第15話 不愉快な交渉テーブルにて
「面倒な前置きはいらぬ。おんしらの名前も知る必要は無い。」
「交渉というのだからせめて相手にも椅子ぐらいは用意するべきじゃないのかい?」
陰険メガネ含め残り二人の視線が刺さる。
だが知ったことではない。特に軽薄な男の方、今もその視線はリンに向いている。
おそらく下卑た性欲ありき。という訳ではないが下心あっての親切な申し出なのだろう。
いわゆるお近づきになりたい。というやつだ。
正直気持ち悪い。断られてるのに食い下がるのなんなの?という感じだ。
「・・・」
交渉の基本は譲らないことだ。テロリストへの対処にも似ている。
あれの場合は決して交渉に応じず、屈しないだが。
例え人質がいたとしても最悪無視だ。もし応じてしまったのならテロリストに「あ、この方法有効なんだ」と学習させてしまう。
決して屈さず人質ごと殺す勢いを見せれば「んー人質取っても邪魔になるだけだし有効じゃないから最初からやめとくかー」となる。
一人死んで百人生かせるならそうする。正しい姿勢だ。まあ当事者になっていない人間からの無責任な感想だが。
「はあ、わかったよ。どうやら君のせいで嫌われてしまったようだね、ニック?」
「お、俺かよっ!でもこんな危険な森に見たところ二人でいるなんて危ないだろっ!?」
あの軽薄そうな男がニックか。目が細いんだよ、阿呆。生まれついての人相なら仕方ないがあれは日常的に人の事睨んでるからそうなった細さじゃないか?
人相と後天的に顔に形成される特徴は別だと思っている。そして私の勘があれは後天的だと訴えている。
「正直わたくしもニックの先ほどの話し方は気持ち悪さを感じました。どうせ好みの子だったから仲良くなっていずれみたいな事考えたのでしょう?」
女の方からニックに指摘が入った。私と同じ感想だ。
ニックという男が自分の事をそう見ていると知ったリンは気持ち悪そうな顔してソファーの裏に急いで走る。
そして聞こえる嘔吐音。
気まずくなる私含めた四人。
うーん、リンからしたらそりゃゴキブリから交尾相手に見られてますよ、と教えられたみたいな物か。
村で奴隷扱いしてくる人間に最後は殺されかけた、ここまでで人間不信に本格的になったんだろうなあ。
まあそんだけされて人嫌いになってない、ニンゲンスキー!とはならんわな。
「その、彼女は過去に人間に・・・?」
「うむ、奴隷同然の扱いの上殺されかけておる。おんしらの事はゴブリンと同列の穢れた存在と思っておるよ」
女の方の問に短く答える。理解してもらえたなら早めに話しを終わらせたい。
あぁ後、
「と、言うわけでそこの男。この場から離れておれ。あの子が可哀想じゃ。」
といなくなってくれと命令する。
「・・・ニック」
陰険メガネがニックの名を呼ぶ。ニックはそこまで嫌われているとは思っていなかったのか酷く沈んだ顔している。
その顔のまま、あぁ、うん。と生返事で答えて森の奥に消える。
いやー気持ち悪いですもん君。邪魔。
もし交渉が決裂しても君がいなくなってくれれば三対ニじゃなくてニ対ニになるもんね。
リンには悪いけどナイス嘔吐よ。これで戦力を事前に一人削れたも同然よ。
「分かったよ、こちらの負けだ。このままで交渉を進めよう。僕達が知りたいのはここの生態系とか食べられる物。僕達から提供出来るものはさっきも言ったよ」
「ダンジョン、と言うたか。解せんな、なぜ自分達の街にあるものを提供できる?」
見ず知らずの連中を街に入れるというのは大変なリスクだ。
もしそいつがやべー奴だったら?
彼らになんのメリットが?
「ダンジョンが見つかって以来、王はダンジョンから出土する有用かつ貴重な魔導具や魔物の素材に執心しておいでだ。ここまではすでに知っていることだと思う。が、肝心のダンジョン探索者がまだまだ足りていない。」
ふーん、まあ某世界樹のなんとかみたく王命でダンジョンいってこーい、て言われてるのね。
恐らくはそんで有用なやつ現地で見つけたら軽い面接して良さそうなら街入れてあげてねー、と?
