第43話 否認

 時刻は昼ではあったが、私はジャンの家を後にしリンと合流。

 リンは気晴らしに体を動かしたいとの事なのでいつもの早朝ではなくこの時間帯にダンジョンに入る。


「ねぇ・・・いつも思うけどどーしてギルドにいちいちダンジョンに行くって一言言ってからいくの?」


「え?まぁ帰って来なかった場合捜索も出すらしいし、万が一何か失敗して死にかけるかもしれないでしょ?保険は掛けて損はないはずよ」


「・・・あたし達二人いればぜっーたい大丈夫だと思うんだけどなー」


「あら、そんな考え方してると取り返しのつかないピンチになるかもよ?」


 大盾で自身の半身を隠し、もう半身を私が隣を歩くことでリンの姿を完全に隠したままギルドまで向かう。


 ギルドへと続く大通りは相も変わらず人で溢れかえり、様々な出店や雑貨屋などが身を寄せ合う様にして所狭しと並んでいる。


 魔導具屋、肉屋、地元の土産と思われる物を売る露店、路地裏へと続く狭い小道を挟んでまた店・・・。

 創世樹街はツリーハウス、空中通路もありそこにも露店の様な物が見られる。


 客引きの声は左右のみならず上からも聞こえる。

 空中通路行きと書かれた簡素な檻の様な物に人が乗り、檻に括り付けられたロープを空中通路の獣人が数人掛かりで引き上げるという形の人力エレベーターもちらほらと見え、いつもの光景ながら騒がしいな、と思ってしまう。


「うぅ・・・耳痛い・・・」


 リンが大盾を持っていない方の手で耳を覆うが、片耳しか覆えず苦々しげに唸る。


「ほらほら、もうちょっとでギルドなんだから。少しだけ我慢、出来る?」


 塞げていない方の耳にそっと手をやってリンを宥め、相も変わらず趣味がいいとは言えない冒険者ギルドの看板を横目に中に入る。


 私達・・・というよりリンがだが、人との関わりやそもそもとして自身の近くに私以外の存在を歓迎しない関係で早朝にしかギルドに来ない。

 それもあって昼頃のこの時間にギルドに来たことは無かったが、多少の人間がパラパラとギルドにはいた。


 そのどれもが私達と同じく冒険者の様に見え、装備は様々であった。

 ひどく背が低く、老けた様な外観の男は身の丈をも超える大袋を抱えていた。

 手入れのされていない不衛生な見た目の大男は恐らくは元々は農奴か農民か、ピッチフォークと呼ばれる農作物や干し草などをまとめて移動するのに適した食器のフォークを大きく、持ち手を長くした様なものを持っていた。


 他にも様々なものがいたが、いずれも満足な全身鎧や装備をしている者は少なかった。


 全身鎧、あるいは板金鎧と呼ばれる者はコストが高く、戦場を歩く雑多な兵士の多くはヘルメットとせいぜいが心臓のみを守れる金属片を縫い付けているのがいいところ、中世あたりの鎧のコストは記憶が確かならそうだったはず。

 それを思えば満足にフル装備の人間がいない事はそれほど不思議では無い。


 無いのだが・・・、それにしたって装備が危険なダンジョンに行くモノとは思えない。

 いやまぁ、私は生産魔法などというインチキがあるので装備など作り放題なのだが・・・、それから目を逸らしても尚、だ。


 この分なら私達の敵となる、あるいはなったとしても脅威となりうる存在は少ないと見てもいいだろうか?


