大した違いは無い
第112話 まんま携帯ゲーム機
私達の馬車がゆっくりとその履帯を進める。
たまに向かいから馬車が来るがその御者も、護衛もまるで気に留めるべき事は何も無いとでも言うようにすれ違うのみであった。
この馬車には認識阻害、と私が便宜上名付けている付与魔法が施されている。
これは決して見えなくなる、という様な便利で素敵で常識破りな代物ではない。あくまでも認知、認識そういったものを変化、阻害するものでしかない。
より正確に言うのであればこれは、漫画やアニメの背景に映るモブのように何も気にするべき要素は無く、また注目にも値しない存在と誤認させる、という効果だ。
これのおかげで誰からも気にされずゆっくりと旅が出来る。
「クロエ、クロエっ見てみてっ!このマグカップのフチを上手く使って殴るとね?ほらっ、腕とか足とかのフチからはみ出た部分がえぐれるのっ!」
「へぇ……?そんな使い方があるのね……」
アイスディッシャーがみっしり詰まったアイスを綺麗な球状にえぐるように、ぶん回したマグカップが魔物の肉体を掠めればそこを削る。
まだ私達が創世樹街を発って一ヶ月程度しか経っていない為、リン達二人が操る人形は一階層を主な狩場としているだけに留まっている。
だがそれはあくまでコントローラーによる人形操作の練度が低いからという理由なだけであって、人形のスペックは一年間ただくだを巻いているだけの冒険者を遥かに凌ぐ。
要はリンのコントローラー操作がうまくなればもっと化ける、そういう話しだ。
「二人とも順調にレベル上げをしているみたいね」
「はい、リリエルももう少しでお二人のレベルに近づけますよ」
小型化したコントローラーと映像端末を一緒にした……もはやまんま携帯ゲーム機の様な形状のそれでリンと同様に自分の人形でダンジョン探索をしながらリリエルが答える。
「リリエルはちょっとプレイが雑すぎるよ、幾らあたしより上手いからっていっつも突撃じゃん」
「いいじゃないですかこっちは死なないしリリエル自体はこうして家にいるんですから」
リンの愚痴にリリエルが何でも無いように返す。
リリエルは以前の私のようなプレイを自分の人形にさせていた。
過去に逃げるしか無かった反動で、ノーリスクで好き放題出来ると実感してはっちゃけているのだろう。
一方でリンはそういったリリエルのプレイに過去の私を見、意志の無いゲームの操作キャラそのものな人形とはいえ難色を示している……といった所か。
とはいえリンも私と違って自分が操作する道具でしか無いと理解している。だから人形によるダンジョン攻略の時に茶化したり話の入りとしてちょっと触れる程度だ。
「あたしのプレイをちょっとは参考にしたらー?ほら、クロエみたいにけんじつ?そのものでしょ?」
自慢するように、あるいはほんのちょっと煽るようにして自分の操作画面をリリエルに見せる。
が、ちょうどそのタイミングで索敵を怠っていたのか一階層の遺跡群、その角から猿が奇襲してくる。
リンが情けない悲鳴を短く上げ、ちょっと後ろからその二人のやり取りを見ていた私を含め二人して無言でリンを見つめる。
「堅実が……なんでしたっけ?」
「きっと堅実に行かないとこうやって奇襲を受けると言いたかったのよ」
「なるほど?」
二人して白けた茶番に興じていると、顔を真っ赤にしたリンが携帯ゲーム機を放り出して私の胸に突撃してくる。
言葉の体を成していない呻き声とともにぽかり、ぽかりと私を軽く叩いて抗議してくる。
軽い謝罪とともにリンの放った携帯ゲーム機を手に取り、創世樹街のダンジョンにて突っ立っているリンの人形を安全な場所まで移動させる。
「……クロエさんってこういうの昔からしてたんですか?」
「んー……?」
懐かしいわーこの感じ。
休日なんかはこうしてコントローラー握ってひたすらゲームしてたわねぇ。
