第117話 加害者?被害者?

 耳長の女が引き続き街の案内……又は監視をするようで、私達の大型に馬車ですら通れる通路をゆく。


 それはいびつな大樹をぐるりと旋回しながら下の街へと続くようで、白くつるりとした何かで作られたその通路を下へと降りる程、街の喧騒が聞こえてきた。


 否……それは喧騒と呼ぶには些か不穏に過ぎる熱を持っているように思えた。

 呑まれてはいけない、目を向けてはならない。本能か別の何かか……定かでない何かが警鐘を鳴らす感覚が絶えず響く錯覚を覚え、私はそれを無視する為にも案内の耳長に話しかける。


「随分と賑やかね」


 峡谷を半分ほど降り、私の目と耳にもより詳細な街の様子が伝わってくる。


「そうですかな?我々はこの街で暮らしてもう長いですから分かりませぬが……人形殿にはそう写りますか」


「えぇ……そうね」


 曖昧な返事と共に視線は全く別の……峡谷の底に広がる街のとある場所を向く。


 そこには大型の檻があった。

 その周りを羽を毟られたトンボに集る蟻のように亜人達が詰め、檻の中へ容赦の無い言葉を投げかけている。


 檻の中は一人の人間がいた。

 人間は震える手で自身の耳をひどく錆びつき、色を失った刃物で削っていた。

 何か明確な目標とする形があるかのように先につれて細く尖った形へと成形しようとしている……ように見えた。


 耳をよく聴こえるものへと換装し、この奇妙なイベントの続きを観察する。


 私の案内をしている亜人と同じく耳長の亜人が檻の人間に怒鳴っている。


「おい下手くそっ!なんだその耳はっ!?俺達エルフの耳はそんなんじゃねぇぞ!!さっさともっと削れ!」


 削り方や形が気に入らないのか耳長……自身をエルフと呼称した亜人は人間に更なる自傷を迫る。


 隣にいる半人半蛇の女性が追うように言葉を投げる。


「なんだいその気持ちの悪い脚は……あたし達の脚はそんな二つに別れていないよっ!ほら、さっさと脚を焼いて溶かしていっぽんにするんだよっ!」


 その他にも檻の人間に自傷による整形手術を命令し、野次を飛ばし続けているのが見える。

 やれ脚をもっと短くしろ、俺達のように鱗を生やしてみせろ、だの……亜人の最たる身体的特徴を真似るように人間を加工しようと喚き、人間が悲鳴を上げて身体を削る度に笑い声が上がる。


 その途中には貴様らが我が父祖に、妻に、娘にした事だろう。という言葉も聞こえた。


 ふぅん、ストレス発散の為の処置かしら。

 人攫いだなんて部隊があるし、もっと意味がある事……かしら。


「貴女達の街では人間をああして使うの?」


「……?あぁ、あの檻ですか?あれだけでは御座いませんよ。その他にも人間を様々な方法で加工していますよ」


 下のイベントから目線を逸らさずに続きを聞く。


 檻の中の人間は死にたくないと懇願し、それに対してなら俺達亜人と同じになれたら考えてやるよ、と亜人達が下卑た笑いと共に返す。


「まぁ……正直悪意や敵意の矛を人間に向けたままにするという意味もありますがね。やはり様々な種族が一同に会している以上問題は起きますから」


「そう。他にはどんな……あぁ、あの建物は何?人間の……学び舎?」


 背の高い亜人と、それの後を俯き、乱れなく列をなして歩く人間の子供が見える。


 子供達は一切の服を着ておらず、血の滲んだままの脚でしっかりと立っていた。


「あれですか?そうですよ、学び舎です。あそこで産ませた人間の子供に教えるんです。人間とは醜く愚かで、その生涯を亜人への奉仕に費やすべきだと」


 要は洗脳施設ね。

 確かにあの様子だと自分の意思なんて無さそうだものね。


「ああした従順な人間は一部の同胞に人気なんですよ。まぁ……大抵は外から仕入れた反抗的な人間の方が好みな亜人がほとんどですがね。ですが需要はありますよ」


 何をされても感謝の言葉を述べる様は気分転換にいいのだとか。

 そう話す案内の耳長……エルフの女は語る。


「随分と恨みがあるみたいね?」


 いっそ異常なほどにこの街は人間への怨嗟の声で満ち、強迫的とすら思える程に人間に対する凄惨な仕打ちに魅了されている。


 もはや峡谷の底に近い場所にまで降りてきた。

 私の質問にエルフの案内人はその脚を止め、私を見る。

 その瞳孔すらわからぬ何も描かれていないキャンバスがこちらを見る。


「……人形殿、我々は人間とは違いそのほとんどが長寿です。故に……」


 エルフの女が服を捲ってその下を見せる。


 幾つもの縫い跡に、人間がつけたであろう下品で粗野な文字が入れ墨となって刻まれていたその服に隠された身体は、持ち主の過去の経験を察して余りある。


「その中には当時を生きていた者も少なくないです。私もその一人です。幾度となく望まぬ生命を宿し、あまつさえそれを無理に取り出され、そして……人形殿、赤子を食べた経験はありますかな?」


「残念ながら、人形に食事をする機能は無いから……」


 僅かに首を振り、否定する。


 エルフの案内人はさして気にした風もなく、


「そうでしたか。であるならば生涯そのままであるのが良いでしょうな。あんなもの、経験すべきではありませぬ。まして、それが血を分けた……失礼、話が些か逸れましたな」


 と感情の見えぬ顔で話の軌道を修正する。


「とにかくですな、我々の恨みは何も先祖の……というものが全てでは無いのですよ。少なくとも、私にとっては」


 はは、と乾いた笑い声と共に話を終え、そのまま街の案内と人攫いの責任者がいるという建物へと先導し始める。


 思ったよりもお互いに根が深いわねぇ……。


 この街の異常な熱狂、とも呼べる雰囲気はそうしたものが大きいのかしらね。

 もはや人間も亜人も互いが被害者であり、加害者でもある……どちらを悪とも断定出来ない面倒な関係ね。


 関わり合いは御免ね。

 なによりリンとリリエルの二人にちっとも良い影響が無いわ。

 むしろ悪影響よ。


 二人がこの街で何を学ぼうとも、それが良いものでは無いでしょうね。


「こちらです、どうぞ人形殿。馬車のままでよろしいですよ」


 街の通路は全体的に広い為、馬車でもそのまま通っていいとの事だった。

 大通りは創世樹街と似てこそいるものの、技術力や街の建築物のクオリティが高いように思えた。


 細やかな装飾に、ガラス等が多く使われたその建築は人間の技術発展とは半世紀、あるいは一世紀程の開きがあるのではないだろうか?


 エルフの案内人につられて歩く事数分、思い出したように案内人が口を開く。


「あぁ人形殿、この街に来たのであれば土産に一つこちらをどうぞ?」


 言葉と共に渡されたのは随分と趣味の悪い仮面……であった。

 醜く肥大した様々な色を混ぜ合わせたような汚らしい色の瞳が描かれたその仮面は、内側に奇妙な仕掛けが施されていた。


 それは仮面を被った時、ちょうど瞳が来るであろう位置に太く鋭い針が伸びていた。


「これは?」


 当然の疑問と共に聞く。


「それはこの街で流行っている人間に被せるおもちゃですよ。『黒潰し』と我々は呼んでおります。祝福の無い人間は哀れですから、これを被せれば神から見離された瞳を捨てて我々の様な色付きとなれるのですよ」


 楽しそうに笑いながらプレゼンテーションしている所悪いのだけれど……使う予定無いわよ。


 というか随分皮肉の篭ったアイテムね。要はこれ「これでお前も……ふふっ、俺達と同じ色付きの瞳だね?……汚ったな」て事よね?


 はあ……徹頭徹尾頭が痛くなる街だわ……。

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