 そうやってギルド内を軽く観察する中で、知った顔を見てしまった。


「あれ?ねぇ、クロエ。あれジャンじゃない?」


「うん?・・・本当ね、どうしたのかしらね。大変そうな表情で。気になるなら近くで盗み聞きしましょうか?」


 話したくはないけど、それはそれとして少し気になる。というリンの言葉を受けて私達は少しだけ彼に近づく。

 顔色は悪く、焦っているのか何かは知らないが私達に気付く余裕も無さそうだった。


「おい・・・なんだよ、それ」


 今にもギルドの鑑定、売買担当の受付の人間に掴みかかる勢いでジャンが低い声で再度何かを問うている。


「で、ですから・・・、前回ジャン様が持ってこられた魔導具の鑑定結果が誤っておりまし――「んなこと聞きてぇんじゃあねぇんだよっ!」ひぅっ!?ご、ごめんなさ・・・」


 ジャンは恐らくは魔導具の鑑定結果が書かれているであろう紙を受付テーブルに叩きつけて吠える。


「ここに書いてある事は・・・本当なのか?」


「は、はい・・・。ジャン様が発見されました魔導具は自身の体の複製及び意識の遷移、ではありません。です」


「まだるっこしい言い方じゃ分からねぇっ!つまりなんだ?―――それで産まれたモンは偽物って事か?」


 受付の人間はジャンの鬼気迫る雰囲気に気圧されたのか、ごくりと唾を一つ飲んだ後に言葉を返した。


「はい・・・、記憶も、感情も、肉体ですら、何もかもその場で作られた複製品です・・・」


 その言葉を最後までジャンは聞いていたのだろうか?

 まるで意識と理性のある生物が発していいはずの無い唸り声とも叫び声とも取れる声をジャンは発し、頭を抱えたままダンジョンに消えていってしまった。


 周囲にいた冒険者は私達を含め何も言えず、ただ目の前で起きた出来事に唖然とした。

 そして一体なんだったんだ?あいつ、という誰かが発した言葉を皮切りにポツポツと冒険者同士が少数のグループを形成しジャンの発狂とも取れる言動に対して憶測と妄想の混ざった考察をし始める。


「・・・?何かしら、あれ」


「さぁ?気になるの、クロエ」


「少しね、いえまあ受付との会話からして経緯は分かるのだけれど。どうしてダンジョンに向かっているのかが分からないのよ」


 彼は新しい肉体に移った、と言っていたが・・・。なんてことは無い。

 そうではなくただ記憶も性格も何もかもその場で台本を無くした劇作家が即興で作ったそれみたいに作られただけなのだ。


 つまるところは本人ではなく、別人だ。


 本物は恐らくとっくの昔に死んでいる。


「二階層は沼地だし、あれね。スマンプマンの伝承を思い出したわ。今回はスマンプマン本人が自身の出生を自覚しているパターン」


「スワンプマン?クロエの故郷のおはなし?」


「ええ、なんだったかしら、ええと・・・」


 とりあえずここにずっといてもリンが落ち着かないだろう。

 ギルドの総合案内受付でダンジョンへ行くことを簡単に伝えてからダンジョンに向かう。

 その道すがら思い出しながらリンにスワンプマンの伝承を教える。


「沼地でとある男が雷に打たれて死んだ。けれどその雷と沼地が特殊な・・・、そうねこっちで言うと魔法的な反応?をしてしまってね?」


 二階層の沼地へと続く道を歩く、途中段差にちょっと躓きそうなリンに手を貸しながら先を行く。

 

「今回のジャンみたいに、記憶も体も全てが同じのそっくりさんが出来上がってしまうの。そしてそのそっくりさん、自分が復活した〜だなんて思ってそのまま元の生活に戻ってしまうの。それで、雷に打たれた方はそのまま沼に沈んでしまうの」


「ふんふん、全く同じなんだね?」


「そう、そこで問題なのよ。このそっくりさん・・・沼から産まれたからスワンプマンと呼ぶのだけれど、雷に打たれた男と同一人物と言えるの?っていうちょっとした小話よ」


 これは確か哲学だったか、思考実験と呼ばれるモノだったか。

 自身のアイデンティティをどこに置くか。


 記憶か、肉体か、あるいは意識か。

 私が死んで私とそっくりの誰かが私を引き継いだ場合、それは果たして私、クロエなのか?


 別人と呼ぶにはあまりにも記憶や肉体が同じにすぎる。

 

「んー、でも別人なんだよね?じゃあ違うんじゃない?」


「ふむ、じゃあそれが自分の友人なら?この場合、私。私が雷に打たれて、私そっくりの別人が生まれてしまって、いつもと変わらずにリンに笑いかけて、頬を撫でていつも通りに貴女を愛する・・・。これは別人?」


「え?え・・・えっと、それは」


「偽物だ。って言いたいのに見れば見るほど同じで、偽物だって言われた私は悲しそうに貴女を見つめる・・・。否定したいのに否定出来る部分が外見からは一切無い」


 分かんない、分かんないよぉ、と泣きそうな顔で私を見つめるリンを慌てて慰めながら、私はジャン・・・スワンプマンが自身の正体に気付いた時にどう反応するのかが気になって後を追うべきか考える。

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