怨恨の成せる業
第123話 カバーストーリー
私達が馬車まで無事に、何の奇襲もなく着きこの街の唯一の出入り口まで来たその時に、問題は起きた。
「へぇ……橋の修繕による出入りの閉鎖……ねぇ」
全身を硬い金属の様な何か覆った亜人二人の説明に私はこう返すしか無かった。
実際この峡谷から歪な形状を描きながら伸びる樹木とともに伸びる橋の一部は、確かに崩壊し、その形を大きく欠いていた。
樹木を旋回しながら上がるその橋がその調子だから、橋の入り口には触れるなという簡素なイラストの描かれた置物が数個見られた。
「ふぅん……」
如何してやろうかしら?と悩む私達に追い付く形で、あのドワーフの男が来る。
「あぁ……人形殿。説明する前に来てしまったか。見ての通り道は暫くの間封鎖されている」
「いつ治るの」
「そうだな……最短の工期でも二週間程だろうか。それも無駄なく工程が進んだ場合だ」
実際はそれ以上に掛かる、と暗に言う男に、私はこの街に来て何度目か分からない嫌な気持ちになる。
これがこの街のやり方って訳ね。
強奪が出来ないからカバーストーリーを用意してまでこの街に滞在させるつもりね。
これから情に訴えたり、あるいは利益をチラつかせて私達の武器の情報を奪うつもりって事か。
ちゃんとした交渉らしくなったって訳ね、なるほど?
「どうします?クロエさん」
くいっ、と太ももまでしか無い短いズボンを僅かに引いて話しかけるリリエルに、僅かに屈んで目線を合わせる。
「そうねぇ……その話は誰の邪魔も入らない所で色々話しましょう?」
ここでは耳も目も多すぎる。
「それじゃあ責任者さん、街の端で構わないからこの馬車を停めていい場所へ案内してもらっていいかしら?」
「……いいだろう、こっちだ」
橋の通行を止めている亜人が僅かに反応した……ように見えたが無視し、このドワーフの男を先頭に立たせ歩かせる。
悪意には悪意で返さなくちゃ……ね?
案内された場所は私の要望通り市街地から離れた郊外だった。
目立つ建築物といえば人のいない寂れた民家が数件……いずれも窓が割れ扉が取り外された廃屋しかない。
遠慮も配慮も無く案内の終わった人攫い部隊の責任者であるドワーフに失せるように言い、馬車に三人して入る。
付与魔法で馬車に話し声やその内容が外部まで漏れぬように改造してから、リンとリリエルが既に座り落ち着かなさそうにしているベッドに私も向かう。
「さてと……面倒な事になったわね」
「ほんっとっ!絶対あの橋壊したのあいつらだよね?」
「あら、鋭いわね。そうよ、恐らくやったタイミングは建物での戦闘後、すぐよ」
責任者のドワーフ……あいつのジェスチャーがそもそも撤退や交戦終了のジェスチャーじゃなかったのでしょうね。
私達外部の存在からは部隊内のハンドサインがどういう意味か知らないのを良いことに、随分と生意気よね。
「このまま敵は目的を達成するまでリリエル達をここに閉じ込める……つもりですよね」
「確実にね。でも橋の整備、なんてカバーストーリーはいつまでも続かないわ。もって一ヶ月。それまでに実力行使以外の有形無形の嫌がらせや誘惑の類が続くでしょうね」
まずは何からしてくるかしらね。
情報は命というし、創世樹街で今も活躍中の偵察用のハエをもう一個作りましょうか。
「一ヶ月も、ですか……」
リリエルが具合の悪そうな顔している。
人間だった時の私と同じようにストレスが胃にすぐに来てしまうタイプかしら、リリエルは。
リリエルの為にももっと早くここから脱出する算段を立てましょう。
指の先ほどの小さなハエを作り、それを馬車の窓からそっと外に出す。
右目を取り外してハエの視界が映るように付与魔法を使い、リアルタイムで情報が入るようにする。
これがあれば目の前で会話が行いながらハエからの偵察も出来る。……私の集中力やマルチタスク力の限界まで。
そこまで器用な人物では無いと分かっている為、私自身もかなり気合を入れないといけない。
脳の処理速度や容量を上げる方法でも今度探しましょうかね、ちょっと脳みそを弄るのは抵抗があるけれど……ここで頑張らないとリリエルが可哀想だものね。
「大丈夫よリリエル、私がそれよりも早くこの街から脱出する手段を作ってあげるから」
付与で手をほんのり暖かくし、リリエルのお腹を温めてあげながら言う。
「ん……あったかい。クロエさん、ありがとうございます」
「あたしも手伝うよーリリエル」
「リンさんもありがとうございます。リンさんは平気なんですね?」
「ん?リリエルより余裕がちょっとあるだけで、そんな事ないよー?」
「それは最悪殺せばいいからかしら?」
もう、そんな物騒じゃないよ。と頬を膨らませてリンが否定する。
「確かに暴力が一番物事を解決出来る手段だからっていうのはあるよ?その力があたしにはあるしね。でも一番はクロエがいるからだよ?」
リリエルをあすなろ抱きしたままふんふん、と鼻を鳴らして笑う様は、努めて明るく振る舞う事でリリエルや私に心配掛けまいとする為か、それとも本当に気にしていないのか。
「好きな人と一緒なら別に心配すること無いじゃん?クロエがこれまで通りなんとかしてくれるしねぇ」
「期待が重いわね……」
「いやだった?」
ズルい聞き方ね。
「そんな事ある訳ないわ。そうよ、この何でも出来ちゃうクロエちゃんに任せなさい」
全く起伏の無い胸を叩いておどけてみせる。
「えぇ〜?クロエちゃん?ちゃんって年齢じゃ……」
「は?リン今なんて?」
リリエルを挟んでリンを捕まえようとゆったりと腕を動かす。
年齢でのイジりは反則よ、それに二人を安心させる為にボケたというのに、そんな反応は悲しいわ。
ふしゃー、と猫の威嚇マネをして戯れていたら、リリエルが我慢出来なかったのかちょっとだけ笑ってくれた。
リンも無理して大丈夫だと振る舞ってくれているはずだし、早くこの街から出よう。
「ごめんってばぁ。それで、クロエちゃんはどうやってこの街から出してくれるの?」
「むぅ、まあもういいわ。えっとね、とりあえず情報が必要だからあのハエをもう一個作ってあるわ。それでドワーフのあいつを尾行しているから、まずはそこね」
左目の目の前の光景と、右目から伝わるハエからの映像に脳が早くも鈍い痛みを訴えているが、とりあえずは無視だ。
本当に……これは脳をイジらないといけない日も近いわね。
人間の意識や脳の処理速度なんて、使い古した数年前のパソコンみたいに性能の低いものなんだから、早く捨てるべきね。
「あれ?でもあたし達みたいな映像?を映す板はー?」
「直接視界に繋げているからいらないのよ」
右目と左目で見えている物が違うのよ、とリンの右目をそっと塞いで答える。
ドワーフの男は……街の何処かへ向かっているようね。
しかし……どこに行っても糞みたいな光景しか広がっていない街ね。人間の脚の健を切ってからひたすらに石を投げる亜人とか、子供達数人で手枷足枷を着けた人間の目玉を穿って遊んでいたり……子供の時から人間はこういう事をしてもいい存在なんだって教えてたら一生和解は出来ないでしょうね。
子供の時に得た経験っていうのは良くも悪くもその後の人生の方針を決めてしまうものだから。
私も気を付けていかないとね。リン達が自由な選択を出来るように……この時代と命の軽さでそれが出来るのかしら。
あぁ、不安になってはいけないわ。あの子達にこんな心の内は知られてはいけない。
「ねーそれだとあたし達が分かんないよー、何時もみたいにあたし達も見れるようにしてー」
腕を揺すってねだるリンに根負けして映像端末でハエの視界が見えるようにして、とりあえずこの教育によろしくない街からの脱出のための情報を集める事に専念する。
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