第119話 責任者との対話
人攫い、と自らを呼称する亜人で構成された街から派遣された部隊……その本拠地となる建物の内部は、その外観と同じく小奇麗だった。
椅子一つ、机一つ取ってもそれはいっそ邪魔とすら思える程に過美で常に視界に入れておくには鬱陶しい。
両開きのその扉を入ってすぐ、鉄格子で隔てた受付が目に入る。
その受付にいる職員とおぼしき者に案内のエルフがなにやら話している。
案内のエルフがこちらに気付き、受付から離れた。
「ああ、人形殿……今ここの責任者との面会の予定をつけました」
こちらです、と玄関正面の階段へと誘導する。
鉄格子の嵌った受付と書いたのあるこのロビーは吹き抜けであった。
天井からは赤い垂れ幕が降り、そこに描かれた人間を薪に燃え盛る火はまるで、この街の在り方を強制しているようであった。
ふん、と鼻を鳴らしてその天幕から視線を外す。
私に身体を半ば預ける形となっているリリエルの頭がより私に密着する。
二階に上がり案内に従い歩く事暫く、エルフの女が脚を止める。
「こちらです、では私はこれにて。人形殿、並びにご息女様方。失礼します」
そう言って暗く、良い表現を敢えてするなら落ち着いた色合いの扉の前で案内役が扉の側で待機した。
私は右肩の三本の腕がいつも通りに稼働する事を再確認する。それに合わせるようにリンも自身の銃を点検している。
マガジン内部や銃本体に埃や汚れが無いか確認し……最後に叩きつけるように銃の後部を叩いてふん、と鼻で笑って私に視線でいつでもいいよ、と伝える。
念には念を入れて悪いという事は無い。
懐にはいつもの閃光手榴弾もある。扉を開ける。
「来てくれたか……話には聞いていたが、本当に人形とはな……」
「ノックも無しに失礼するわ」
室内は簡素な造りであった。
窓は無く、継ぎ目や補修の後も目立たぬ壁がぐるりと囲む。
普段使いしている部屋ではないわね、一番はじめに出た感想はこれであった。ここまで隠すことをせずに尋問まがいの部屋や待遇をするだなんてね。
部屋にいた男はこちらの姿を認め、その黒い鱗の様な自身の岩肌を撫でた。
「いや、無礼を先に働いたのはこちらだ。守るべき子を持つ母を襲うなど……まるで人間の如き邪道であった。改めて、すまない」
ドワーフの男はこちらの仕掛けに対し、極めて真摯に対応した。
それにしても、この場においても人間を引き合いに出して非難とは……生活や宗教にまで人間嫌いを組み込んでるのかしら?
敵国を侵略したいならまず宗教を掌握するべき、っていうしね。
「あら、てっきり手酷い尋問や拷問の類が来ると思っていたのだけれど……」
「む……それは、この部屋は形だけのものだ」
話す処によればどうやら以前は同胞たる亜人は無条件に受け入れていたらしい。
が、その亜人の中から悪人が出た。街の秩序を壊してしまう者が。それ以来外から来た者は厳格に調査し監視すべきという風潮が強まったと……。
最後に彼は身内の恥を晒すようで申し訳ない、と言って再びその頭のてっぺんまで岩で出来た鱗を下げる。
「随分と正直に話すのね。私が悪人でないという保証はないでしょう?」
「いや、それについては概ね答えは出ている。そもそもとして私の部下を殺さずに返してくれたという事実がある。それに……」
ドワーフの男が部屋の外へ視線を向ける。
「彼女に対しても丁寧に対応したと聞いている。普通であれば他者の心の内を暴き立てる白い瞳は忌避の対象だ。それを君は表面上であろうと友好的に接した」
すぐに人形のように表情を完全な無へと切り替える。
その内心を悟らせないように。
白い色の瞳ってそういう魔法に関係している訳?
完全に全て心を読めるのかしら……それとも人によって程度がある?
いえ……完全に読めるならそもそもこの部屋に案内する必要も無いわ。なんなら出会ったあの峡谷の入り口で全て済むもの。
ならその心を読める魔法もある程度制限や限界があると見ていいわね。
ああ、というか今思えば創世樹街の依頼で担当した新人の亜人の白い瞳もって事なのかしら。
匂いを嗅ぐ仕草をそういえばあの男はしていたわね、もしかしてあれがあの男の読心魔法のトリガーだった訳ね?
あれほどまでに弱い亜人二人が創世樹街まで生き残れていたのはそういう絡繰ね。
あれで本当に危険な相手は上手く避けていたって事ね。
「随分と面倒な探り方ね」
「これも街の安全の為だ……。この件に関しては私に責任がある。そして……この件に関して私からの謝罪は無い」
「街の為だものね、それはいいわ」
謝罪とはそもそもとして間違っていたと認める事だ。
すなわちこの場でこの男が謝罪してしまえば、それは街の安全の為に他者を疑うのは間違いだと言ってしまうような物だ。
間違っていない事を謝るのは変だし、この街に住む亜人に申し訳が立たないものね。
「それで……私が街にとって不穏分子となるかの判別はもういいのよね?」
それにしたって随分と面倒な手順ね。
「あぁ。それに関しては、な」
持って回ったような言い方は感心しないわね。
要件を早く言うように顎でしゃくってみせれば、ドワーフは私達にとって見慣れた形状の物を数個……懐から取り出した。
それは銃弾であった。
リンが普段使いしている円盤状のマガジンをつけたサブマシンガン……それに使用している。
「これは君たちを襲った部下の脚の中から出てきたものだ」
返り討ちの件は私達に非がないと確定しているからその追求では無いわね。
というかしくじったわ。弾丸もほじくり返して回収するべきだった。私が人形じゃなかったらきっと今頃苦々しい顔していたわね。
話の流れが見えないままに主導権を握られている感覚がする。
会話や交渉というのはこれだから苦手なのよ。元々会話は得意じゃない、いつも上手くやり込められてしまう。
私が最初から高圧的な態度や武器の行使に躊躇いが無いのもそれが理由ね。恥ずかしい話、こうした方が早いもの。
「……」
「我々のどの種族であってもこのような物を使っているという話は聞かない。で、あるならばこれは君達の武装だと推測しているのだが……」
「だから?」
数段低い声のトーンにリンが反応して銃の引き金に指が半分掛かる。
リリエルが魔法を発動させようと手を私の腰から離して構えようとした。
剣呑な雰囲気に当てられたか、未だ私には分からぬ感覚である殺気とかいうトンデモ概念を感じたのか部屋の外で待機していた案内役のエルフが入ってくる。
開けられる扉よりも早くリンが振り向き、構えられた大盾から銃身のみを僅かに覗かせる。
「待ってくれっ!君達を害する気は全く無いのだ……外で生きていた以上警戒心が強いのは分かっている。どうか、落ち着いてほしい」
「要件を、簡潔に、言いなさい」
ドワーフがエルフに退出するように促す。
何か言おうとしていたエルフだが、「心配するな、同志よ」と言われゆっくりと部屋を出ていった。
一応はこちらに配慮するような仕草をするのね。それとも、私達三人に襲われても大丈夫という保証があるのかしら?
それはその分厚い岩の鱗から来る自信?
リンの弾丸は種類や弾頭の形状によってはそれを容易く貫けるわよ、地底人風情が。
ドワーフがゆっくりと、言葉を選びながら話し始める。
「我々に、君達の持つ技術の一端でも構わない。それを共有してもらいたいのだ。全ては人間の抹殺の為に」
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