第44話 不信
「嘘だっ、そんなはずある訳ねぇ。ははっ、そうさ。俺ぁが獣人だからってあのクソ受付野郎、ぶっ殺してやる・・・そうさ、もしあれが本当ならホンモノの俺が・・・あそこに・・・」
「・・・さっきから後を付けているけれどずっとこの調子ね。いい加減飽きてきたわ」
私達はジャンの後をそこそこの距離離れて尾行しているがジャンの口から出る言葉はループ気味だ。
事実を認めず、目を逸らし、理不尽な現実と情報から他者に責任を押し付け怒り、忘れようとしている。
彼の発言の中には『あの時に聞いた、話がちげぇ、この魔導具は・・・ってのは瀕死の時に見た幻覚じゃねぇのか?』という言葉からして思い当たる節は合ったんだろう。
土壇場で使ったはいいが、発動した効果は期待したモノとは違い自分のそっくりさんが笑いながら『成功した!逃げれたぞ!ざまぁみろ蟹野郎!』と宣言しながら流されていき、自分は未だその蟹野郎の足元で無様に這いつくばったまま・・・、話が違う・・・こんなはずじゃあ、と嘆きながら・・・。
まぁ、こんな所だろう、恐らく。
私は彼では無いので分からんが、多分自分が魔導具を発動した現場に行って本物などおらず自分こそが本物だと証明したいのだろう。
「別にあたしはクロエ以外と話さないんならなんでもいいけどさー、クロエはなんでアイツの後おってるのー?」
「ん、なんか面白くないかしら?自分が偽物だと知った時偽物はどうやって心の安定を図るのか、自分を何と定義するのか、それにあんなの滅多に見れない存在よ?」
自身のトラウマの深刻さの自覚とそれに向き合う必要が無いと判断した故だろうかリンはあっけからんとジャンをアイツと言ってのけ、興味なさげに私の後を付いてくる。
二階層の沼地は本日は空の機嫌が悪いらしく、あいにくの大雨であった。
この大雨のせいだろうか、あれほど鬱陶しくあたりを飛び回っていた寄生トンボはその姿を大きく減少させ、片手で数えられる程だ。
リンは大盾と私が作った編笠でこの大雨から顔は守れているが、それでも体力の消耗には気を付けなければいけないだろう。
もう片方の大盾を持っていない手で松明を構え、時々ふらふらと寄ってくるトンボにふぎゃー、と気の抜けた掛け声と共に松明を降っている。
松明はこの大雨では約に立ちそうにないと思ったが、私が付与で松明を作っていたのが良かったのか雨の中でも問題無く松明に火が付いて燃えてくれた。
これが付与によって作られたからなのか分からないが、もしこれがなかったらと思うとゾッとする。
もし普通の松明であったなら、雨天時はこの二階層を通り抜けるのは難しいだろう。
寄生トンボは肥大した腹部を避けて攻撃しない限りその中身をぶち撒けてしまう。
あの速度と不規則な動きで接近してくる寄生トンボ相手に正確に頭部を攻撃出来れば松明が無くともこの階層は安全なのだろうが、あいにくとそんな技量は持ち合わせていない。
それか・・・
「あぁっ!!お前らの羽音が邪魔で考えがまとまんねぇっ!!ちくしょっぉ!」
「うっわぁ・・・、身のこなしだけでトンボ避けてるよ・・・。クロエぇ、アイツ以外と強い?」
圧倒的な回避センスと直感じみた敵の位置を察知する術があれば別なのだろう。
「獣人なら耳がいいはずだから閃光手榴弾で怯むはずよ。人に使うよりもより聞こえて、より見えてしまうだろうからね」
リンの不安にそう答えてから私は一階層以降埃を被っている腰の石を撫でる。
付与をつけたこの石は地球であった製品のように激しい音と光を一瞬放つ。
五感のうち二つを一気に奪える。加えてジャンにはこの閃光手榴弾を見せていない。
初見殺しは成功すると見てもいいだろう。
「・・・ふぅ、結構来たわね。上流で蟹に会って、とか言っていたわよね?あの男・・・。あっ、そこ地面じゃなくて結構水深深い池だから気を付けて、リン」
