第51話 久々の一人での戦闘

 二つある村の入り口、そのうちの一つに一人の男性がうずくまって助けを求めていた。


 服には血が付き、素人目ではあるが乾いておらず付着したばかりの様に見えた。

 それが返り血なのか、それとも傷を負っているからなのかは判断がつかなかった。


「ごめんなさい、通して貰える?創世樹街からの冒険者よ」


 少なく無い数の野次馬を切り分け、未だ入り口で大きな声を出している男に近づく。


 男は私の冒険者だと言う言葉を聞いたからか、立ち上がって私に詰め寄った。


「あんたっ!助けてくれっ、俺の友人が賊にっ賊が助けを求めてる人間を装ってっ近付いてっ、そんで・・・そんで・・・」


「落ち着きなさいな、そんなに慌ててたら分かる話も分からなくなってしまうわ。どこに、何人いるの?」


 両肩をしっかりと掴んだ手をレベル十六の力で無理矢理に剥がして、目を合わせて一言ずつ区切って話してやれば、荒かった呼吸も少しだけ鎮まったように感じる。


「それで?落ち着いた所でもう一度聞くわ。どこに?敵は何人?」





 あの後、賊に襲われて一人だけ逃げてきたという男のどこまで信用していいか分からない話を要約すると、冒険者の友人三人と小商い人である男で旅をしていた所に襲われ、足手まといの男を逃がすついでに村に救援を頼んだ。と。


 賊は六人で、友人達が苦戦している所を見るに同レベルか少し上程度の六か七である。


 情報を纏めればこんな所か。


 スタミナ、疲労の概念が無い無機物の人形としてのスペックを活かした全力疾走の中、村での男とのやり取りを思い出しながら交戦に備える。


「もう少しかしら・・・。あぁ、いや。別にリンもいないし一人なんだから元の口調でいい筈なのに」


 リンと生活し始めて四ヶ月?あるいはもう少し短かったか。

 すっかりこの口調に慣れ切って、自分が元々人間の男で、別の世界から来ている事などほとんど忘れてしまっていた。


 はて、私は一体今の口調の前はどのような喋り方をしていただろう?


 リンにはがさつで美しさの無い女性になって欲しくないと言う思いもあり、自分の想像する理想の女性をリンの前で演じ、見せて来たからかもう思い出せなくなっている。

 人形だから正確には記憶はしているはずなのだが・・・。


「まぁ、それだけリンと多くの時間を過ごしたって事だからいいけれど・・・。少し寂しいわね、自分が消えた訳でもあるまいに」


 人形の記憶能力故に昔の思い出が完全に消える事が無いので別段自分が分からなくなって・・・なんて展開は無いのが救いね。


 私がそうしてしばしの過去の記憶に浸りながら進む事数分、ついに賊に襲われているという一団を見つけた。


 情報通りなら、あの死体達が男の友人である三人だろう。

 三人に対して賊は六人、倍の数では流石に不利であったのか、すでに街道の一部を赤く染めた死体は産まれたばかりの赤子の様に何も着ていなかった。


 賊は多少の傷はあれど、皆健在で奪った服や鞄を熱心に漁っており。こちらに気づく様子は無い。

 そしてそのいずれもが事前の聞き込み通り、年代のバラバラな女性のみで構成されていた。


「滑車弓・・・は使ってもいいかしら。ギルドに行くときいっつも持っていってるし知ってるでしょ」


 私は気付かれていない事をこれ幸いと滑車弓を引き絞る。

 距離は賊の表情がギリギリ分からない程、大型にすぎる滑車弓の速度と威力なら風は無視しても良いだろう。


 一度に殺せる数は一人、残りは気付かれる。


「リンになんて言おうかしら・・・、人殺しの線引きねぇ。個人的な感情を言うなら喰わぬなら殺さぬ、食うなら殺す。でもいいのだけれど、そうするとそれを理由に誰でも手に掛けそうで・・・」


