第120話 時代にそぐわぬ
武器に関する情報を寄越せ、と来たか。
それは私がこの世界に着てからずっと決めている約束に反している。
すわなち、私の保有する技術や情報、製品はあらゆる公の場に出さない。というものだ。
私の作るその全ては時代に反している。この時代にこの世界にあってはならないものであり、本来進むべき時代の変遷を強制的に進ませ、歪みを発生させるものである。
それで済めばいい。ともすれば過ぎた力は世界に致命的な汚染をもたらしかねない。
この世界が地球においてのいつ頃に相当するかは不明だが、擬似的とはいえガス圧式や保弾板等といった近代に片足を突っ込んだ機構を多く備えたリンやリリエル、そして私の武装のその全ては世に出してはならない。
「随分と……失礼な提案ね」
あくまで渋る理由は自分達にとって切り札と言えるものを差し出せというのか、と警戒している風を装って睨む。
ドワーフはあくまでも交渉という体を取りたいのか場所を移そう。とだけ言ってこの殺風景極まる部屋から出る。
「この部屋に呼んだのはあくまで形式の様なものだ。街にとって警戒に値してしまう存在か知る為の」
扉を開け、廊下側から聞いてもいないのに言葉をなおも渡すドワーフの男。
「歓迎に値する同志には、より相応しい部屋と話があるとは思わないかね」
「待ちなさいな、襲われた補填の話が無いようね?」
元々私達はそれで来たのだ。
「あぁ、勿論。ただの謝罪で済ますつもりなどないとも。それも含めての話なのだ」
さあ、と部屋から出るように促すドワーフ。
……どうにも話を聞かない所があるようね?その友好的ですと言わんばかりの笑みの奥にどんな思惑を隠しているのかしらね。
リンとリリエル、二人に視線を向ける。
二人とも緊張に包まれており、一人は戦意を、一人は恐怖を抱いているのだと表情からも察せれてしまう。
二人の為にもここは多少強行であっても逃げるべきか、そう判断しドワーフの提案を断る。
「悪いけれど、私の子達はこの街の空気を好いていないわ。補填も交渉も無しよ、そこをどきなさい」
「……君達にとっても悪い話では無いと約束しよう。それに、もし人形殿のご息女がこの街を嫌うというのであれば上まで案内しよう」
なおも引き下がるドワーフ。
「悪い話じゃない?冗談じゃないわ。詐欺師が自分の詐欺の手口を明かすと思う?」
どれだけ劣化や時代を遡って、古い型の銃を紹介するとなっても私は首を縦に振らないわよ。
なぜならそういう発想の兵器がある。という情報を渡せば、そこからはかつて日本が種ヶ島を量産、改良、研究したように私が提供した情報を元にいずれ私達の持つ銃の性能を上回る……かもしれない。
そして、その銃口の先が常に人間に向いている保証も同時に無い。
いつの時代だって0から1を作り出すのは天才の所業だが、1を10にするのは数多くいる秀才で事足りるのだから。
「ん……どうしても駄目かの。人形殿」
「くどいわ、この技術は渡せない」
銃の開発、生産が始まれば何が起こるか、知識や教養に乏しい私でさえ想像に容易い。
戦場でひとたびそれが振るわれれば一時は勝利出来よう。
だが人間とて阿呆の集団ではない。必ず、平坦かつ遮蔽の無い戦場における銃の脅威性を危惧し、対策を取る。
それは塹壕だ。人の背ほどの高さまで地面を掘り下げ、その地面に木板等を貼り、そこから攻撃をする。
それはつまり戦争の在り方を永遠に変える変革をまだ訪れるべきでない時代に到来させる事を意味し、戦争の長期化やそれに伴う精神疾患を大量に呼び寄せる原因となる。
衛生概念に未だ疎いこの時代の人間がそれに手を付ければ、塹壕内での虫やネズミを媒介とした悍ましい病気の蔓延や続く戦争によるシェルショック……とてもではないが今の人間には耐えれる代物ではない。
