第86話 保護者

「あんたの言うとおりに回避できない硬直を狙ったはずだ……なにをした」


 あー……やっばいわね。

 負けたくなくて思わず人形としての特性を使って回避してしまったわ。


「さぁ?人は皆、なんらか秘密を持つものでしょう?それが自身の生存に繋がるなら尚の事、それを明かす存在はいないでしょうね」


 下手に誤魔化すよりは、こう言った方が効果的かしら。

 貴方達もどうせ言っていないだけでここまで生きてこられた切り札とも言うべき物があるんでしょう?と、明かしてくれないのならお互い様でしょう。


「別に私の秘密が貴方達にとって不利や害にはならないわよ。貴方達が私の事を嗅ぎ回らない限りね」


「……」


 ジャックはまたもや私の匂いを嗅ぐ動作をした後、そうか。とだけ言って訓練用に刃引きされた武器を回収してユーリの方へと戻っていく。


 ジャックの瞳の色……白色と黄色か。


 リリエルが以前言っていた、自身の扱える魔法と瞳の色は相関関係にあるらしい。

 ならばあの色はどんな魔法だろうか、黄色は電気とかあたりだろうかという予想は付くが、瞳孔すら含めて真っ白なもう片方の瞳については予想が立たん。


 予想が立たぬと言えば、ジャックに怪我が無いか確認するユーリの瞳の色もだ、宝石の様に、さりとて剣呑な妖しさを含んで弱く輝くあの紫色の瞳は果たしてどんな魔法を扱えるのだろうか。


 もし二人が私達の敵として立った場合、その不明な点が致命的にならないか心配になる。


 今からでも適当に擦り寄ってゲロって貰うのが楽そうね。


 二人に近付けばユーリがそれに気付き私に語気を強めて話す。


「ちょっとクロエさん!幾らなんでもやりすぎじゃないですかっ!?」


「実戦以上に経験を得られるものは無いと認識しているのだけれど……不満かしら」


「だからって、それが原因であたしのジャックに何かあったらどうするんですかっ!」


 過保護ねぇ……リンやリリエルを相手にしている時の私もこんな感じで必要以上にやり過ぎてないと良いのだけれど。


「その何かを起こさない為の訓練であって、レベル上げよ。刃物について教えなければ、いつか刃物で怪我をしてしまうように、心配だからといって必要以上に過保護にしていると成長しないわよ」


「……っ!ジャックはあたしのなの、他人が私達二人の関係について踏み込んでこないで」


 あらまぁ、教育方針の違いにより仲が悪くなってしまったわ、どうしましょ。


「大体、訓練だって言うならもっと丁寧に武器の握り方や知識を教えるのじゃ駄目だったんですかっ!?それをこんな……模擬戦だったとしても、もっと軽いものを私は想像して……」


「やめておけ、ユーリ。俺は少なくともコイツの方針のが合っていると感じた」


「ジャック!?」


 私へと詰め寄っていたユーリは驚いて振り返り、その勢いでこちらへと迫ってくるユーリの翼が私の顔に当たる。


 やはり随分と萎びているわね、片方の翼は。

 これでは飛べないだうろし、被弾面積が増えているだけね、翼の分体重も重いだろうし、俊敏な動きは出来ないでしょうね。


 攻撃しやすそうでなによりだわ。


「あいつの攻撃は全て威力が抑えられていた、それに戦闘中に必要な助言も来た。俺にとって一番タメになった訓練だった」


「じゃあなに!?数年一緒にやってきて、戦闘も私としていたのに、全てジャックにとっては余計なお世話だったのっ!?」


「いや、そうは言って……」


 言ってるじゃないっ!と叫んでユーリは一人訓練場から出ていこうとする。


 ジャックもあとを付いていこうとするのだが……ユーリから暫く独りにしてっ!と言われて中途半端に足を止めて静止する。


 んんっと……、ユーリはジャックの為を思って色々言っていたのに、その当人から否定されて?

 んでその後に追い打ちするみたいに今までで一番タメになったと、数年連れ添って頑張ってきた苦労よりも今日出会って数分の模擬戦のが役に立ったと言われる、と……。


 うーん……、でも結局独りよがりで相方も当然そう思ってるよね?と勝手に期待して意識の磨り合わせとかを行っていないのが原因よね。

 

 実力や戦力はともかくとして、力関係はユーリのが上なのだろう。

 そして保護者の様に常にジャックを護っていた自負がある、と。


 ……面倒ね。


「……ごめんなさいね、私の指導方針のせいで」


 さも自分が悪いみたいに殊勝な態度で近付けば少しだけでもジャックに取り入れるかしら。


「……いや、俺の言葉選びが悪かっただけだ。お前の指導はさっきも言ったようにここ数年の中で最も成長を実感できた」


「ふっ、相方が聞いたら怒るわね」


 私の言葉へは返答は無く、暫く沈黙が続いた。


 こういうとき、どうすればいいのか分からないわね。

 コミュニケーション能力は高い方じゃないのが災いしているわ、ほんと。


 私が口を開くよりも先に、ジャックが話し出す。


「ユーリと俺は同郷だ。人の街の。だが人の街であって亜人の為の街では無い」


「ユーリはその時から貴方を守って?」


 ジャックが首を縦に降る。


「亜人にとってどの街も住みづらい、だがここだけは比較的住みやすいと聞いた」


 ジャックは私から少しだけ距離をとって武器を構え、攻撃や防御といった動作の確認をし出す。


「だからここを目指した。もう逃げるのは御免だ」


 それに、と続けてジャックは私に訓練用の剣をもう一振り、投げて渡す。


「いざって時にユーリを守れるように、俺は強くならねば」


 と言って、私に拳大ほどの石ころを投げつける。


 それを軽く避けてジャックの足に向けて石を投げつける。




 二度目の模擬戦の後、荒く息を吐き続け地面に倒れるジャックと、人形だから当然だが息切れも汗もかかずに佇む私がいた。


「大振りの攻撃が減ったのはいい事ね、偉いわ。フェイントや砂で目潰しとか、敵の虚をつけるようにしなさい」


「……はぁっ、はぁ……分かった」


 ふぅん、ユーリとか言うのはヒステリックで面倒そうだったけど、ジャックは中々素直で扱いやすいわね。


 続けてジャックに助言を送ろうかと思案していた時、訓練場の入り口から聞き慣れた声がした。


「クロエーっ!帰ったよーっ!」


「リン、それにリリエルも。怪我は無いかしら?」


 私の大切な家族、リンとリリエルがそこには立っており、リンは大盾を持ったまま私へとまっすぐ向かってくる。


 どんっ!と勢いをつけて私の胸の中へと飛び込んだリンをしっかりと抱き締め、そのままくるくると二回転ほど二人して回る。


「リリエルはちゃんと猿を狩れた?」


「うんっ!それだけじゃなくてリリエルはクロエが苦戦したヤドカリも遠くから一方的に倒しちゃったよっ!」


「あら、それは凄いわね。偉いわよ、リリエル」


 おいで、と手招きしてリリエルを呼ぶ。

 近くへと寄ってきたリリエルに腕を広げてハグを待てば、リリエルは吸い寄せられるようにしてぽすん、と私の胸へと到着し、リンと場所を取り合うようにしてもごもごとし出した。


「んぅ、くすぐったいからあんまり動かないでぇ」


 二人の頭を目一杯撫でてやりながらもぞもぞする二人を止める。


「それがお前の仲間か……」


 ジャックが地面に横たわりながらこちらを見る。


 そして今更ながら私以外がいる事に気付いたリンとリリエルは飛び跳ねて私の背中に隠れた。


 リン、その銃はしまっておきなさい。

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