 簡単に殺してはいけない、と言った手前このまま不意を撃ち殺してもいいものか。


 ・・・やめた。人に言っておいて自分はそれを守らないなんて、リンがいくら私を好いていてもそんなヤツの言うことに説得力も無いし理解もしてくれないわね。


 矢は番えたまま私は賊に近付いていく。


「あぁ!?なんだぁっ!てめぇ、衛兵じゃねぇな」


 私の接近に気付いた賊の一人が喚く。


「えぇ、創世樹街からの依頼でね。貴女達の対処を任されたのよ」


「武器を降ろし、大人しくしてくれるなら攻撃はしないわ」


 どう?と聞けば賊達は少し顔を見合わせ、以前と変わりなく武器を構えた。


「こんな楽な方法があるのに、なんでやめなきゃいけなんだ?わたし達を拒絶し、穢れだと言った連中と顔合わせて仲良くしろだとっ!?巫山戯んなよ、殺して奪った方が楽で、わたし達にはその方法があるんだっ!」


 使わない手は無いだろっ!とこちらに真っ直ぐに突っ込んでくる賊の一人。


「そう・・・」


 滑車弓を構え、放つ。


 矢は正確に額のあたりを通る。通常の弓のそれとは違う滑車弓の威力で放たれたからか、額を中心に大きな穴が空き、向かう側の景色が綺麗に見える。


 構えを解き、回り込もうとしている一人の首をつかむ。

 元々三本の腕を一本に束ねた影響か、右腕の握力は人の物から逸脱しており、首をそのまま握り潰せた。


 賊を二人殺したあたりでようやく私を脅威と認識したのか、賊の一人が大盾を構える。


 残り三人は大盾を構えた賊の後ろに張り付き、私のより遥かに短小で、情けない弓を構え始めた。


 レベルアップの恩恵は大きい。

 それは体力やMPの上昇だけに留まらず、反射神経や運動能力などのステータスに記載されていない部分の上昇も含まれている。


 私は彼女達とは比べるべくも無いレベル差で持って左右に移動し続け、的を絞れなくさせる。

 バレないと思う程度に人形の特性を使い、無茶な体制からの移動も使い、予測させない。


「畜生っ!なんなんだよ、お前っ!なんでわたし達がこんな目に」


「・・・今武器を置くなら許すけれど?」


「うるさいっ!わたしの家族をっ、村の人を殺しておいてっ!」


 警告はした。


 拒絶したならば仕方ない。

 移動しながら左手にだらんと持ったままの滑車弓をなるべくゆっくりと構える。


 最後の警告だぞ、と。完全に構えるまでが貴様らに与えられる最後の慈悲なのだと。


 しかし最後の最後まで攻撃が止むことは無く、私は再度滑車弓を構えた。


 以前この滑車弓が出来上がった時、リンと狩りに出掛けた事があった。

 創世樹街にほどほどに近い森で二人して狩りに出掛け、そして身の丈を超える全身を岩で纏った亀の様な魔物と対峙した事がある。


 私はその亀を正面からこの滑車弓で貫いている。

 まさに岩塊を掘って着ている様な亀と比べれば、数打ちの薄い大盾を貫けぬ道理は無い。

 

 一瞬立ち止まり、矢を放つ。


「固まっててくれて助かったわ。これで全員貫通かしら。・・・あら?」


 自分たちの命を守ってくれると信じて止まなかった大盾は、見事に貫通し保持者をやすやすと通過するだけには飽き足らず、残りも貫いてしまった。


 胴体の何処かに当たったのか、腹が裂け、中身が溢れる。

 骨に当たり僅かに内部で軌道が変わったのか、四人目を貫通する頃にはすっかり左太腿に中途半端に刺さったままになってしまった。


 なんかどこかで聞いたわね。腹から入った銃弾が、内蔵やら骨やらで軌道を変え、肩から飛び出したりなんだりって。


「ああっ!血がっ、血が出てるじゃないのっ!なにするのさっ!人殺しっ!」


「あら、じゃあ私達同業者ね?人殺しさん?」


 せっかく生きてるなら仲間がまだいるのかとか色々と聞けるかも知れないわね。


 そう思い私が生き残った賊に近付こうとした所、死んだとばかり思っていた冒険者の一人から苦しそうなうめき声が聞こえた。


「死体だけだと思っていたのだけれど・・・、勘違いしちゃったわ」


 失血死を避ける為、冒険者の傷を焼くべく生産魔法で松明を作り出しながら呟く。


 ・・・戦闘、見られちゃったわ。

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