「ですから、この……ゲーム機?とかコントローラーとか、リリエルよりも上手いですし……ひょっとしてこのコントローラーもクロエさんの故郷の技術や知識を元にしてたりするんですかって」
「あぁ、そういうこと?そうね、これらは皆私の故郷の娯楽よ。こうしてコントローラーで操作して冒険した気になる、物語の人物になったように錯覚する……そういうものよ」
あっ猿の魔物。
いつ見ても攻撃が単調よねぇ。はい避けて後隙にマグカップをどーん。
ううん、あたしの趣味じゃないわね重量武器は。
画面の中のリンの人形は非常に滑らかに駆動し、ただの一度の被弾も無く魔物を消し去っていく。
「なんだかクロエさんが操作する方が……」
「リリエルっ、駄目よ」
お口に指をもっていきそれ以上は駄目、とジェスチャーする。
私もそれは当然思っているが、改めて言われればリンがこれ以上に拗ねてしまう。
私の分の人形を作らなかったのもこれが理由ではあるのだ。
明らかに操作に慣れてるやつがいたらモチベーション下がるでしょ、ってやつだ。
こういうのは同じくらいのプレイヤースキル同士が切磋琢磨するから楽しいのであって、熟練者がいるのはあまり好ましくない。
「むぅ、もっとちゃんと慰めてーっ!」
「はいはい、これでいい?」
ぐずるリンを適当にあやしていたらそれが伝わったのか、あるいはリリエルと仲良くしているところに嫉妬したのか、リンからの構ってコールが鳴ってしまう。
人目にも魔物の目からもつきづらい一階層の遺跡群の遠い何処か、そこまで人形をもっていってからリンに本格的に構ってあげる。
「あんなに意地悪に二人して言わなくたっていいじゃんかぁ」
「それはごめんなさいね。でもタイミングといい直前の発言といいあまりにも綺麗なオチだっからつい……」
あれは見事なフラグ回収だと言わざるを得ない。
リリエルもそれに同意するように頷き、私の味方をする。
リンはそれが面白くなかったようで馬車の進路見てくるっ!と言って屋上の家庭菜園エリアに行ってしまった。
「あら……いじめすぎたかしら?」
「多分大丈夫ですよ。後でクロエさんが慰めてあげれば」
それは大丈夫って言わないのよリリエル?
ため息を一つついてリンのあとを追うべく一階から天井までを貫く螺旋階段を上がる。
屋上は現在リンだけの空間だ。
というのも植物魔法を利用した様々な種子を植え、管理を行っている家庭菜園場なのだ。
三人が不自由無く過ごせるように通常サイズの馬車から考えればかなり大型の馬車となるそれは、屋上でちょっとした畑のような物を作るには不自由しないサイズだ。
私の生産魔法やリンの植物魔法を組み合わせれば品種改良や成長促進等、自給自足を、それもかなりの満足行くクオリティのものを提供出来る。
背の高い植物を掻き分けリンを探す。
「見つけたわ、馬車の進路は大丈夫そう?」
「あ、やっと来てくれたっ!」
先程の拗ねていた態度が嘘のようにリンが私の手を引っ張って馬車の正面がよく見える位置まで歩く。
やがて手摺がついた縁まで来ると、リンは私の腕を抱くようにして隣に立つ。
「計画通り、だねっ!ああやって拗ねたフリすればクロエは必ず来てくれるもんっ!」
「まあ!私を嵌めたわね?」
計算高いうちの子にしてやられた。
リリエルに構いすぎていたかしら?それで無意識か意識的かは知らないけれどそれがこういう形で発露したのかしら。
「ふふん、クロエいっつも言ってるもんっ!だまされた方がってやつだよ!」
「む、確かにそうね。なら騙された私はこれからどうされちゃうのかしら?」
「それは当然、暫くリリエル抜きであたしといちゃいちゃするんだよ!」
そう言われてしまっては仕方ない。
その後リリエルに呼ばれるまで久々の二人きりで穏やかな日々を楽しむ事とした。
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