そこから陰険メガネが話した内容は私が予想したものと大して変わりは無かった。
歴史に語られる創世樹を思わせる大樹とその根本に出来た大口を開けるようにして表れた洞窟。
そしてそこから出る見たことも無いような貴重品の数々、最初こそ王や権力者が独占しようとしたが失敗に終わった。
それは小難しい話でもなんでも無く、際限無くそういった品々が出すぎたからだ。
数値で例えるなら20管理できるところに1000くらい来た!みたいな状態で「いやー、うん。無理だこれっ!」となった国はそれまで賊や狩人、騎士崩れなど上から下まで選ぶことなく触れ回った。
「かのダンジョンにて指定する品々を持って来る事。その他に関しては関与しない」
それは異例中の異例だったそうだ。王や権力者が欲しがる品と同等の物が運が良ければ手に入るかも知れないと。
そうしてダンジョンとその周りにゴリ押しで建てた街が完成したそうだ。
「言いたい事は分かった。しばしまっておれ」
これは二人の今後に関わることだ。一人で決めるのはリンとの仲に亀裂を入れることになる。
今は水魔法で口をゆすいでツリーハウスのバルコニーからこちらを見下ろすリンの元へ行く。
「リン、今の話は聞こえていた?」
抱きつかれ首元の匂いをすんすんと嗅がれるのを受け入れながら聞く。
「うん。・・・クロエ。行きたいんでしょ?大丈夫だよ。あたしたちの今後の為だもんね?我慢しなきゃいけない事くらい分かってるよ」
「ええ、レベルは欲しいし。ごめんなさいね?私の我侭で苦労を掛けて」
「うん。埋め合わせ、してね?」
こういう時に溜め込まずしっかりと対価を要求できるのはリンの良いところだと思っている。
友人だから、家族だから、とまあいいやでなあなあ、してると小さな不満が砂時計の底のように少しずつ溜まっていく。
砂抜きは大事というやつだ。
「安心して?ダンジョンのある街へ向かうにしても二人きりよ?あの気持ちの悪い奴とは絶対行かないから」
「うん、ごめんね。あたしもう人間ダメかも。クロエが昔に言ってくれた人間にもいい人はきっといる、っていうのもわかってはいるつもりなんだけどね」
理屈じゃなくて本能、そういう段階まで深く傷が付いているのだろう。
私は大丈夫よ、とリンに伝えてから彼らと話をつけてくるとツリーハウスのバルコニーから降りて行く。
「・・・話はついたのかい。」
「おう、それで。そっちの条件はここらの生態の情報、じゃったか?」
一名ほどリンとのやりとりを見て嫉妬じみた目線を送られるが無視。知らん。
あの子は私の者だ。私だけの。
それから私はこの森で3ヶ月の間に見た生態系を出来るだけ伝えた。
ゴブリンは蟻の様に昆虫の社会形成をすること。
それらの異常繁殖を防ぐバランス役としての寄生菌の存在、一時的な寄生ゴブリンの大量発生した死体による一帯の活性化。
魔物はおろか植物までもが魔法を利用し繁殖や捕食を行う貪欲さ。
全てを話すのにかなりの時間を有した。話し終わる頃には日が傾き始め私は時間を無駄にしたと痛感する。
「助かったよ・・・、まさかここまで君が詳細に生命のやりとりを記憶し記録していたとは思っていなかった」
「ふん、そう思うのであったら街までの地図ぐらい寄越さぬか。無償の親切などこの世にありはしないのじゃぞ」
陰険メガネは何が楽しいのか小さく笑うと懐から地図を取り出して差し出す。
「はい、これがお望みの品さ。この森をあっちの方向にまっすぐ進んで街道に出たらそこからは東に行けばいい」
私は礼は言わずにそれを受け取り目線で訴える。
「分かったよ、僕達はこれで立ち去るとするよ。ここはとてもじゃないが開拓に適しているとは思えない。情報と開拓の両方に結果が出たと思ってもいいだろう。誘っても君たちは一緒に来ないだろう?」
わかりきっている問いには答えず警告だけしておくことにする私。
「そこの男、妙なことは考えるなよ?容赦はせぬぞ」
はー、女と見るや手篭めにしようとする男に見えて怖いわー。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます