第122話 奴らの欲した力

 現在位置はリリエルが機関銃を握る一階と二階の間になる。

 リリエルが開けてくれた穴を通して一階と二階が繋がっており、歪な吹き抜けを構築しているその穴から、私は顔を出している。


 リリエルが出した根をなんとかどけようと亜人共が躍起になっている。


「開けろっ!貴様らは包囲されているのだっ!」


「やあねぇ……乱暴な振る舞いはお友達をなくすわよ?」


 善意には善意が返ってくるように、悪意もまた同じく不幸な結果しか呼び込まない。

 つまりこうして私達が徹底抗戦をしているのも向こうが荒っぽい手段に出た結果でしか無い。


「はぁ、私も機関銃作ろっと……」


 やっぱり薙ぎ払うならこれよね。給弾も簡単だしね。


 生産魔法で石でも木でも素材にして作ればいいし、発射機構も付与魔法による擬似再現だしね。


 根を切り落とそうと亜人が斧を振るっているのが見える。

 根を傷つける度に緑色した汁が飛び散り、その汁の奥で獰猛に笑う亜人の顔が見える。


 私は機関銃をもう一台適当な建材を元に作り出す。

 斧によって扉を防いでいた根が切り落とされる前に間に合ってよかったわ。


 円盤状のパンマガジンと呼ばれるものを上部につけ、スライドを引いて初弾を入れ、引き金を引く。


「っうわわっ!?くろえーっ?上でもう一個作ったのそれーっ?」


 一階から機関銃の鳴る音に負けじと声をあげるリン。


「そうよー、ちょっと五月蝿いと思うけれどごめんなさいねー」


 弾丸が回転しながら扉に張り付いた根を切ろうとしている亜人諸共食い散らかす。根と肉片と、悲鳴があたりに散らばって部屋を汚し、顔を顰めて片手で次のマガジンを中身ごと作っていく。


「いいけど、いい加減あたし暇になってきたんだけどーっ。なんかないー?」


「えー……じゃあ代わるー?」


 二階と一階とをつなぐ穴から頭と機関銃のみを出している私……の横から同じようにぴょこり、と頭を出してきたリンに場所を譲る。


 私は……後方でリロード時の隙を潰したり残弾を作ったりしようかしら。暇ね、確かにこれは。




 


 どれくらい弾丸をぶち撒けて続けただろう?

 既に一階も二階も扉の奥、通路にはどける場所が無いほどに死体で溢れ返り、粘ついた嫌な匂いがしていた。


 痛みによって普段締めておくべき場所が緩んだのか、あるいは脳が処理し切れない激痛を嘔吐という形で外部出力した結果だろうか、匂いだけでは無く汚物の類もややこちらの部屋内に染み出しており、外傷の類は無いが精神的には少しまいってしまう。


「そろそろ弾切れかしら?こっちはまだだけど」


「これここにいたら負け無しだけどどうするのクロエ?」


「ん?壁壊せばいいじゃない。ブチ抜けばいいのよこんな見た目だけ良くて腐り切ってる街の建物なんて」


 生産魔法なんて、触れてればいいのよ。手でふれた物を素材として認識して生産するのだから、四角く切り出してやろうかしら?


「すまないが……それはやめてもらえるだろうか」


「あん?」


 おっとイケないわ、お口が悪く……。


「急に話しかけられたからついガラが悪くなったじゃない。どうしてくれるのかしら、責任者さん?」


 死体を苦労して押し退けながら、リリエルの射線にその身を晒して立つドワーフ。


 ため息と共に吐かれた言葉にまずはじつと聞いてみる事にする。


「ここまで壊滅させられたんじゃ君達を制圧して情報を聞いても損失のが大きい。ここは引かせてもらうよ」


「そう、利口ね。この街ごと無くしてあげようかと思っていたけど、やめといて上げるわ」


 リリエルには射線はそのままと指示しておく。


 私は二階に置いたままの機関銃を生産魔法で完全な瓦礫に変えてから一階に降りる。

 彼の背後には亜人達が何人もこちらを見ていた。


 敵意……でいいのかしらあの視線は。


「そうして貰えると助かる……。人形殿、此度の件はこちらに非がある。重ね重ね、すまなかった」


 ふむ、ようやく対等な立場になれたわね?


