一旦立ち止まって落ち着いて?

第22話 説教と妥協案

「どうしたの?急に笑って?」


 ランダム要素が強いゲームなんかにありがちなヘンテコ装備のクセに性能ガチなあるあるを想像して笑ってしまった私をリンが怪訝な顔で問いかける。


 それに対して


「いえ、ごめんなさいね?ほら、魔導具って効果がランダムらしいじゃない?だから変な装備で物凄く強い、っていう事もあるのかなって思ってしまってね?」


 カボチャを頭に被ってパンツ一枚とかね?と最後に付け足して笑った理由を説明するとリンはなにそれー、へんなのー。と私と同じく笑ってくれた。


「でもそれ私達もそうなる可能性あるってことー?性能とか効果がいいからって装備しなきゃいけない、とか?その、ク、クロエが物凄く薄着になったり?」


 リン?あなたいつからそんなはしたない・・・、はしたない、のか?


 人形だぞ?確かに外見モデルは高身長女性体型だが生殖器が無いから扱いとしては無性別だぞ?

 私の薄着程度でドキドキしてくれたりは嬉しいのだが、性癖歪んでない?


 ダンジョンの遺跡群を探索しながらリンに「私あなたが心配よ」という視線を送る。


 私の視線の言わんとしている所がなんとなく分かったのかリンは焦って話題を変える。


「そ、それよりいつまで探索続けるの?なにか目当てのマモノでもいるの?」


 もう少しこの話について深堀りしてもよかったがあえてそれに乗る。


「そうね、ここには猿ともう一種類魔物がいるらしいの。その子を見てみたいのとそいつの殻を出来れば欲しいのよねー・・・。大盾がさらに硬くなるんじゃないかなって思って」


「カラ?カラを持ってるのソイツ?」


 リンがこちらに振り返り首をかしげてもう少し説明して、と言外に伝える。


「ええ、なんでも普段は殻にこもって身を守ってて植物や死体を食べる攻撃的ではない魔物らしいわ。・・・あんな感じでね」


 説明をしながら二人縦に並んで歩いていると目的であり話題の中心であった存在が猿の死骸を小さな右手のハサミでちぎりながら食べていた。


 見た目はヤドカリを大きくしたような魔物だった。

 左手のハサミだけがノコギリの様に細かな刃がついた鋭そうな腕で、小さな右手とのアンバランスな見た目が特徴的かつ印象的だ。


 全体的に丸く、白い殻を背中に被ったヤドカリは今は夢中で猿の死体を食べている。


「クロエの故郷のコトワザ?でいう噂をすればなんとやら、ってやつかな?話してたら見つかったね」


 リンには食事作法や文化、娯楽の類をリンに惜しむことなく教えている。

 その為恐らくだが異世界では通じないが私達二人だけで通じる諺や文化、宗教観などが出来上がりつつある。


 どんどん世間や世界との乖離が進み、こちらに絶対に無いであろう日本文化に染まりつつあるリンに嬉しく思うと同時に少しの申し訳無さも感じる。


「フラグ、とも最近は言うわね。戦場で故郷の恋人を思うやつは必ず死ぬ、とかね。悪い結末を引き寄せる事をよく言うわ」


「えっ、こわーい。あとでふらぐ?もっとおしえてねー」


 のんびりとした口調で話しながらヤドカリに近付く私達。


 ヤドカリの魔物と私達の距離が少女であるリンの歩幅で五歩、という所でヤドカリが僅かにこちらに反応した。


 そこで私達もこれ以上は無理に距離を詰めず暫く互いに手を出さずに睨みを合わせ続ける。


「どーしよっか?とりあえず適当な大きさの遺跡の残骸でも見つけて投げてみる?」


 前回の戦闘で大盾を投げつけて猿を倒した事で手応えを感じたのか最初っから豪快な手段を相談してくる。


「少し情報が欲しいわ。脚が遅くて防御に優れているのならそれで遠距離からガンガン投げつけてやっちゃいましょう」


 私はそういってリンに少し待ってもらってヤドカリのハサミも私のパイルバンカーも届く至近距離にまで近付く。

 人形の体は五感のオンオフが出来るので痛覚を切って威力偵察をする。


 敵を見つけなきゃいけないゲームなんかでは索敵が下手でよくダメージを食らってそのダメージエフェクトの出た方向で敵を探したものだ。

 

