第116話 一纏めにして亜人と呼ぶ

「まだ警戒してるわけ?頭おかしいんじゃないの?」


 女の亜人の方が未だ噛み付く。


 原因はなんだろ、手首を落として焼いて止血したから?

 いや、違うわね。ただ手を落とされた程度の軽い損傷でそこまで怒る訳無いもの。


 だとしたら、何故かしら……。


「貴女……なんでそんなに怒っているの?」


「おまえっ……!……待って、本当に分からないの?」


 首を傾げて、しっかりと分かってないですよとアピールする。

 言語で理解して貰えない場合、こうすればいいと以前教えてもらった。

 それは人であった頃だったか、それともそれ以外かはあまり興味が無いので記憶の奥底だが……。


 女は呆れ果てたような仕草で空を見上げため息をついて、その後私を見た。


「いい?私が怒ってるのはね、やりすぎだって話よ!襲われたからって何もこんな奴隷みたいな真似……同じ亜人なら協調性とか仲間意識とか、もっと大事にすべきでしょう!?」


「……ねぇ、そこの男の方。普通襲われたら殺されても文句言えないわよね?」


 私の認識が間違っているのだろうか、人権意識マイナス、殺しのハードル地面スレスレ、善と悪の境界線ぴったり薄々……だと異世界の事を認識していたのだけれど……。


 男の方、と私が個体名を覚えていない事に多少苦笑いしつつも答える。


「いや……まぁ。人間相手だったらお互いにぶっ殺してやるで通るが……。同族相手でこうやって間違えた場合にここまでされるのは初めてだな……」


「ふぅん……まぁ、何を言われても態度を改める気はないわよ。私は人形だからいくら壊れても問題無いけど、あの子達の安全の為ですからね」


「はぁ……わかったよ。じゃあこれからの態度で本当に敵対の意思は無いって証明するよ……」


 あとリリエルの事もあるからね。

 リリエルが嫌っている相手と仲良く、なんてリリエルからすれば裏切りに近い行為、できる訳ないわ。


 と、なるとこれから行く亜人の街での私達の立ち振舞いはかなり考えなきゃいけないわね。


 いっそ亜人の街での活動は喋れる人形をもう一体作ってそれに活動させようかしら。

 うぅん、でもそれをしちゃうと今後もずっとそれが楽だし安牌だからって使い続けるわよね……。

 ただでさえリリエルはアウトドア派じゃないから、これ以上引きこもりを助長させるようなアイテムを作るのはどうなのかしら。


「そうね……でもどれだけいっても他人以上に仲良くする気はないから」


「あー……なるほど?分かったよ」


 男の方は亜人嫌いの仲間が私の所にいるのを察して頷き、女の方は分かっていなさそうだった。


「それで?あとどれくらいで街に着くのかしら」


「すぐさ、今日にでも着くさこのペースなら」


 もうすぐだ、という男の言葉の通り暫く無言のまま移動する事数時間……人目には着かぬ森の中と、その先の峡谷の底にへばりつくようにして作られた街が見えた。


 いびつに歪んだ大きな樹木が峡谷の一番上……地表にまで伸び、そこに無理矢理に通路を渡されていて、そこから街へと降りるようだった。


 街の外壁……つまるところ峡谷の壁には幾つもの蟻の巣かと見紛う穴が無数に開き、恐らくはトロッコ用の線路も見える。

 その巣穴とも呼べる穴からは背を丸めた男が何人も鉱石のたぐいを抱えて街へと続く吊橋を歩いていた。


「あれは……ドワーフ?」


 まさかこんな異世界べったべたな種族がいるだなんて……。

 でも、随分とファンタジーで見る外見とは違うようね。視力に優れた目に交換してより詳しく彼らを観察すれば、その地底に適応したであろう外見の特異さが分かった。


 皮膚はまるで魚の鱗、その一枚一枚を大きくしたようであり、その鱗は岩のように無骨で無機質だった。

 まるで鎧のようなそれは全身を隈無く覆っており、亀の甲羅を思わせるものだ。


 目は白く濁りきっており、光の届かぬ地底で視力というものの無力さに絶望し、それを捨て去ったように思えた。