「わわっ、びっくりっ!ほんと足がつく場所とそうじゃない場所の見分けが・・・。あの花もない場合もあるし」
そうして私達が沼地と大雨でえっちらおっちらと歩くこと数十分、尾行対象であるジャンが足を止めた。
そこは私達がジャンと・・・、正確に表現するならばあの時点ですでに偽物か。とにかくそれと出会ったあの川とは違っていた。
川幅はそこまで広いという訳では無いが、底が深そうで乱雑かつ無数に川から顔を出すようにして突き出た岩が邪魔で戦闘に不向きだと感じる。
周囲の視界も元々そこまで良い方では無い二階層の中でも特に悪く見え、奇襲や急な接近に気付くのは普段より遅れるだろう。
そしてその川の中ほどに体の中心を啄まれ、中身の入っていない箱のようにただ暗闇が広がるばかりの死体があった。
それは防具は最低限の物で、急所を守れれば多少の傷は無視、という意図が見えるもので太ももの内側、脇の下、等に重点的に金属製の防御策が施されていた。
その顔は驚愕と深い悲しみを湛えたまま息絶えて、四肢を自由な方向にそれぞれ放り出し、それがもはや意識を持っていないただの肉の塊でしか無い事を強調しているようだった。
・・・そしてその死体とそっくりの顔をした男が死体の側に立っている。
震える手で死体の男をまさぐったジャンは、目当てのものを取り出した。
尾行している関係上、遠くからしか分からないがそれは恐らくは彼の、彼にとってだけ意味があり、そしてとても大切な物なのだろう。
擦り切れて汚れてしまったハンカチだと思われる物を見たジャンは震える手で自分の体、ちょうど死体を漁った位置と同じ位置を探り、やがて全く同じハンカチを取り出した。
「ねぇ、リン。あのハンカチ貴女のいい目なら詳しく見える?」
「んー?んー・・・。『この世で最も大切な大馬鹿野郎へ』って書いてあるね。どっちも」
「へぇ、ジャンの奥さんからの贈り物かしらね?彼が拾った魔導具は持ち物も含めて本当に全てを複製したみたいね?」
これであの胴体が啄まれて空っぽになった死体が本物の彼だと確定してしまったが・・・、さぁどうなる?
ジャンはゆっくりと膝を付き、天に向かって吠えた。
「巫山戯んなっ!くそがっ!!
じゃあ俺のあいつを思う気持ちもっ!
キリアを愛するこの気持ちもっ!!」
「全部っっ!!ぜんぶっ!あの時にその場で作られた偽物だってのかよっ!!!!」
「あいつが初めて俺に笑いかけてくれたあの記憶は!?このハンカチをちょっと恥かしげに渡してくれたあれはっ!?全部複製品っ!!本物のこのクソったれの死体から作った即興モノだってんのかよっ!クソが!!」
あらら、ありゃそのまま壊れるかもね。
というよりそうか、自分が偽物である事よりも愛する人を愛する気持ちが信じられない方が辛いのか。
なるほど。
ジャンは死体を意味も無く揺さぶったり言葉の体を成していない鳴き声を出したりしてあの場から動かなくなってしまった。
「ねぇクロエ〜、もう帰ろ〜。そろそろ体中びしょびしょで気分悪いぃ〜」
「ふぅ、しょうがないわね。じゃあ帰りましょうか。ギルドの鑑定結果を鵜呑みにするのも危険ね、後は扱い次第で良い方にも悪い方にも転ぶ事がわかって良かったわ」
ゲームで言えば中々の鬱イベントかなと内心思いながらなんとなく適当にジャンの後を追っていたがこれ以上は面白くならないだろう。
リンの言う通りもう帰ろう。
確か創世樹街の路地裏に敗残兵が大量に余っていたわよね?
あれらに新しく出た魔導具を試してもらいましょうかしらね。
ギルドの鑑定が間違っていて、あの男のように取り返しのつかない事になるのは笑えないもの。
私達はそのまま彼を置いて二階層をあとにするべく、足を踏み出し・・・足元の木の枝をリンが踏み抜いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます