ喧しいよりはいいわ。


 そしてこっちは対象的に随分と元気な女ね。

 二人とも年の頃は……二十歳では無いわね?多分だけれど……女の方は人に近い見た目だから分かりやすいけれど、男の方は獣の特長が強すぎて……。


「ええ、今日から二人の指導をするクロエよ」


「うんっ!どんな人が来るのかと不安だったから安心したっ!」


 随分と元気な女だ。

 縦に割れた人よりも獣に近い濃い紫の瞳がこちらをじぃっと観察する。


 無意識か意識的か、女は背中から生えた左右非対称の黒い翼をばさはざとはためかせる。

 片方は立派な翼だと言うのに、もう片方は脱皮不全や羽化不全を起こした虫の羽の様に萎び、醜く変色している。


「……」


「……?なによ」


 急に男が私の匂いを嗅ぐ。

 ちょっと?いきなり女性の匂いを嗅ぐのは失礼にあたるのだけれど?

 まだ名乗ってすらいないというのに、何よこの男。


「あっ!ごめんねっ!ジャックはちょっと独特な所ががあってね?悪気はないんだぁ〜」


「……はぁ、もういいわ。とりあえず指導を始める前に名前と得意武器だけ聞いてもいいかしら?」


 あの行為にどんな意図が込められているかは知らないが、私は仕事をするだけだ。

 疑われるのも警戒されるのも慣れている、好きになさい。


「私はユーリ!使うのは弓だよ!」


「……ジャックだ。剣で戦う」


「弓に剣ね、いいわ。じゃあ始めましょうか」


 私は武器を持たず、新人二人が動くのを待つ。





「……死にたいの?何故考えなしに武器を振るうの?相手の行動終わりの硬直以外で何故攻撃するの?」


 脳みそをまるで空にしたように先制攻撃と言わんばかりに大振りに攻撃してきたジャック。

 その振り終わりに合わせるようにして武器を持つ手首を狙って殴りつける。


 僅かな呻き声を上げジャックが武器を取り落としそうになって慌てて両手でしっかりと剣を握る。


「射線管理はしっかりした方がいいわよ。自信が無いなら当たる距離まで近づきなさい」


 常にジャックを挟んでユーリが対角になるように動いた為か、ユーリが矢を番えたまま右往左往している。


「じゃああたしのジャックを間に挟まないで欲しいなっ!」


「訓練にならないじゃない。隙間に通して見せなさいよ、素人」


 ジャックが痛みを堪えながらも懲りずに武器を振るってくる。

 学習能力未搭載かしら?


 軌道が分かりやすい突き攻撃に合わせて剣の峰を拳で叩き軌道を下に誘導する。

 力のベクトルを逸らされた剣をそのまま踏み付け、ジャックの体幹を崩す。


 体幹が崩れ、前に倒れ込むような体勢から私を見上げるジャックの、その無防備な喉を私の人形の親指が壊れる勢いで突く。


「学習能力は無いようね、貴方の様な野良犬には痛みと共に教えた方が効果的かしら?」


 相手の硬直を常に狩るように動け、大振りの攻撃をするな。

 せいぜいが相手の行動を誘う為に小さく仕掛けろ。


 なぜ皆考えなしに攻撃するのかしら?それで手痛い反撃を食らったらどうするつもりなのかしら?

 実戦やダンジョンでは目の前の一体を倒したらおしまいだなんてありえないのに、不定期に連続で戦闘をしなければいけない環境で一番大切なのは被弾を抑えた戦闘方法なのに。


「ちょ、ちょっとクロエさん!?流石にやりすぎじゃ……」


「あら?じゃあ貴女が代わる?」


 喉を突かれて、喘息患者の様に正常でない呼吸でなんとか空気を吸っているジャックを指す。


「勘違いしないでほしいのだけれど、ジャックが考えなしに大振りの攻撃を降ったり反撃を考えずに攻撃するから反撃を喰らった。それだけよ」


 手取り足取り教えるのでは何も見に付かない。

 より実戦に則した形が一番好ましい。


「隙の少ない攻撃を次からは振るべきね、牽制や回避を強要する為に石ころでももう片方の手に仕込んでおくといいわ」


 ジャックに手を差し伸べながら告げる。


 ジャックは私の手を取ることをせず、自力でふらふらと立ち上がる。


「ユーリ、悔しいがこの女の言うとおりだ。言葉はどうあれこいつの言う事は正しい」


 あら、恥ずかしがりやなのかしら?ユーリには随分と饒舌ね。

 立ち上がり際に地面の砂を掴んだのか、ジャックの片手には私の助言通りに牽制用の遠距離攻撃手段を備えて私を見据えていた。


「じゃあ真似っ子」


 昔に使っていた姿を隠す為に使っていたローブで半身を隠す。


 私はローブで隠した方の腕に握った投擲物を投げる。

 それは外した私の指で、ローブの下で密かに形を整えたものだ。


「……なるほど、ローブで隠せば投擲物を隠せる。お前から得られるものは多そうだ」


「そうね、一回目はこうして安全なただの石ころを投げて油断させてもいいわ」


 私ならここから二投目を閃光手榴弾にしたり、昨日のリン達の模擬戦で使ったような匂い玉を投げたりする。


 それ以降はローブで投げる手を隠しつつ、ランダムに投擲して相手の警戒しなきゃいけない箇所を増やして戦う。


「あら、いたのね。忘れていたわ」


「最初は優しそうな人かなって思ってたのに、クロエさんって本当にひどい!」


 挑発を受けてユーリがジャックの後ろから大きく左に動いて矢を放ってくる。


「優しく教えて厳しい実戦で無残に死にたいのなら、そうしてあげるわよ?」


「……そうじゃなーいっ!一々ちくちくした言葉は言わないといけないんですかっ!?」


「……何がなんでも殺してやるってやる気が湧くでしょ?」


 正直それはごめんなさいだわ。

 いつまで経っても口の悪さが治らないのよねぇ、リンにもしっかり移っちゃったし。

 ほんとに良くない癖だわ、これ。


「硬直を狙う……だったな」


 ユーリの矢を避けて不安定な体勢になった私にジャックが突撃してくる。

 良かったわ、ちゃんと学習能力が備わっているみたいね。


 ま、人形だから不安定な体勢とか無いんだけどね。

 どれだけ無茶な姿勢でも人体の構造や関節を無視して関節が曲がったり反ったりするからね。


 硬直を狙って完璧なタイミングで切り込んできたジャックの腕を不格好で不気味な角度に曲げた腕で掴んで阻止し、足を払って優しく地面に倒す。


「学習能力が無いと言ったのは訂正するわ。ごめんなさいね、ちゃんと硬直を狙えて偉いわよ」


「……なぜだ」


 ジャックはそれだけ呟いて私の腕を凝視していた。


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