 彼らが動く度に岩の鱗の隙間に入り込んだ小石や砂がパラパラと落ち、吊橋を汚していた。


「目が退化しているのは洞窟性の昆虫なんかに見られる特徴よね、鉱石を掘るのは習性かしら?それとも別の理由が?」


 地表に顔を出してまだ満足していないのか、天を目指して伸びる樹木の側にまで来て、数人の人間……いや耳の長い亜人二人に馬車を止められる。


 連れてきた亜人二人が落とされた手首を持ったまま耳長と話している。

 最初こそ私を睨んでいたが話を聞き続ける内に呆れたような、一周を回って感心しているような視線を耳長二人は連れてきた男女に向けている。


 私も一応亜人だと言うことを協調する為右肩から生えている腕を含めて計三本の右腕を振って挨拶をする。


 耳長のうちの一人、背の高い女性がこちらに近づく。


「初めまして、同胞よ。此度の一件は人攫いが失礼した。聞けば幼子二人を守り旅をしていると……その様な旅路で襲われたとなればあの二人が殺されたとしても仕方ない程の事であった」


 それを生け捕りで済ましてくれたという寛大な対処に対する謝罪と感謝に続け締め括る耳長の女。


「粗方の話はそちらに通っているようね。なら私の子に一人、亜人をよく思っていない亜人がいる事も知っているでしょう?」


「えぇ……ですがそれは全て祝福無き者共に原因があります。あれらが我々を迫害し、攫い、尊厳の全てを奪わなければ今日に至るまでの悲劇は全て無かったでしょう」


 祝福無き……ね。以前リリエルの瞳の色に関しての話で少しリリエルが話していたわよね。

 人間の黒い瞳は祝福無き夜の瞳だって、魔法を授かれない劣等種だと……。


 まぁ、人間が亜人と戦争するまで拗れていなければっていうのはそうだけれど、それだと私とリリエルが出会わなくなってしまうし難しい話ね。


「まぁ私達人形はここらへんの生まれではないからその手の話は詳しく無いからあれこれと言うのは控えさせてもらうわ」


「そうでしたか。なんにせよ我々の同胞である事は疑いようもありませぬ。人形殿、並びに貴女のご息女二名を我々は歓迎致します」


 つきましてはこの後は……と事態が事態な為まずは私達は人攫い部隊の責任者とあって欲しいとの事だった。


 ……人柄調査かしら?


 いくら亜人と言っても賊に堕ちた亜人もいるだろうし犯罪者の亜人も当然いる。

 前科者じゃないかとか色々と確かめたいのかしら。


 創世樹街もそうだが余所者に対する警戒の姿勢が素晴らしいわよね。

 あの街もギルドが躍起になって私に依頼を寄越して正体を暴こうとしたのもひとえに街の安全の為だものね。


 不穏分子は排除するかそれが不穏なもので無いと確信出来るまで執拗に調べる姿勢だけは素晴らしかったわ。


「もうついたのクロエ?」


 御者台に形だけ座っていたら馬車内に続く小さな扉が半開きになってリンが顔を覗かせる。


「えぇそうよ。リリエルは……どう?」


「うん、大丈夫だよ。今は落ち着いてる。それと……」


「なあに?」


「リリエルを怒らないでね?リリエル、あの後すっごく悲しんでいたの。クロエに酷い態度取っちゃったって。次にどう接したらいいか分かんないって……」


 リリエルもリンも、気にし過ぎなくらい私に対しては弱気よね……。

 私がそんな事で嫌うわけ無いのに、過去の経験からなのか、私に嫌われたら生きていけないと脅迫的に思ってしまってるのか……。


 境遇のせいか、私の力不足で不安にさせてしまっているのか。恐らく後者ね……。


「大丈夫よリン。二人を嫌うだなんてあり得ないから、後でリリエルと話たいわ。伝えておいてくれる?怒ってなんかいないっていうのも忘れずに、ね?」


 リンを抱き寄せて軽く頬にキスをして送り出し、小さな扉が完全に閉まってから亜人の街へと視線を再度向ける。


 この街は……創世樹街とはまた違った酷い街だった。

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