第124話 娯楽としての死刑

 馬車内の映像端末……テレビに映る光景はドワーフの男が入った建物を映していた。


 そこは……私にとって馴染み深い表現をするならドーム、あるいは野球場?

 円形の……真ん中で何か出来るように大きく空いており、それを取り囲むようにして観客席がずらり、と並んでいる。


「あれ何してるのークロエ?」


 今はまだハエが遠くにいる為その内部で何が行われているのかは分からないが、なにやら一人の……人間?と魔物とがいるように見えた。


 何かしら、戦闘訓練?にしてはこんなに観客がいるのはおかしいわね……。


 テレビと視界を同期しているハエを更に円形の建物に近付ける。

 あぁ……この形状はコロッセオとか闘技場、というのかしら。剣闘士が互いに殺し合い、観客を興奮させるとかなんとかって聞いた気がするわ。


 元は奴隷とか最下層に位置する身分の低い人間がその職についたと言うし、この街で人間がいる場所としては相応しいのかしらね。


「あー……なるほど。人間と魔物を戦わせて見世物にしている訳ね」


「野蛮ですね」


 ねーとリンも短く同意するその建物で行われている戦闘は、仕組まれている様な、結末が分かりきっているようなものだった。


 人間の太ももは大きく切り裂かれており、その手に持つ武器はひどく錆びて刃をその半ばから失っていた。


 それに相対しその命を奪わんと闘技場の中を自由に駆ける魔物はその全てが健在であった。

 その鉤爪も、そして粘ついた返り血が付着したその白い皮膜も、いずれも外傷の類はなく健在であった。


「うわ、気持ち悪い見た目ぇ。なにあの魔物」


「んんぅ……前足が大きく発達しているわね。コウモリ…では無いわね」


 奇妙なその魔物はなんと形容するべきか……目の類は見当たらず、本来であれば目があるべき箇所には閉じた瞼……のような薄い線が一本あるのみだった。


 どれほどその線は観察を続けようとも開かれる事は無く、恐らくは退化した目の名残なのではないだろうか?


