第125話 もううんざり
この街はクソだ。
それも金が無い時だけ孤児院に顔を出してくる親みたいに、出来れば何かの間違いでそのままくたばって欲しいタイプのクソさだ。
あの奇妙な魔物……出来損ないで着色前のコウモリみたいな魔物に気を取られてしまい、あのドワーフの男を見逃してしまった私は街をとりあえずフラフラと飛び回っていた。
正確には私の作った偵察用のハエが、だが。
右目の視界がハエの見た視界となって流れてくるが、いずれも理由や目的が無ければ見たくないコンテンツばかりだ。
「人間を拷問したり殺したりしている施設が無い地区は無いわけ……?下水道まで
街を流れる巨大な下水を流しているであろう道もあった。
それだけならただのちょっと大きい下水道、生活排水が多い街なのだろうかと的外れな感想でも抱いていただろう。
だがこの街の悪意と憎悪はあらゆる施設や道を人間と絡めないと気が済まないらしい。
落下防止用なのか鉄柵のついたその下水道は、あえてなのかその流れる様が見える。
生ゴミや腕や脚の破片……そうした物が汚泥に流されながらゆっくりと街の外へ消えようとしているのが見える。
私達のでない蝿が飛び回っては食べ残しや産卵場を探して飛び回り、壁面には蛆や不快害虫の類がびっしりと蠢く。
そのせいで明らかに臭いだろうと分かる湯気が立っては空に消えている。
「日本でも満ち潮の時に窒息させる磔刑があったけど……似たような物ね」
その流れる下水、腰から上が出るくらいの高さに調整した
汚らしい蝿や蛆が人間の皮膚を這い周り、皮膚のあちこちに穴が空いている事から産卵場としても利用されているのだと推測出来る。
苦悶のその表情と、「殺してくれ、頼む」とひたすら繰り返し呟く様がよく見えるし聞こえる。
ふぅん……亜人からしたら汚らしい場所に人間が磔にされているのを見れて嬉しい、と。
磔刑の性質とも合っているという訳ね。
磔刑はその性質上、ゆっくりと死んでいく。
磔による死因は飢えや渇きでは無い。ましてや固定する為に手首に打たれた釘からの出血でもない。
窒息だ。
その十字架にかけられた人間は、腕より上に体を引き上げないと呼吸が出来ない。
その上で釘だけで体重を支えている関係上、苦痛によって筋肉の収縮が起こる。
それによって胸郭は空気を吸い込んだきり、それを排出する事ができなくなる。
まあ、今回のケースは下水とはいえ水、それに半身を浸しているので体重の負荷は幾ばくか軽減されているだろう。
「はあ……魅せ方がいっぱいあっていいわね……」
もはや感想を言うのも疲れる。
「そっちはどう?この街よりはいい景色があると嬉しいけど」
気分を変えたい。
外の調査をしてもらっているリン達にうざ絡みしに行く。
リンの灰色がかった柔らかくていい匂いのする髪に突撃し、きゅっとリンを抱っこする。
ふぅ、アニマルセラピーに近しい物を感じるわ。
「あー……あたし好みじゃないのは確かだよっ?」
そうやって後ろから覗き込む私にも見えるよよう画面を見せてくれる。
外の景色……これはどこかの洞窟だろうか?
「ほら、あの魔物だよ。クロエの言うとおり蜂みたいにちっさい幼虫がたくさん」
洞窟の内部、円柱形に洞窟の外壁を削った育房に白くでっぷりと太った幼虫が数匹入っていた。
育房の内部をがりがりと削って音を出し、肉団子を魔物から強請っているのが見える。
数十あるその育房の半分ほどが薄く硬そうな繭で入り口が中途半端に封鎖されており、中に小さな羽虫の様なものが見えた。
「あたし、こういう何か力を入れたらぶちってなりそうなの駄目」
鳥肌を立ててリンがさっと洞窟からハエを撤退させてしまった為これ以上はあの魔物の生態に関しての情報は得られ無かった。
「うーきもい。ねぇクロエ、役割交代しない?」
「んー……交代ー?」
そんなに嫌か。
虫系が嫌いとはなんとも……いや私の場合感覚器官のON/OFFが効く関係上、嫌悪感も無視出来るから分からない感覚なだけか。
私は面白いと思うのだけれどねぇ……コウモリのように住処や繁殖場として洞窟を求めこそするが、狩場や餌の獲得は外部に頼りつつ、その習性や行動は蜂のそれに似ている……次の調査対象はこの魔物で決まりね。
「そ、あたしが街の情報を集めるの。クロエはこういう魔物調べるの好きでしょ?」
本棚に置かれた私の個人的な趣味……生態調査観察記録、とやたらと漢字ばかりで無機質なタイトルのその本を見ながらリンが言う。
「それはいいけれど……街は街でうんざりする光景よ?」
「分かってるってー。でもあたし的にはこっちのがやだよ」
「……街で欲しい情報はあの人攫い、と呼ばれる部隊が私達にどうアプローチしてくるか。それだけよ」
じゃあ頼んでもいい?と聞けば元気な返事が返ってくる。
「ありがとうね、無理はしないでね?」
コントローラーを交換し互いが操作するハエを入れ替えた所で、改めてリンが調査していた外の様子を見る。
「岩ばっかりね……峡谷の上が普通に森だから食料は困らないけれど、まさか植物はおろか苔の類も生えてないなんて」
「あ、クロエさんこっちの調査に変わったんですか?」
リリエルがすす、と寄ってきて私の操作画面を見る。
「そうよ、私と一緒に外の魔物の調査と逃げるルートでも探しましょ?」
「はい。と言ってもさっきからずっと岩とか洞窟とか、そんなのばっかりですよ」
私が感じた感想の通り、リリエルもこの峡谷には生物の影が少なく、峡谷でありながら洞窟内のように生存に適した環境では無いのだろう。
生き物がいれるとしたらあの魔物の側ぐらいだろう。
この峡谷で唯一の食べ物と言えば糞だろう。
魔物かその幼虫かは知らぬが、どちらかの出した糞が山のようになった場所だけが、それだ。
その糞の山を微生物が分解し、食べ残しや糞に混じった消化しきれ無かった食べ物を羽虫の類が食べる。
資源の少ない峡谷での鯨骨生物群集の様な役割なのだ。
そういった訳で、この峡谷を進んで脱出をするならこの魔物以外を警戒する必要はない……と見てもいいだろう。
「これ……結局どこかで上に登る必要ありますよね?」
「ええ、そこは私が坂道でも作るわ」
この街でそれをすれば妨害が当然入るからそれは逃げきってから、あるいはこの街から撤退しながらある程度の数を散らしてからだ。
「じゃあもう外の調査は?」
「いえ、まだよ。他に魔物がいないと確定した訳じゃないから。ちゃんと調べるわ」
だろう、が一番危ない。
イレギュラーには対処出来ない。
であるならレギュラーにしてしまえばいいのだ。
「はい、じゃあもうちょっと調べますね」
リリエルはそれだけ言ってこの生物の気配の薄い峡谷を自身の操作するハエを使って調査していく。
しかし、よくこんな峡谷の底の一部を街にしようと思ったわね。
食べ物は峡谷の上が割と深い森だから問題無いとしてもわざわざここを選ぶのは……人間に見つからない為かしら?
街……と言っていたしもっと大きい、国と呼んで差し支えない場所とかあるのかしら。
だとしたら嫌ね。街でこのレベルの差別と陵辱が横行しているなら、亜人と人間の戦争で逃げた亜人達が集まる国は……。
残飯に集る蝿すら近づかないレベルの汚さが見れるでしょうね。
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