「同志よ……こちらとしても手荒な真似はしたくない。まだ我々が友好的である内に判断すべきだ。それとも……人間を庇う理由があると?」
苛立つなっての……だるいわねドワーフっていうのは。
「だいたい、私達の持っている武器に期待し過ぎじゃないの?そこまで革新的な物でもないわよ」
まぁ、嘘だが。今後の戦争の在り方を変える程度にはやばい代物なんですけどね。
絶対戦争とかで持ち出されたら人間も真似しだすわよねぇ。
戦場で敵がそういうものを使っていた。という情報が伝わるだけでも不味いってのに。こういう機構でこういうものっていう簡単な情報でもあれば人間は作り出すわよ。
それが人間の唯一の利点で、悍ましい部分でもあるのだから。
「君達を襲った部下についてだが……決して弱い部下では無い。たった二名だがそれで十分にすぎるのだ。何の変哲もない地味な馬車一つ襲うのに十分もいらん」
それを……と開け放たれた扉に半身を隠すようにしてドワーフは続ける。
リリエルを庇う仕草をしつつ、彼女を抱き寄せた手のひらに口を生産魔法で作る。
そっと、小さくリリエルに耳打ちする。
リリエルは初め、音の発生し得ない場所からの発声に驚いた仕草を一瞬だけしてしまったが……その所業が私からだと分かると落ち着きを取り戻した。
私とリリエルの秘密のお話が終わると、リリエルはドワーフの男に怯えたような、怖がっているような態度をし、私の後ろにぴったりと隠れてしまった。
リリエルから注意を逸らす為にも、嘲るような口調でドワーフに言葉を返す。
「随分とこの街の戦力というのは役立たずなのね?」
「いや……あの二人がなんら抵抗も出来ずに一瞬でやられる等……君達の保有する武装が強力だと考えた方が妥当だろう」
「だとしてもよ……私達の武器の矛先が常に望ましい方向に向くとも限らないでしょう?」
「同志よ……我々は常にあのような唾棄すべき連中によって、口にするのも憚られる所業に晒されてきた」
言葉を区切り、ドワーフはリンに視線を移す。
見んじゃないわよ、私の可愛い子らを。
「あれらは救いがたい程に醜く、神より見捨てられた者だ。なによりその瞳が、その証拠である。人形殿のご息女にしても、本来であれば我々を信ずるべきなのだ」
「ほざきやがれ、くそ亜人」
その視線に耐えかねたのか、リンがドワーフの言葉を吐き捨てる。
「この娘がこのように同志達で争わねばならないのも……全てはあの大地を汚し、我らの住処を奪った者達による許し難き悪行にこそある」
「君達もそうではないか?人間等……あれら等この大地には必要ないばかりか、存在してはいけない者だと……そうは思わぬか?」
このボケ地底人……私を説得出来ないと見るやリン達に語りかけやがったわね。
それも、人間に辛い事されたよね?なら僕達と一緒にあいつらやっつけよう!と随分舐めた事しやがるわ。
リリエルを見る。
僅かに首を横に振られ、私は耐える。
リンの大盾が地面を穿ち、殺風景なこの部屋に瓦礫と少々の傷を拵える。
リンがドワーフの男に吠える。
「どうでもいい。クロエの側があたしの居場所だ。あたし達が幸せならお前らが苦しんでいようと知るもんかっ!」
「……ふん、だそうよ」
勝ち誇った顔して私が宣言すれば、ようやく苦々しい顔してこちらを見るドワーフ……余裕そうな顔って見てるとイラつくわよね、やっぱり。
リリエルが私の手を引っ張って合図を送る。
内緒のお話が上手くいったかしら?
「クロエさん、いいですよ」
「上手く行ったようね……それじゃあ責任者さん、私達はこれで失礼させてもらうわね」
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