第88話 素人二人、ダンジョンへ
ジャックとユーリ、二人の指導を受け持ってから早くも二週間程が経過した。
最初の出会いこそジャックからは良い指導教官だと、ユーリからは過激すぎると悪印象を貰ったが、今では表面上ではあるかもしれないが普通に接している。
初日、ユーリから過激だと言われその場を去られた次の日、ユーリから謝罪があった。
曰く、ジャックからも言われ自覚もあった為申し訳ないと思った。ジャックがあそこまで手酷く返り討ちにあった事が無いから動揺した。と。
私としても単純に口の悪いところは指導関係無くいつものノリでやってしまったので、そこは私からも謝罪している。
今は……どうだろう、表面上は普通だと思う、お互いに。
少なくとも私の指導を例の訓練所で真面目に受けている。
一度ユーリに「どうやったらそんなに正確に射抜けるのか」と聞かれ実践した事があったりもした。
その時は人形のスペックを活かして射抜いてみせ、参考にならん、と返された。
呼吸の必要が無いので体が動かない、人形の体は筋肉のようなストレスや緊張によって伸縮を繰り返す無駄な物質で構成されていない。
無機物である人形の体は一切のブレや振動も無く用意された的の真ん中を射抜き続ける事が可能なのだが、たしかに参考にならんなと言われて自覚した。
そんな日々が続いていたが、そろそろこの二人をダンジョンの一階層へと連れてもいい気がする。
依頼の完了条件をあとで確認したところ、一階層の遺跡群を難なく突破出来る実力が備わるまで、との事なので私としてはさっさと終わらせてリン達に合流したい。
「ほら、伸びてる所悪いけれど二人にはこのあとダンジョンに私と来てもらうわ」
今日もいつも通りに訓練所でジャックとユーリをめっこめこにしてから声を掛ける。
ユーリは後衛として動いていたからかそこまで疲労は無く、せいぜいが膝をついて荒く呼吸をしている程度だ。
「……ダンジョン、ですか?」
ジャックからの返事は無い。まぁ前衛として私の攻撃を避け続ける必要があるから限界まで体を酷使しているのだろう。
加えて最近はジャックが私の相手をしない場合、容赦無くユーリの方へ攻撃をしに行く様にしているからそれもあるだろう。
要はヘイト管理しない前衛のせいで後衛が死にました、あーあ。という状況を再現しているのだ。
前衛が気合入れて敵を引き付けなければ安心して後衛は攻撃に専念出来ない、と。
「ええ、そうよ。いつまでも訓練ばかりじゃ貴女達も成長が実感出来ないでしょうしね。それに、二人の練度もまぁ一階層の入り口付近ならそこまで危険も無いはずですしね」
「で、でもジャックはもう限界なんじゃ……」
「い、いや……問題無い。少し休めば動ける」
倒れたままのジャックがなんとか言葉を絞り出す。
実際のところ、対人……つまるところ戦略や戦略に理解のある相手となると課題は多すぎるが、獣や畜生風情ならば問題無い程度には前衛の練度は高い。
これならばジャックはユーリに攻撃が行くことなく、ユーリは攻撃に専念出来るとは思う。
それに今回は私と、リン達と後で合流する予定だ。
まぁ依頼の完遂にはこの二人を使える段階にまで持っていかないと行けないので仕方ないと言う側面もある。
だがリン達が、より正確に表現するならリンがそらそろ自分達以外と交流する私という状況にそろそろ限界の雰囲気を醸し出している。
ここ最近リンにはリリエルの件であったり今回の件でも、我慢をしてもらい過ぎている気がする。
もちろん私達の移動拠点である馬車に帰った時はなるべく要望は聞いてあげているが、それでもやはり負担を掛けすぎている気がする。
そういった理由もあって、そろそろ私達側の事情で期限というか、リミットが迫っているのだ。
「ユーリ、さっきの模擬戦なのだけど……」
「あ、どうだった?」
「そうね、まぁ……命中精度は上がっているわ。それは間違い無い。でも戦闘中のジャックがユーリの為に射線を空けないと撃てないという状況が多いわ」
一々ユーリが撃ちやすい様にユーリの射線から離れて……でも眼前の敵のヘイトはこっちに向けて……ただでさえ目の前の敵に思考を割かなければ行けない状況で、新人のジャックに負担が多すぎる様に思う。
「う……でもジャックに当てるわけには……」
「じゃあ別の武器を持つ事ね、それとも、そのお目々の色の通りの魔法でも使う?」
私の言葉に押し黙るユーリ。
この問答は何も初めての事では無い、以前にも言ったがその時に既に回答は得ている。
手の内を全て他人に晒したくない、と。
それは当然だ。昨日までの他人や友人が、明日もそうであるという保証はどこにも無い。
事実、ダンジョン内では私達はまだ経験が無いが冒険者同士での殺し合いや、冒険者を狩る専門の存在もいる。
ユーリからすれば私がそうでない保証は無く、故に手の内は隠し、いつでも不意を打てるようにしたいのだろう。
私が一切の武器を使わずに素手のみで指導しているように、向こうも警戒しているのだ。
「冗談よ。私も貴女も、秘密のままが平和よ」
「う……その……同じ亜人なのにこんなに疑ってごめんね?でも私にはジャックしかいないから。誰でも信用できなくって」
「別にいいわ、私にもリン……あぁ、これからダンジョンで合流する私の仲間ね?あの子達だけが信頼し、信用出来る存在だから」
私は依頼の完了にジャック達が必要。ユーリ達は強くなる為に私が必要。
それ以上はお互いに不幸な結果を生みかねない。
ジャックがようやく起き上がり、体の調子も良いという事なのでそのままダンジョンへと向かう。
「ジャックは一度見ていると思うけれど、これから合流するのは私の家族よ」
「……ジャックいつの間にあなた」
「初日だ」
それだけ言って察したのかユーリはそれ以上は言わず、やや申し訳なさそうな表情を作る。
どこまでも続くように錯覚するいつもの創世樹の根本にある階段を降りる。
私はもはや何度も通い、慣れたダンジョン一階の道だが、ジャック達はそうでは無いのか表情が強張っている。
まぁ、私とリン達がついているのだから大丈夫でしょう。
説得するの大変だったんだから。
新人のダンジョン探索を手伝ってあげて、という私の要求に首を縦に振ってくれるまで私が何個のリンのお願いを聞く事になったか……。
緊張をほぐす為か無言で階段を降りるというシチュエーションに耐えかねたか、ユーリが口を開く。
「あ!えっと、クロエさん?そのクロエさんの家族ってどんな人?」
「ん?二人とも亜人よ。幼い頃に人から迫害されて逃げて、そこで私に出会ったの」
触り程度なら紹介してもいいだろう。
込み入った所まで説明する気はないが。
「そう……クロエさんが親代わりを?」
「そうね……。まだ子供だからといって侮辱する事は許さないわよ?あの子達は貴女達より強いわよ」
私が知る戦術や戦略を日々試行錯誤し、研鑽を互いに積んでいるのだから、リン達の実力は決して低くないはずだ。
なにより、こちらには私の現代地球の知識があるのが強みだ。
戦略や知識も素人とは言えこちらの世界の文化水準と比較すればそこそこのもののはずだから。
「クロエさんじゃないんですから、いきなり口悪く接したりしないよ」
初対面の時は悪かったって、私の方からも謝罪したじゃない、ユーリ。
蒸し返すのは卑怯じゃなくって?
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