 その魔物は人間にゆっくりと近付き、その大きく、そして尖った耳を震わせた。


「きっ……しょ」


 本来であればそういう品の無い発言は止めるべきなのだが、私もこの光景に言葉が出なかった。

 なにせ震わせた耳の皮膚に無数の切り傷にも思える薄い線が浮かび、その一つ一つが震えながら開いたのだから。


 それは一つとして機能を損なっておらず、この魔物の視界としての機能を果たしていた。

 裂け目から這い出るようにして姿を表した目達は震える耳をそのままにコロッセオにて、跪きもはや立つ気力すら無い人間を見ていた。


「なにするつもりなのかな?」


「さあ?でも食べる……つもりじゃなさそうね」


 大顎こそ持ってはいるが、まだ使うつもりは無いのかカチカチとただ音が鳴るだけであった。

 魔物はその発達した前足で人間を掴み軽く左右に揺さぶる。


 対した抵抗を見せない人間。


 それを確認したのか魔物はその大顎を開き、人間を刻み始めた。


 抵抗する気力は無いが流石にダメージを喰らえば反射的に動いてしまうのか、人間が悲鳴を上げて暴れる。

 が、魔物はそれを気にせずに人間の腹のあたりを大顎で食む。


 やがて人の頭ほどの肉の塊を人間から切り離した魔物は、まだやや形の残るそれを大顎で何度も何度も咀嚼し始めた。


「うっわ、なにあれ人間を虐めるのが好きなのあの魔物……?」


 リンはその行為をただの悪意ある行為として認識しているらしい。

 私は別の意見を持っていた。


「いえ、あれは多分自分の幼虫に与える肉団子を作っているのね」


 蜂の成虫がそうやっているのを以前見たわ。

 成虫は蜜を吸うための口と大顎しか持っていない、即ち、固形物を食べる器官が存在しない。


 ではどうやって蜂達は生きているかと言えば、それは幼虫だ。

 成虫は幼虫に団子になるまでぐずぐずにした肉を与え、幼虫はその対価に栄養価の高い液体を口から出す。


 蜂たちはそれを啜り、栄養交換を行うのだ。


 恐らくあの魔物もそうした性質を持っている……のだと思うとリンに説明する。


「ふぅん、あんなに立派な牙?顎?があるのに自分の為に口を動かしている訳じゃないんだ」


「そうよ、あの後はあの肉団子を持っていって幼虫に与えるんだと思うわ。見てみる?」


「うぇっ、やだよ〜気持ちわるーい」


 リンがそういうのでハエはこのままこのコロッセオを映したままにする。


 魔物は一頻り噛み終えたのか選手の入場口と思われる二つの入り口、そのうちの一つに姿を消してしまった。


「飼っているのかしら、あの変なの」


 全体的なシルエットこそちょっと前足を発達させすぎたコウモリか何かに見えるが、それはシルエットだけだ。実際は直接的な表現をするなら気持ちの悪い魔物だ。


「それにしても……この街の亜人は皆こうなんですか?」


 こう、とリリエルが言ったのも無理は無い。


 観客席に詰めている亜人達が皆揃いも揃って半死半生の人間に野次を飛ばし続けているのだ。

 その中にはあの魔物によってどういう末路を辿るのか事細かに説明し絶望を含めようとする者もいる。


 私にとっては無料タダで情報を提供してくれて助かるという感想しか出ないけれど……。


 もはや感性がここまで来ると麻痺してくるわね。はいはい、いつものやつねとしかならない。


「どの時代……どの世界でも大して変わらないわね」


 世界史とか見てるとそれがわかるわ。あいつら同族同士で飽きもせず毎日殺し合いばかりですもの。


 革命、とか大戦とか言われるとなんか統計や数でしか感情を抱けないけどつまるところそれだけ殺して殺して……の応酬ですものね。


「あ、ついに死んだよあの人間」


 観客席からの失望したとでも言わんばかりの声が溢れ、人間に根性を見せろ、立てよ、と石や食べ物か何かの容器、あるいはたんなるゴミ等が投げつけられる。


 司会と思われる亜人が次の出し物の説明をし出したあたりで、私はハエをこの肥溜めのような建物から撤退させた。

 これ以上は見る価値は無い。


「もうこの街滅ぼさない?」


「気持ちは分かるけれど直接被害を受けた訳じゃない以上それはできないわ。放っておけば済むならそれでいいのよ」


 あの時のように暗に力づくでどうにかしてやるぞ、と言われたり襲撃を受けた場合で無いなら殺しは最終手段に留めておく。


 逃げれない場合のみ、容赦無く、遠慮無く、何の感慨も無く鏖殺する。


 それがこの世界における私の、そして私の子達に守って欲しい最低ラインだ。


「じゃあ……逃げるの?」


「うぅん、あの魔物……というかこの街の外、渓谷にどんな魔物がいるかだけでも把握したいわ」


「それが済んだらこっから逃げれますか?」


 リリエルが私の左腕にしがみついて聴く。


「……そうしましょうか。さ、そうと決まったら皆であの時みたいに手分けして色々と探りましょうか」


 追加で偵察用のハエを作ると、リンはまたか、とふうと息を吐いてコントローラーを手に取った。


 して欲しい事は渓谷内で生息しているであろう魔物の調査。可能であれば弱点もと思っているがこれはまぁ最悪銃弾で黙らせればいい。


「二人には外を主に調査して欲しい、ってことよ」


「クロエはまた違うことー?」


「ええ。私はこの街が私達にどう接してくるのか、何を次に企んでいるのか探るわ。二人ともこの街の気分の悪くなる光景を見るよりはいいでしょ?」


 あー……と二人は納得したのか創世樹街の時とは違いあっさりと了承する。


 さ、それじゃあこの薄気味悪い街をまだ見ていきましょ。

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