第87話 不安

「ク、クロエっ!?指導相手って……まさか男だったの!?」


「え?えぇ、まぁ。正確には女と男、一人ずつよ」


 リンが大盾から銃をしっかりと覗かせながら私を見つめる。


 その瞳は不安定に揺れており、リンは私の側に張り付いて離れない。


「んんぅ〜っ、クロエがっ、男と一緒だったなんて……っ!」


「別に何も無いわよ、ボロ雑巾にしながら必要な助言をしただけよ」


 ぐぬぬ……とジャックを睨みながら分かってるよ、分かってるけど……と唸るリン。


 ジャックが二度目の模擬戦の疲労からある程度回復したのか立ち上がる。


 リンに挨拶する為か二歩ほど歩み出して……リンが大盾を地面に叩きつけて威嚇する。


「っ!すまない……怖がらせたか」


 リンとジャックの間に壁になるように進み出て、


「ごめんなさいね、リンは私とリリエル以外信用していないの」


「そうか……」


 ジャックが匂いを嗅ぎ、私を見る。


 リンから距離をとったジャックを見て少し落ち着いたリンははやく帰ろっ?と私の新調したばかりのスカートの裾を握りながら催促する。


「じゃあ、この子も帰りたがっているし今日の訓練はここまでで良いわね?」


「あぁ、また明日訓練を頼む。ユーリには俺から言っておく、すまなかった」


 はいはい、と手を振って私は二人を連れてそのまま訓練場を後にした。

 途中、依頼を持ってきたあの受付の男に睨まれたように感じた。


 おそらくは私が訓練場で素手のみで応戦した事が原因か。

 得物や戦闘スタイルや戦力が不透明だと言いたいのだろうな。


 だが戦闘方法やら戦略指南など、そういった部分は明かしたのだからそれで満足して欲しいのだけれどね。


「ねぇクロエ?あの男はあたし達の脅威になるの?」


「え?急にどうしたのよ、大丈夫よ。教えた内容も一部抜けがあるように教えたから」


 自分が教えた内容で後に敵対して死にました、なんて嫌だからね。

 わざと抜けがあるような訓練内容にして教え、いずれ敵対した場合そこを突く予定だ。


 今回の場合であれば教えたあの戦術はスタミナや持久力に優れた物でないと難しいという点だったりね。

 大振りな攻撃を控えるという事は当然決着まで長引くということだし、相当な集中力と何度も死に際を逝かねばならない戦法だったりする。


 だいたい、素人に教えるならあんな戦法じゃなくていつもの新兵おすすめセットの大盾と槍持たせてるわよ。

 堅実かつ確実で、昨日まで農民だった連中でも数揃えればそこそこになる万能武具よ、あれ。


 つまるところ、相当な場数を踏んだ熟達の戦士がやるような戦術という事だ。

 決して戦闘慣れしていない素人がやっていい代物ではない。


 あるいは私のように疲れるという概念が存在しない人形のような存在が取る戦術ということでもある。

 ま、そうでなくとも閃光手榴弾の初見殺しからの攻撃で大抵は終わりよ。


「ふーん……ならいいけど。なんかやだなぁ、クロエが男といるって、もやもやするっ!」


 自分たちの家でもある馬車へと戻ってきたリンは尚も納得が行ってなさそうに抗議する。


「別に何も無いし……万が一負けても別にヤラれたりしないから大丈夫よ?」


「家族でする会話じゃないですよ……クロエさん」


「え?でもリンが心配しているのってそういう事じゃないの?」


 手篭めにされたらどうしようと私を心配してくれてるのよね?


