第45話 精神不安定な偽物

 そんなべったべたな展開あるか?

 思わずリンを咎めるような表情で見てしまったのは悪くないと思う。


 リンがぎこちなくゆっくりと私の目を見つめ、


「・・・やっばぁ」


 と言ったのと狂った偽物がこちらを向くのはほぼ同時だった。


「・・・な、なんでおめぇらがいんだ・・・。い、いや、偶然にしちゃできすぎてる」


 本物のジャンの死体から手を離し、重力に従って死体が地面に落ちる速度と遜色の無い速度で偽物が私の頭部にまっすぐ手刀を伸ばす。


 レベルが上がった影響か、あるいは人形故の破損を気にしないでいられるお陰か私はそれに対してさして驚く事も無く体を捻り右目を貫かれるだけで済んだ。


 感覚として近いのはテレビゲーム。どれだけ速く、どれだけ怖い攻撃であろうとそれは所詮ゲームの話。

 人形の私にとって攻撃とはどこまで行ってもその域を出ない。


 右肩から生える三本の内、その一本で手刀を繰り出してきた腕を掴む。


「お、おめぇらが俺をこんなふうにしやがったんだなっ!?そうだ、そうに違いねぇっ!そうさ、こいつらを殺せば俺は生き返れるんだ・・・俺は、俺は・・・」


「何言ってるのよ、生き返るもなにも貴方は生きてるじゃない」


 死んでるならまだしも生きてるのに生き返れるとのたまう偽物が可笑しくって吹き出しながらお返事を返す。


「うるせぇっ!お前らのせいだっ、そうなんだろ?お前のせいだ。じゃなきゃ、俺がこんなふうになるはずがねぇっ!お前の命を奪ってそんで俺は生き返るんだっ!」


「話にならないわね、ねぇリン?」


 横合いからリンがその大盾を構え、全力でジャンにぶつかる。


 以外に軽い音を立て大盾の全面に生え揃えた棘が突き刺さった後、突撃の勢いでそれが抜けジャンが私の歩幅で数えると四歩ほど飛ぶ。


 ・・・成人男性がそこそこの距離吹っ飛ぶてリンも成長したわねー。


「このっ!あたしのクロエに傷をっ!下郎がっ!痴れ者っ!穢れモノめっ!」


 私の前に立ち、泣きそうになりながら怒りで顔を赤くさせ威嚇する。

 この口の汚さだけは治させ・・・いやこの場合私から移った悪い癖なので一緒に矯正、が正しい表現か。


 それと・・・この偽物についてだが。

 まぁ分かりやすく狂ってる、あるいは精神的に不安定。

 そんな所だろう、誰かに責任や原因を押し付けてそいつを破壊すれば事態が好転する・・・、と思いたいのだ。


 問題はジャンをどうするか、だが。


「リン、殺しては駄目よ。無力化するの」


「はぁっ!?なんで!?クロエっ!」


 がんがんと地面に大盾を何度も叩き付けて異世界版の駄々っ子をするリンに丁寧に説明していく。

 土が抉れて私にも掛かるからやめてちょうだいなソレ。


「いい?人間種っていうのは面倒なのよ。一人殺せば虫けらみたいにワラワラと復讐だとか義憤だとかのそれっぽい理由でいくらでも湧いてくるの」


 腰につけたままの閃光手榴弾としての機能が付与された石を右腕の一本で掴む。


「だからいくら殺したくても殺しては駄目よ。こいつ一匹殺してその後何百匹の人間に追われるの、嫌でしょう?」


「うっ・・・、でもっ!あいつクロエの右目を潰したんだよ!」


 ふむ、いくらかガス抜きしてあげないとこれではリンが可哀想か、それなら。


「殺さなければいくらでも苦しめていいわよ」


「っ!そっかぁ!殺したらそれでおしまいだもんねっ!分かった!・・・カクゴしろよケダモノ野郎」


 ジャンに向き直り煽りながら大盾をがんがんと殴って音を出し、幼いながらに人間よりも鋭く長い犬歯を剥いて威嚇する。


 ジャンはリンの大盾による突撃の衝撃からようやく戻ってきた所で、ふらふらと立ち上がりながら一向に左右で揃わないままの瞳孔がこちらを中途半端に見る。


 リンの大盾が刺さった箇所からは泥か、あるいは排水溝の汚れかと見間違う程の汚い液体が流れ、偽物のジャンの体を這いまわりながら地面へと続いている。

 血液の代わりにあれが流れているのだろうか?


