閑話 生態調査報告書:ヤドカリ

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 外見は円錐状の殻を被った小さなヤドカリの様な魔物。肥大した鋏と、それとは全く正反対な小さな鋏の左右非対称の鋏が特徴である。


 殻は遺跡の残骸、白骨化した他の魔物の死骸などを口内から分泌される特殊な粘液を練り込んで作る。

 これは非常に固く、通常の方法では傷すら付かず、内側にいくほどより固く頑丈になっている。


 表面には苔や菌類の類が多く見られ、この殻自身も極小の生息環境でもあるようだ。

 微生物や虫の類がヤドカリの殻の上で食物連鎖を繰り返し、殻の上の死骸を分解者が分解しそこから植物が生えたり、時には綺麗な花を咲かせた可愛らしい殻を持つヤドカリも偶にではあるが見られる。

 

 僅かな殻の隙間に住む虫もいくつか見え、この生物が虫や植物達生産者の立場の存在にとっての住処を提供する役割を持っているらしい。

 

 肥大した鋏は主に外敵から身を守る為、繁殖期の際に卵を守る為等に主に使用される。

 前者の方は後者に比べると使用頻度は稀で、「執拗く自身を攻撃してくる」外敵に対して仕方なく使う、という印象を受ける。


 そもそもとして、自身の頑丈な殻に篭っていれば大抵の事は何とかなるのだ。わざわざエネルギーを使う行為を積極的に行う必要は無い。

 その為この行動は自身の殻を壊しかねない攻撃か、長時間に渡って攻撃され、殻から出る事が出来ない場合にのみおこなわれる。

 当然生物である以上食事は必要な為、ずっと攻撃されていると食事を取れないのでヤドカリとしても困るのだろう。


 そしてこの仕方なく振るわれた肥大した鋏は想像以上の威力を持ち、単純な攻撃力で言えば第一階層の中で一番と言えるだろう。

 普段生息域としている遺跡群の建材などはもちろんの事、鉄なども厚みや強度によっては切り裂くものと思われる。


 だがこの行為は体力の消耗が激しいのか連続して振るう事は平時であれば無い。

 身体の構造的にあそこまで素早い攻撃を繰り出す事は難しく思える為、なにかしらの魔法的補助の可能性もあるが、現時点での調査では不明。

 だがもしそうであるとしたら魔法と攻撃の二つを同時に行うのでエネルギーの消耗が激しいのは納得ではある。


 普段は大人しく、暗闇や他の生物の気配がない場合は遺跡の路上など場所や時間を選ばず徘徊する姿が見られる。

 おそらくは自身の殻の耐久を信用している故の行動だとおもわれる。


 遺跡の隙間や植物に留まる虫などを主食とし、小さな鋏でちまちまと口に運ぶ姿がよく見られる。


 繁殖期に入ると、外敵が少なく匂いの消える雨を狙い殻を脱ぎ雌のまわりを回り、求愛する。

 これは自身の殻が子どもを守るのに適した大きさかどうか雌にアピールする為である。

 雌の回りを回る、自身の殻を軽く叩いて安全性を示す、などの行動で雌に優れた拠点を作る能力をアピールする。


 雌は気に入れば自身の殻を脱ぎ相手の殻の中に入り、それを雄が追うようにして入って中で交尾をし、中で子どもを作る。


 番ができ、子どもが出来た場合雄は子守の為非常に攻撃的且つ好戦的となる。

 普段は積極的に使わない筈の肥大した方の鋏を連続で乱暴に振るい、食事の為以上に狩り、殺す。

 雌は子どもを産んだ後は雄の元を去り、出産の消耗を取り戻そうと活動をする。


 自然界の生物には雄が交尾だけして雌に食われないようににげる、事はあっても逆で「産み逃げ」とも言える行動を取るのはなんとも不可思議且つ興味深い行動だ。


 雄の凶暴性を見れば雌が逃げるのもやむ無しとは思わないでもないが。


 本来エネルギーの消費が激しい攻撃を積極的に行う為子守の期間である三週間をすぎる頃には衰弱しそのまま死んでしまうケースがほとんどである。


 子どもはその三週間で小さいながらも自身の殻を作り、親から離れ一人で殻を背負い生きていく。


 気に入らない場合、雌は雄の作った殻を破壊して去っていく。

 これは推測になるが、破壊する事でよりよい殻を作らす為だと思われる。


 人間の言葉で言うとするなら、「私が気に入らない家を他の雌が気に入るわけないだろう」という所だろう。

 だが実際は自身を守る殻が無くなったヤドカリは簡単に他の魔物に殺されてしまうらしい。


 結果としてだが、天敵と呼べる天敵の居ない第一階層で増え続ける事を防ぐ事に繋がっている。

 まこと、生物とは良くできているとものだ。


 単体で過ごす事が多く、繁殖期にのみ番と行動を共にする。

 特定の巣を持たず、自身の殻を巣としているようで、遺跡群である第一階層であれば場所や時期を問わず出会える存在。


 プリプリとした弾力がクセになる。美味であり大多数の住民に好まれ、繁殖期の時期となると創世樹街で冒険者への依頼としてヤドカリの捕獲を頼まれる事がある。


 大量の油で揚げる、表面を焦がすように焼いて塩を振るうなど、食事の方法は多岐にわたり、創世樹街の住民からは「どう調理しても食える」と評判である。


 恐らくだがこれがダンジョンという場所で何故か魔物が尽きる事がない。という特性が無ければ近い将来に絶滅危惧種となっているはず。


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 自作馬車の中、すやすやと寝入るリンの傍らで半ば趣味と化した生物観察記録をつける。


 今回は私が滑車弓を持つ原因であり、リンにこっぴどく説教を食らった原因でもあるあのヤドカリだ。

 ゴブリンと違い彼らと出会ってそこまで時間が経っている訳では無いので多分に推測が入っているが、まあ元より専門家でも無いただの元地球人が趣味程度に始めているものなので、最悪を言ってしまえば対処方法と食えるかだけ記載してもいいのだ。


 今回一番個人的に興味を引いたのがあれを創世樹街の住民は好んで食べるという点だった。


 情報収集の時にそれを知った時には「食うの?あれぇ?」と思わず聞いてしまったのは記憶に新しい。


 などとヤドカリの魔物の記載ついでに関連した記憶を掘り起こして思い出に浸っていると、リンに掴まれた腰が強く引き寄せられる。


 む、これはそろそろ一緒に寝てあげねばならないか?

 私はリンに引き寄せられるままに任せてベットに入る。

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