第115話 亜人の街へ

「……だからね?私としてはそういった怪我に対しての治療手段がもっと欲しくてね?事後承諾の形になっちゃったけど……いい?」


 二人に私の判断とそれに至るまでの過程を含めて話す。


 リンもリリエルも最初こそ怪訝かつ難色を示していたが、理由も含めて語る頃には嫌だが……仕方ないか。となんとか飲み込んでくれたようだ。


「あたしは別にいいよー、大怪我して死んじゃうかのうせいが減るってことだもんね?うん、なら我慢するよ」


「……いい、ですよ」


 リンに関してはしっかりと説得すれば納得してくれると最初から思っていた。

 問題はリリエルの方だ。彼女は混血であり、人間からは想像通りで、亜人からも非道な扱いを受けている。


 それだけならば良くはないがまだ良かった。だがリリエルは亜人からもあまり良くない扱いを受けていた。

 リリエルの語ってくれた話から推測するに、そこまで直接的な暴力や差別の色は無かったそうだが……。


 だが不透明かつ濃霧の先を見つめるような微妙な距離感や疎外感を常に感じて、どちらの存在にも馴染めなかったそうだ。


「リリエル、本当に大丈夫?」


「必要な事ですから、分かってますよ」


 短く、突き離すように言われる。


 かなり無理をしているようだ。

 普段は自己主張は食事の時以外はあまりしないリリエルだが、今回はかなり否定的で私の提案に対して遠回しな異を唱え続けていた。


「クロエさん……本当に必要なんですか?あんな奴らの技術に頼らないといけないんですか?」


「嫌いな連中の力なんか借りたくない、って事ね?」


 坊主憎けりゃ……なんとやら。

 嫌いなやつがいたなら、そいつの持っているあらゆる物が嫌悪の対象となる。


 それは技術や製品、立ち振舞や宗教的なあれやそれやにまで至る……。

 リリエルはずばり考えている事を言い当てられ視線が下へと向く。


「う……はい。そうです。リリエルを遠ざけて、いないものとして扱うような連中の力なんて……クロエさんならそんなもの無くてもなんでも作れる、ですよね?」


「私だって万能じゃないのだけれどね」


 無言で首を横に振って私の発言を否定するリリエル。

 まるで幼子が理論や道理を無視して必死に我を通そうとしているような仕草に、判断を間違えたかとすら思う。


 私を絶対だと信用している、という訳では無いのだろう。亜人の技術や知識に与する事がなんとしても許容出来ないという思いからの拒絶だろう。


「もしリンや貴女が酷い怪我をした時に役立つ品が欲しいのだけれど……やっぱり嫌かしら」


 理屈では理解しているが感情と過去がそれを否定するのか黙ったまま私を見るリリエル。


「じゃあこうしましょう」


 一つ息を吐いてリリエルと目線を合わせてゆっくりと提案する。


「私のレベルが上がって、もっと便利な物が作れるようになったら、ここで得た物は全て捨てるわ。これでどう?」


 要するに私のレベル不足、ひいてはMP不足が原因で付与魔法の内容であったり生産魔法で作れるものが少ないのがいけないのだ。


 付与も生産も、そのどちらも重要なのは細部までイメージ出来るか、そしてそれを作る、又は付与するMPが私にあるか。この二つが重要だ。


 早急にレベルを上げ出来る事が増えれば、自然とここで得た物は不要となるだろう。


 これでもリリエルが納得しないなら……この亜人二人を亜人の街とやらに送り届けたらまた馬車での旅を続けよう。


 リリエルはきゅ、と押し黙ったまま何も言わなかった。


 恐らくは自身の感情の処理に集中してしまっているのだろう。

 上背こそ私に近いほどあるリリエルだが、それは彼女の身に流れる血が確かに亜人の、ドライアドの血が流れているが故の種族的な特徴から来るものであるというだけなのだ。


 つまるところ、リンと同じくまだリリエルも子供だ。


 私のように年を重ねてしまい、諦める事の容易さと楽さに流されるような心の整理をつける術を身に着けていないのは当然なのだ。

 そしてリリエルの場合、本来味わうべきではない苦労や苦痛を経験により子供が持つべきでない大人のような感性を持ってしまっている。


 成熟してしまった感性と、そうでない心と体の乖離による不安定さがリリエルの感情の処理を困難にさせているのだろう。

 

 私の言っている事は十二分にわかる。だがあの様な穢れた存在に頼らないといけない苦痛を受け入れていいのものか。

 そのせめぎ合いはリリエルに涙という形で外部への感情出力を誘発させた。


 リリエルは私に一つ頷いてすぐ、逃げるように自室に上がっていったしまった。


「く、クロエ……」


 リリエルの様子を心配したリンが私を呼ぶ。


「分かっているわ。でも今すぐに行くのはまずいわ。一人で落ち着いて心を整理する時間が必要なはずよ、きっと」


「そう……かな。あたし、行っちゃ駄目?」


 リンなら、大丈夫かしら……。


 少なくとも私は駄目ね。

 どちらが悪いという訳では無いけれど、嫌な提案を飲ませた本人が今行っても逆効果だ。


 だがリンなら……。


「うぅん、そうね……分かったわ。私の代わりにリリエルの事頼むわね?」


「うんっ!」


 とんとん、と螺旋階段をリンが跳ねるように上がっていき、一階には私だけとなった。


 手持ち無沙汰になった私は大型のベッドの脇、小さな扉を開けて御者台へと出た。

 外では私達が制圧し無力化した亜人二人が歩いている。


 女の方は私の処置に対して不満があるのか明らかに敵対しています、という雰囲気を隠そうともしない。

 加害者の自覚があるのかしら?


 それもたかが両手できゃんきゃん喚くなんて……。


 男の方が縦に長く広い耳こちらに傾ける。


「人形さんよ、お連れさんは亜人が嫌いなのかい?」


「……盗み聞きとは、感心しないわね」


 一応室内で会話していたはずなのだけれど……今度防音の付与魔法も追加してみようかしら?

 馬車のリソース、足りるかしら?


 男は自身の耳を指して申し訳なさそうに返す。


「悪いな……俺はこの通り耳がいい種族なんでな……」


「獣人……ね」


「おいおい、そうやって纏めて呼ぶなよ。詳しくいえばそれぞれちゃんと種族名があるんだぜ?」


 ふうん、なんだか昆虫や動物の分類みたいね。

 ほら、〜門のどこそこの綱、さらになんとか目……みたいなものね。


 えぇっと……それに倣うなら動物界の脊椎動物の哺乳綱と続いて……多分亜人科の部分で枝分かれするのかしら?

 獣人属になってそこからなんとか種になる……でいいのかしらね。


「貴方は随分耳のいい種族みたいね」


「別に言い触らしたりしねぇからよ、勘弁してれくよ」


 目を細め、男を睨む。


 滑車弓を持つ左手をわざとらしく動かし、音を鳴らす。


「悪意を袖の下に隠すくらいなら最初から出していた方が印象いいとは思わない?」


「あー……本当にそんなつもりはないんだがよ。マジに悪いと思ってるんだって」


 会話を聞かれたなら、リリエルが混血だと会話の流れから察された可能性がある。


 表立ってなにかする事はないかもしれないが、どう転ぶかはわからない。


 さて……どうしましょうか。


 若干のピリついた空気の中、女の方の亜人が我慢出来ないというように声を上げる。


「ああもう!なんで亜人同士でこんな警戒しあわなきゃいけないのよ!街でもそう!もううんざり!」


「……だってよ人形さん。勘違いも解けた事だしよ、仲良くするつもりはねぇか?」


「……最初の出会いが違えば、仲良くできたかもしれないわね」


 

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