「俺が誰で、俺は何だ?なんだ・・・なんなんだ・・・」


「・・・。もはやまともな言葉は聞けないわね。その体から流れる血と一緒でお前は偽物のバケモノと言う訳だ」


「っ!うるせぇっ!俺を偽物と呼ぶなぁっ!」


 軽く挑発してやれば面白い様に釣れたジャンはなんの捻りも無くまっすぐ私に向かってくる。


 その速度は速いが、直線に過ぎる。

 

「リンっ!」


 リンは私が何か言うまでも無くどうすればいいか分かっているらしく、大盾に取り付けた機能を久々に発動した。


 発光機能がついた石が前面に取り付けられた大盾はいつも通り一瞬だけそこに小型の太陽が現れたかと錯覚するほどの光量で大盾の前方を照らし出した。


 狂った頭では回避もロクに出来なかったのだろう、腰を低く屈め、こちらに突進していた偽物は突進の勢いのまま姿勢を崩し無様に転んだ。


 ちょうど私の足元あたりに転んできたので、未だ目を押さえたまま眩しい、眩しいと呻く彼に付与石を軽く放って、


「リン、石投げるから気を付けてねっ!」


 とだけ警告する。

 リンが耳を塞ぎ大きく口を開けて目を瞑った数秒後、つんざく音が響き偽物は五感のうち二つを奪われた。


 ジャンの偽物は耳と目を交互に押さえてはごろごろと転がり暴れまわってる。


 そこにリンが大盾を大きく振りかぶり、そして。


 振り下ろした。


 大盾の下部に配置した杭は目標を違わずに穿ち、偽物の両足を使い物にならなくし、あたりには悲鳴が響いた。


 粘着質な音と共に杭が引き抜かれ、リンが満足そうに息を吐き出す。


「はっ!バケモノにお似合いのカッコになったねぇっ!」


「・・・リン、念の為右腕もお願い」


 未だ五月蝿い足元の偽物に付与した松明を押し当てる。

 傷口の応急処置として焼いて止血するというのを映画か何かで見たがこれでいいのだろうか?

 ・・・あぁ、上手く行ったみたいだ。


「ねぇークロエぇ。これでいーのー?」


 そうして処理と私の目の破損の修復を終え、リンからの確認の声と共に偽物を改めて見る。


 左腕以外を暴れられない為に破壊して止血処理をした達磨のような何かがそこにはいた。


 偽物は途中からぐったりとして動かなくなってしまった。

 暴れる事が出来なくなって自身の状況を嫌でも自覚したのだろう。

 ぼそぼそと小さい声でどうして、だの俺が何したっていうんだ・・・、だとか聞こえている。


「俺はどうしたらいいんだ・・・あいつを想う気持ちすら偽物の俺は・・・どこに帰れば・・・」


 独りぼっちだ・・・、とか延々と繰り返す様になってしまった偽物を横目にしながらリンに怪我が無いか確認を取る。


「怪我はない?大丈夫?」


「うんっ!」


「ごめんなさいね、無茶な要求をしてしまって。殺したかったでしょうに」


 リンには労いの言葉が必要だろう。人が嫌いで、私が大好きで。

 その大好きな人が傷付けられてそれに怒ってるのに我慢して殺さずに無力化しないといけなかったのだから。


 そしてなにより、


「それとね、私の為に怒ってくれてありがとうね?とっても嬉しかったわ」


 私の為に動いてくれたのに、それに対する感謝が無いのは駄目だ。

 やはり人間無意識でもなんでも対価を要求する物なのだ。それは別段卑しいだとかそういう訳ではなく当然の心理状態というだけの事。


 故に私はリンに助けてくれてありがとうとしっかりと言葉にして伝える。


「うんっ!とーぜん、クロエの為だもんっ!」


 リンは笑顔で親指をぐっと立てて私にアピールする。

 

「っとと、そうだ。忘れてかけてたけどこれどーするのー?」


 リンがコレと呼んだ今や半分鬱の様な状態になった偽物を指す。


「とりあえず冒険者ギルドまで運びましょうか」

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