 イメージとしてはそれに近い。破損してもまた直せばいいので自分の体を大事にする必要も無いのは本当にコスパが良くて助かる。


「えっ!?クロエっ!危ないよっ!」


 人形の体だから万が一があっても大丈夫よー、と呑気に返しながらパイルバンカーを当てるべく腰を少し落としてからまっすぐにパイルバンカーをつけた右手を伸ばす。


 だが私の攻撃が当たる事は無かった。


 ヤドカリの鋭いハサミがレベル9の身体能力を活かした攻撃よりも早く私の右手を切り裂き、それでは飽き足らず胴体に深くはないが傷が出来る。


「っうっ!?なるほどね、移動速度自体は遅い。けれど射程内に入った時のハサミの攻撃は目で追えない程、という事ね」


 殻で遠距離からの攻撃を拒否し、仕方ないそれなら近接で・・・、と近付けばハサミで攻撃。それすら避けられるのであれば自慢の殻に篭りっぱなしで交戦を拒否、といった感じか?


 私は使えなくなった右手を破棄してヤドカリのハサミの射程内から離れる。

 腰の手から閃光手榴弾を投げつけて効果があるか試そうとした瞬間、リンの大きな声が私を止める。


「クロエっ!!怪我っ!してる・・・、か、帰ろ?危ないよ・・・」


「リン・・・、私は人形だから後で適当に生産魔法で腕を作ればなんとでもなるわよ?自分を大切にする必要なんて・・・」


 この体の利点はまさにそこなのだ。そこを活かさない手はないはずだ。


「そんな悲しい事言わないでっ!!」


 本来なら戦闘中によそ見など厳禁なのだが、相手がヤドカリで移動速度は無いに等しいという事もあって私は思わずリンの方を見てしまう。


「ずっと前から思ってたけどやっぱりクロエって自分の事全然大切にしてくれないっ!あたしのクロエだって自覚無いっ!あたしのでもあるんだから大事にしてよっ!大好きな人が傷ついて平気なほどあたし冷たくないよっ!?」


「うっ・・・、その、悪い・・・」


 確かに私は人形故にわりかし無茶やらかしたり聴覚と視覚一瞬オフにして閃光手榴弾と一緒に突っ込んだ

りなど人形の利点フル活用の阿呆プレイを多くしている。


 言わないだけでそれらを見るたびにリンは心配だったのだろう。

 万が一があったらと、なにより自分の大好きな人が傷つくのを見るのは辛いのだろう。


 私だって逆の立場でリンがそんな無茶で生傷が絶えない戦い方していたら嫌だし止めるわ。

人形だから傷というより破損だがそれでも変わらないだろう。


 今まで全く気付いていなかった。

 リンと生きると言っておきながらその行動は誠意の見られないものだったのだろう。

 まったく恥ずかしい話だ。


「リン・・・」


「なに?クロエ」


 リンに叱られるのはこれが初めてかもしれないな。私はリンに近付いて残った左手をリンの方に伸ばす。


「ごめんなさい、私が悪かったわ。確かに嫌よね目の前で自分の大事な人がそんな生き方してたら。気付いていなくてごめんなさい。」


 リンに嫌われてしまったようで怖くて、リンにとにかく触れたくて伸ばした左手だがやんわりと拒絶されてしまう。


「クロエ、あたし怒ってるんだよ?」


「ごめんなさい」


 謝罪は苦手だ。特にこちらを心配し愛しているからこそ来る説教の場合、正論すぎて何も言えなくて自分の考え無しを自覚させられてしまう。


「ふぅー・・・。約束してくれたら、許す」


 リンは仕方ないなあ、と溜め息して一回拒絶した私の左手を取ってそう言う。


「な、なぁに?」


「無茶しないこと。自分の事大切に出来ないって言うなら、あたしの為に大事にして。あたしがクロエを必要としているから、だから大事にして」


 正論すぎる。だがその約束は・・・。


「リン、あなたに危険が迫っていた時なんかは約束できないわ。あなたの大切な人が私であるように、私の大切な人はリン、あなたなの」


「むぅ、今怒られてるのはクロエなんだよ?」


「それでもよ、これだけは譲れないわ。リンに危険が迫っていたら私は一切の遠慮無くこの体を使い潰すわ。でも」


 私はその代わりに


「これからは安全第一で行く事を誓うわ。お互いがそんな無茶や無理をしなくてもいいようにしっかりと慎重に行動する。それじゃ、駄目?」


 私はしゃがんでリンと目線を合わせ、真剣にお願いする。


 リンは長く悩んだ末に、頷いてくれた。

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