 どうにも最初からこのドワーフは、というより街は私達の事を下に見ている様に感じていた。


 交渉というのは対等な立場の者同士で行うものだ。

 それは裏を返せば立場が下の者とはそもそも交渉にすらならないという事を示している。


 一見交渉に見せかけていても、それは交渉という名の強請りゆすりでしかない。


 創世樹のときもそうだけど……ほんと嫌んなるわねこの世界。


「謝罪はいいわ。要件は単純よ。道を開けろ、邪魔をするな。私達はもう帰る」


 私の要求に対してドワーフの男は背後の亜人達にジェスチャーを送った。

 そして瞬く間に何処かへ行ってしまう亜人達……。


「……」


「クロエさん?」


「ん、ああ。大丈夫よ。帰りましょうか、リン、リリエル」


「あ、はい。クロエさん、この機関銃も解体バラします?」


 リリエルが銃座から降りないまま聞く。


「あ、それは私が持つわ。リリエル、頑張ったわね。偉いわよ」


 自身の胸に抱き寄せるようにしてみせれば、リリエルが顔を赤くして黙ってしまう。


「も、もう!早く帰りましょう!こんな所じゃ、嫌です……」


 まあ、敵地だしね。


 パッと手を離してリリエルを自由にしてあげ、リンの方へと行く。


「リリエルにフラれちゃったわぁ。リン、慰めて〜」


「ちょ、ちょっとっ!あたしも敵地でいちゃつける程無敵じゃないってばっ!」


「えぇ?」


「クロエさんみたいに人形だからって頭が取れても腕が取れても新しく作ればいいや、じゃいかないんですよ?」


 んー、そうだったわ。私は見せつける為に腕を外したり、地面の石から腕を生産してそれをつけたりして巫山戯てみせる。


「ま、いいわ。それじゃあかえりましょー?」


 死体だらけの廊下に踊り出て、死体の中で立ち尽くしたままのドワーフの男に出口を聞く。


 ぬちゃ、あるいはべしゃ、と歩く度に音を立てるのが減点だけど少なくともあのわざとらしい過美な装飾の建物よりはマシね。


 玄関口を両手で勢いよく開け、吐瀉物と血液でコーティングされていない装飾過多の街並みを見て……一気に気分が落ちる。


 後ろを着いてきていたリン達がそんな私を不思議そうに見つめる。


「クロエさん?さっきのはなんだったんですか?」


「んー?」


 馬車がある、と言われた場所への道中にリリエルから聴かれる。


「だから、先程急に私を甘やかしたり……腕をわざわざ外してあの男に見せつけるみたいに、クロエさん普段はしないですよね?」


「あー……あれね?まぁ、ちょっとした牽制よ」


 人形とはかくも厄介な存在だぞ、と人攫いという部隊をまとめるあのドワーフに警告したのだ。

 私だったら人形となんて絶対に戦いたく無いわね。


 どこを攻撃しても地面や建築物から素材を調達して即座に直し、知識次第では強力な武装も作り放題……。


 教育上よろしくない絵面なのでやってはいないが、その気になれば死体を素材に武器も作れる。


 仲間の死体が武器に使われたとなれば発想次第では恐怖を武器に出来るでしょうしね。

 敵の首だけ椅子に置いて、その中に手榴弾でも詰めてみるとかどうかしら?せめて持って帰って弔おうと掴んだ瞬間、首の断面から手榴弾が落ちてきて……バン!なんてね。


「そうなんです?だからあんな変な……」


「変って何よ、それに褒められるの嫌いじゃないでしょ?」


「そうですけど……」


 否定はしないのね、可愛い子。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る