第114話 人攫い
「街から派遣された?」
街公認の人攫いってこと?随分とおっかないわね、幾ら亜人が人間に対して恨みを持っているとしてもちゃんと組織化されてバックアップも受けているなんてね。
男の方の亜人は止血処置こそ私達がしたものの出血が酷いのか、若干健康的な色を失った顔をこちらに向けたまま続ける。
「ああ、そうだ。俺達はまだ人攫いになって新人だからな、あんたの馬車みたいに地味で目立たないものを狙ったんだよ」
あぁ、なるほどね。最初から地味で目立たない、にフォーカスして探されたら私達の馬車も見つかるのね。
決して見えていない訳では無いもの。特定個人の馬車を探す、となったら候補から外れはするけれど……今回みたいなのは例外って訳ね。
以外な弱点だったわ。けれどこの男の発言を信じるなら私達の馬車はちゃんと地味で目立たない、これといった特徴の無い馬車という認識にはなっているみたいね。
「なあ……あんた。頼むよ、勘違いであんたらに迷惑掛けちまったがよ、あんた達は生きてる。最初っから何も起きてねぇみたいなもんだろ?」
だからよ、とせめて脚の治療はして欲しいと言う男。
ふむん、どうしましょうかしら。
リンやリリエルにも言っている事だが、殺しは投降を促し、拒否された場合の最終手段だと言っている手前殺害は出来ないのよねぇ。
思案する私をよそに痛みによるショックからか気絶していた女の亜人の方が意識を取り戻した。
男よりも女の方が反応がいいのか、意識が戻りすぐに立ち上がろうとして……痛みに呻き、無様に転ぶ。
そして咄嗟に切り落とされた手首で倒れる体を支えようとし、五月蝿い叫び声が上がる。
「なっ、なに!?痛いっ!!ねぇどういうこと、人間を襲うだけの簡単な仕事でしょ!?」
「落ち着け、俺達が襲おうとしたのは人間じゃなくて同胞たる亜人だった。そして警戒心と実力を備えた彼女らに返り討ちにあったんだ」
それから亜人二人が状況確認とつまらない愚痴が暫く交わされ、特に止める理由も無い為私は黙ってそれを見る。
リンやリリエルは私以外に対して例え亜人であろうと友好的にする意思が薄い為、馬車に戻ってもらっている。
リリエルには警戒を引き続きやってもらってはいるが……。
時折ちゃんと見ていますよ、とアピールするように私の足元から突き出た根が私の手に絡んではきゅ、と握ってくる。
「なぁあんた」
話し合いに一区切りついたのか男の方が話す。
「……お話はもういいかしら」
「あぁ、とりあえず脚を縛ってる布解いてもらっていいかい?」
「なぜ?私が拘束を解かなきゃいけない理由がないわ」
どんな理由であろうと勘違いであったとしても襲撃した事実は変わらない。
となれば私達は未だ敵対関係にあると言える。
もし助かりたいならばこちらに利となる物を提示するのが筋だろう。
「ちょっとっ!同じ亜人なんだから助けてくれてもいいじゃないっ!あんな何様なのっ!?」
女の方が我慢出来ないと言った風にこちらに噛み付く。
男は未だ自分達の命が私に握られている事を理解しているのかやめろ、と女を止めるが……。
「何って……襲われた被害者よ?加害者さん」
「だからっ!実害は何もないじゃない!ここまでする必要あったわけ?」
「生きているだけいいと思わない?」
私一人で生きていたら間違いなく殺してその場に放置だったのだけれど……。
「もういいやめろ!……なああんた名前は?」
「人形とでも呼べばいいわ」
男がやや強引に止めに入り、改めて男が私の名を聞こうとする。
だが未だこの二人の身分を詳しく知らないのでこちらも素性は明かさないように動く。
交渉事は基本譲らないのが鉄則だ。
「……じゃあよ、人形さん。どうしたら治療してくれる?武器の類は没収でも構わねぇからさ、せめて歩いて無事に帰れるくらいにはして欲しいんだ」
