第89話 疑念

 私達とリン達と合流し、その開口一番がこれだ。


「それで……その二人がクロエがいつも相手してる奴等?」


「ええ、そうよ」


 まっずいわねぇ、口調に棘がまじり始めてる、本当に限界が近いわね、リン。


 普段は絶対に私にこんな喋り方しないもの、声のトーンだって少し低い。

 リリエルからもちょっと報告貰ってるのよねぇ、二人でダンジョン探索している時に、目に見えて雑になっている部分が出始めてるって。


「リン……」


「っ……ごめん」


 名前を呼んだだけだがそれだけでリンは自分の言い方が良いものではないと気付いたのか、落ち込んで謝罪の言葉のみを口にする。


 そうよね、リンは元々村で迫害され放題の環境で、人間はおろか、自分以外の全てが嫌いとまで行く程に辛い思いをして生きていたものね。


 今でこそ私と出会ってそれが少し緩和した様に思えるけれど、ジャンのときの様に亜人であったとしても難色を示し、関わり合いに抵抗を見せるのがリンですもの。


「大丈夫よ、あれらもそこそこやれる様になってきたから、もうちょっとの辛抱よ」


 私の存在で保っているような物なのだから、今の現状は私がそう思っていなくても、自分をいつも最優先してくれたのに、そうじゃなくなったみたいなものよね。


 そりゃ不安にもなるし口調も荒れるわ。


「ほんと?」


「ええ、ほんとよ。この一件が落ち着いたらリリエルと三人でちょっと長めの休暇でも取りましょ?」


 もう少しで依頼であるジャック達の教練が終わることと、存分に構ってあげるという二つでリンはなんとか落ち着いた。


「リリエルもごめんなさいね、苦労を掛けるわ」


「い、いえ。リリエルは大丈夫です。クロエさんの方こそいつも大変だなぁって」


 もちろん、リリエルのケアもしなければ。


 さっきも言ったように荒れに荒れたリンと一緒にダンジョン探索は中々に堪えるはずだ。

 何せ、本当に自慢では無いが私の口の悪さが嫌っていうほどリンに移ってるからね。


「そんな事無いわ、リリエルにもここ最近苦労を掛けてしまってるもの。何かして欲しい事があれば言ってね?なんでもしてあげちゃうわよ?」


 慣れないウインクをして気安く、頼みやすい雰囲気を作りつつリリエルに提案する。


 まぁリリエルが何も求めなくてもこっちで何か用意するのだがね。

 リリエルは私達といる状況に慣れつつあるがまだやはり遠慮の部分はあるはずだから。


 何か美味しいデザートでも作ろうかしら?


「うわあ、クロエさんって家族相手だとあんなに優しいの……?訓練の時はあんなに厳しくて容赦ないのに……」


 私達のやり取りを聞いていたユーリがそうこぼす。


 あら、厳しい指導をしてくれる存在ってかなり貴重なのだけど?


「あぁ……そういえば紹介がまだだったわね。ユーリ、ジャック。こっちの大盾の子がリンよ。そっちの子がリリエル」


「よろしくねっ!リンちゃんっ!リリエルちゃんっ!」


 努めて明るく、元気にユーリがリン達に近付こうとするが、二人して私の後ろに隠れてしまう。

 リンに至っては銃をユーリの方へ油断無く向けている始末だ。それは仕舞いなさいリン。


「えっと……あはは」


 ユーリが元気に明るく振る舞うのは警戒心を抱かせない為なのだろう。

 加えて自分は女であるから、愛想良くしておけば多少は相手の対応も柔らかくなるという打算もあるはずだ。


 ユーリにとってのそれは処世術であり、それでここまで来たのだろう。

 そのおかげか多少は自身の振る舞いや言動について少し自信があったと思われる。


 それだけに、明らかな警戒と敵意を滲ませるリン達にどうしたら良いか分からず苦笑いを浮かべるしか無いのだろう。


「気にしないでと言うのは無理かもしれないけれど、私の子達は様々な事情を抱えていてね……同じ亜人が相手でも仲間だとは認識しないみたいなの」


「だ、大丈夫です……。自分以外を信用しない亜人はこれまでに何人か見ましたから……」


「そ、ならいいわ……それじゃあ本来の目的を果たしましょうか。ユーリ、ジャック。貴女達は今現在私達がいる一階層、この遺跡群を夕方まで探索してもらうわ」


 口調や声のトーンを変え、二人に集中して聞けよ?と促す。


「私、及びリン達は非常時のみ戦闘や探索に参加、それ以外は基本手出しはしない。以上よ。質問は?」


 するとジャックが手を挙げる。


「クロエ、あんたを疑いたくは無いがあんたの家族は腕は確かなのか。まだ俺達の半分も生きていないように思えるが」


 ジャックとしては当然の疑問であり、多少反感を買ってでも確認しておきたい内容だったのだろう。

 別段その質問に関しては何も間違っているとは思わない。


 自分達がピンチになったら助けてくれますよ、貴女達の半分しか生きていない様な小さい子が。

 

 そう言われてはい!と言える人は少ないだろうし、ピンチの時に本当に強いのかわからない人に背中を預ける気にはなれない。

 至極当然の事だ。


「リン、リリエル。武器を仕舞いなさい」


「でもっ!クロエさん、こいつら今リリエル達を馬鹿にっ……!純血はいつもそうだ、混ざり者や人を見下し、値踏みするっ!」


 あちゃー……リンじゃなくてリリエルの地雷にヒットしたかぁ。


 リリエルは混血、混ざりだと自分で言うように、それをコンプレックスに思っている。

 それはもう、盛大に。


 混血でなければ、母に愛され、友に恵まれ、自分だけの部屋を持て、そして……そもそも人間が母を犯さなければ、生まれてこなくて済んだ。


 まずそこで人間に対しての嫌悪感や悪感情が、そしてそのまま混血として生きていく内に、どちらにも属せず、人間と亜人から有形無形のあらゆる迫害や差別に晒される内、どちらにも良い感情を抱けなくなる。


「実力を示せばいいのね?」


 ジャックに確認すれば、黙って彼は頷いた。


 ふん、ならいいわ。実力を、圧倒的な実力を持ってしてそのけったいな口を黙らせましょう。


「リリエル、ああいう輩への対処法を教えてあげるわ」


「なんですか……」


「大抵の場合は、放っておくのが一番よ。口さがない連中は履いて捨てるほどにいる。一々相手して時間を浪費するより、その時間で美味しいもの食べた方が有意義よ」


 有名な話だ。


 イジメられた子がイジメっ子を恨んで、時間を消費している間、イジメっ子達は美味い物食ってイジメてた事すら忘れてる。


 なら自分もそうした方が遥かにマシだ。


 だが……一定のラインを、超えてはいけない一線を超えた場合は……。


「それでも、もし許せない、許してはならないところに触れられたなら……」


「なら……?」


「泣くまでやり返しなさい。そして、泣きを見せたら更にもう一発ぶち込みなさい」


 悪い顔して笑ってみせ、リリエルにそして、今がその時よ。私達の実力を疑う愚か者に、実力を見せつけましょう。


「……分かった。他にはやり返していい時は?」


「リリエル最近喧嘩っ早くなってない?……そうね、家族を馬鹿にされた時、友人を馬鹿にされた時はいいわ。仲間を大切になさい。この場合は、私達ね」


 ジャック達に向き直り、それじゃあ見てなさい。と一言だけ告げる。


「ねぇ……ジャック?クロエさん、あれキレてない?見たことない程怖いんだけど……」


「だが、俺達の命に関わる事だ……謝罪なら後でしっかりとしよう」


 私とリンには丸聞こえなんですけど、それ。


「クロエ?どこまでやるの?」


「ん?どこまでって、全部使うわよ。私の家族を馬鹿にされて、実力の低いやつだと言われて黙ってる程、私温厚じゃないの。リン達はめちゃくちゃ強いんだぞっ!て認めさせなきゃ気が済まないわ」


「っ!えへへ……クロエがそう言うんじゃ仕方ないねっ!全力でやっちゃおっか!」

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