 リンが荷物置いてくるー、と言って二階へ去った後、リリエルが私をたしなめるのでそれに返答する。

 リリエルはすでに荷物を置いたようで、ソファーに座りながら読みかけの本を手に取る。


「違いますよ……いえ、合ってはいるんですが。クロエさんの心があの男へ移るんじゃないかって要らない心配をしているんですよ」


「えー……?あり得ないって分かりきってる心配をしているの?」


 リリエルはじとっとした目をしながらこちらを見、まるで分かっていないと言わんばかりに一つ息を吐く。


「クロエさんみたいに理性や合理で全部納得はしないんですよ。分かってても心配、ってやつですよ」


 それは杞憂というやつでは、と思ったがそういうものかと納得し、リリエルの隣に座る。


 それにしても今日は色々と疲れた。

 もちろん肉体的にではなく、精神的にだが。


 いつも通りダンジョンに三人で行くとばかり思っていたのに、あの受付の男……。

 いや、真に警戒すべきはギルドか。


 随分と警戒心が強く、ダンジョン、あるいは街の治安維持や浄化に余念が無いように感じる。

 一度怪しいと思った相手には徹底的に締め付け、その脅威度を計測しようとしている。


 確か……創世樹街、及びギルドは王命で作られた、と言っていたわよね?

 それは魔法が使えぬ、あるいは使用が容易で無い人間にとって魔導具という存在が簡単に魔法を行使出来る飛躍的な進化を約束されている存在だから、でいいんだっけ?


 王からの命令であるが故に、万が一にでも失敗が許されないからここまで熱心にギルドは街の治安とダンジョン探索に精を出しているのかしら。


「んー……でも暫くの間は新人二人の指導役になってるからリンには負担を掛けてしまうわ」


「それはいつも通り何か埋め合わせしてあげればいいのでは?リンさんは案外単純ですから」


「誰が単純ってー?リリエル最近言うようになったよねー?」


 荷物を置いてラフな格好になったリンが螺旋階段を降りてくる。

 タイミングが悪く聞かれていたリリエルはうげっ、と言って私の背中に隠れる。


「えー……その。聞き間違いですよ、リンさん」


「しっかりと聞いたもん。クロエも聞いたよねっ?」


「ええ、聞いたわ」


 ほら!と私の背に隠れたリリエルを引っ張り出そうとするリン。

 私を中心に右へ左へ謎の攻防を繰り返す二人にあんまり暴れないで、と落ち着かせる。


「だいたい最近のリリエルは慣れてきたのか段々生意気になってるっ!最初の控えめなリリエルはどこいったのっ!」


「まぁまぁ、いいじゃない。いつまでも心の距離があるよりは少しずつでも心を開いてくれた方が私も嬉しいわ」


 興奮気味のリンを宥める為、リンの手を取ってこちらに視線が合うように誘導する。


 リリエルが意識してこうして積極的に交流を図っているのか、それとも無意識に素が出るまで信頼してくれたのかはわからないが、どちらにせよいい傾向なのは間違い無い。

 であるならばこのままリリエルには好きにしてもらった方がいい。


「むー……クロエまでリリエルの肩を持つのっ!?だいたい、なんの話をしていたわけっ?」


「リンの事よ」


 へ?とそれまでのむすっとした拗ねた顔から一転、予想外だったのかきょとんとした顔をする。


「リンさんはきっとクロエさんが男といるのを良しとしないですよって話です。なのでちゃんとご褒美や交流をよりして、ちゃんと話し合いましょうねって」


 リリエルが私の背中越しに事情を説明する。


「あっ!そうだよ、忘れてたっ!クロエあいつとこれから定期的に会うって本当?」


 信じられない!と言わんばかりに声を上げるリンに私は仕方ないじゃない、と返すしかない。


「それにね?あの男と、もう一人女がいるのだから二人きりで会う訳じゃないのよ?」


「むぅー……」


「大丈夫よ、リン。私は貴女達二人の、二人だけの家族だから。どこにも行かないわ。なんならダンジョン探索の時には偶然を装って一緒に合流しましょ?それなら貴女と一緒よ?」


 その後、私はなんとかリンの機嫌を直してもらう為に尽力した。

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