「ふむ……求めるなら対価が必要だと思っているのは私だけかしら?」
生きてるからノーカウント、にはならないのだ。
当然ながら罪には罰が必要であり、商品には対価が必要となる。
生存と治療という商品を私から買いたいなら天秤に釣り合う対価を秤に置かなければならない。
「あぁ、勿論さ。だったらこういうのはどうだい?俺達の、亜人だけの街がここからちょっと行った所にあるんだ。そこに行きゃ色んなものがある。同胞を襲ってしまったとなったらいくつか渡せるものがあるかもしれねぇ」
な、どうだ?と報酬後払い、という舐めた提案をする。
それに、その色んなもの、に私達にとって有益な物があるかも不明……もしガラクタばかりなら助け損だわ。
どうしたものか未だ思案を続ける私に男は断られると勘違いしたのか慌てて捲し立てる。
「き、きっとあんたの気に入る物もあるさ!なんてったってそこそこ大きい街だし、全員亜人だ!色んな種族同士で魔法や技術を組み合わせた製品は他には無いはずだっ!」
……付与魔法と生産魔法でいい気がするわ。
「なあ、頼むよ……このままじゃ落とされた手もくっつかねぇかもしれねぇ……」
男の発言に私は僅かに反応してしまう。
いま、まるで元通りにくっつくみたいな発言しなかったかしら?
治療、あるいは医療技術がそこまで発達していると言うの?
これは……一考の余地があるわね。
私達は武装面では十分と言えるものを揃えているかもしれないが医療技術や製品に関してはその知識も薬品も足りていないのが現状だ。
私の付与魔法に関してもせいぜいが本人の自然治癒力を向上させる等が限界であり部位欠損等に関しては未だ対抗策が無い。
あの大猿との一戦ではリンの腕の骨だけで済んだが、これから先も無事という保障は無い以上外部にその手段を求めるのは至極当然と言える。
特段アテや目的がある訳でもない旅だ、二人と要相談ではあるがこの亜人二人を助けてもいいかもしれない。
「……仕方ないわね。ほら、この腕輪をつけてなさい」
リンが以前つけていた自然治癒力が上がる腕輪を二人に投げて寄越す。
「それをつけていれば通常よりも早く傷が治るわ。腹は減るけれどね」
「っ!ってことは許してくれるんだなっ!?」
「ふん、さっさと案内しなさい。貴女達の、亜人の街とやらに」
男の方は感謝の言葉と自分の名前を名乗っていたが、さして興味も無かったので聞き逃した。
それよりも大切な事がある。
「とりあえず服、全部脱がせるわね。服もこちらが用意したものを着用してもらうからそのつもりでいてちょうだい」
暗器や毒の類を持たれては発見出来る自信も無い。
故にこうして全部剥ぎ取ってしまう。
こらちで用意した服もポケットの類が一つも無い上にわざと片側にだけ重りを入れて重心が安定しないように細工をしたものを着させる。
後は人形だから睡眠も食事も必要無い私が文字通り一日中見張れば済むわ。
「ちょっ、ちょっと待ってよっ!そんな所に隠したりしないってばっ!」
「あらそう?」
ま、関係無いけどね。私達の安全の為だし。
とりあえず男女ともに全裸に剥いでから馬車の中から服を即興で作り出し、着るように命令する。
私達の馬車の側を比喩抜きに無手で着いてくる亜人二人という構図は些か間抜けに見えるだろうか。
「こんなに警戒心が高いのはいっそ異常だよ……」
女の方が愚痴を吐いているが聞かなかった事にする。
「先導なさい、妙な真似をすれば胴体だけにしてあげるから」
今まで形だけで一切使用した事など無かった御者台に座りこみ、短く告げる。
さて、後は二人に事情を話さないと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます