第46話 誤れば良い魔導具も危険

「えー・・・もうほっとこーよー。こんなのあたし達がいてもいなくってもその内しぬよー」


「確かにそうね。でもね?」


 結局閃光手榴弾だけで制圧出来てしまった為使わなかった滑車弓を念の為軽く点検しながら言葉を続ける。


 リンの発言は親からの教育と愛情がなかった故の善悪の判断基準を持っていない事に起因すると推測している。

 要は教育を受けてないから何が駄目で何がいいか分かっていない。というだけの事だ。


 だから放っといても死ぬし見捨てよー、というのを悪びれも無く言ってしまえるのだ。

 これはリンが悪い訳では無い。私達が普段普通だの秩序だのと呼び親しんでいるものは親から教わるものだ。


 教えて貰ってないものを持てというつもりは無い。

 むしろこれは私がこれから彼女に教えて行かなければいけない案件だ。


「ほら、ここの獣人達ってなんだかお互いを大事にしてそうじゃない?一人帰らなかっただけでも大騒ぎしちゃいそうだし・・・だから、ね?」


 頭ごなしに否定するのは教育では無く躾だとどこかで聞いた覚えがある。

 教育をしたいなら否定しない事だ。と。

 私はそれに倣ってそっと誘導するイメージでリンに話す。


 私は結局のところ人間であった前世を含めても齢は三十も越えていない若造にすぎない。

 その若造が一人で幼子の教育と扶養をするのだから正直不安でいっぱいで、ちゃんと幸せにしてやれるかが常日頃から私の頭を占めている。


「むぅ・・・」


「リンだって、私がどこかで独りで死にかけていたら嫌でしょう?コレにも家族がいるのよ。知ってるでしょう?」


 リンの場合は過去が過去だから、あまり一般論を押し付けるのは一度だけにして、リンの意に沿うようにしてやるべきか・・・。

 だがあまり甘やかすのもわがままに育つだろうか?


「創世樹街のギルドに送り届けるだけよ?駄目、かしら?」


「〜っ!・・・分かった」


 リンは納得いかないと言わんばかりの顔で絞り出すようにして言って先頭をずんずんと歩く。


 ・・・まぁ子供は理屈じゃなくて感情よねぇ。


 私はさしてリンの態度には気にせず周囲の適当な木を切り取って生産魔法で荷台にし、未だ狂ったままで纏まりの無い発言ばかりの偽物のジャンを乗せ雑に引っ張ってリンの後に続く。


 本物の死体が一瞬視界に入る。それは特段何も変わったところは無いどこにでもある普通の死体だ。

 思えば私達があの川でジャンの偽物を発見した時には既にここで本物は事切れでいたのか。


 ジャンが拾ったという魔導具も平時にしっかりと調べた上で使えば労働力の増加や使い途は色々とあったろうに・・・、もし複製に制限が無いのであれば幾らでも有効活用出来たのだ。


 魔導具そのものもそうだが、それを使う人間によって幾らでも悪く転がるという事を頭に入れておくべきなのだろう。


 暫くはそうして雑に運搬される偽物とそれを引っ張る私、先頭を歩くリンの構図だったがやがてリンがすすすっと私の近くにさり気なく寄ってきた。


 時折ちらちらとこちらを見てはうにゅう、と呻いている。


 やがて意を決した様にリンはこちらに話しかける。


「あ、あのねっ!クロエ」


「ん?どうしたの?」


「その・・・、さっきはごめんね。クロエとの時間が減るのが嫌で、あんな事言っちゃって・・・」


 さっき、とは恐らく私がジャンの偽物をギルドまで送り届けようと提案した事だろう。

 リンは素直で良い子だ。悪い事しちゃったと思い、こうして反省出来るのだから。


「気にしていないわ。リン以外を気にしている所を見て嫉妬したのでしょ?」


「うぅ、バレてる・・・」


 別段そんな事は無いのだが、リンからしたら自分以外の事を、特に自分以外の生き物の事を気にするのはリンにとっては嫌なのだろう。


 リンは私が以前に言った自分で思考出来る人が好き、という部分を覚えていて、それ故に思考停止の依存状態では無いのだろう。

 だが、依存事態はしていると思う。


 クロエさえ、私さえいれば後はいらない。クロエもきっとそう思ってくれている。

 じゃあなんで今ジャンの偽物に思考を割いている?


 大体こんな感じだろうか?


「ちゃんと反省出来て偉いわね。さすがあたしのリンね」


 しっかりとその後冷静に自分を客観視し、冷静になれるのはこの歳相応では無く凄い事だ。

 あるいは、そうならざるを得ない環境にいた事の証左だろうか。


 いや、後ろ向きに考えるのはよそう。そんな事を考えるよりはリンのその冷静で賢いところを褒めてあげるべきだ。


「んぅ、クロエが撫でてくれたぁ・・・もっとぉ」


「はいはい、もうちょっとしてあげるわ」


 本当に、私には勿体無いくらいに良い子だ。

 私がリンの保護者の様なものを出来ているのもリンが良い子だからという部分が大きい。


 私の手に頭を自ら寄せて目を閉じるリンを見つめながら二階層を後にした。




 冒険者ギルドに私達が着いたのは、時計が無いので正確には不明だが恐らく二時間かそこらぐらいだろう。

 陽の光は姿を隠し始め、人々は疎らになり始めていた。


 階層移動の場所を覚えていて、最短で向かえば案外と速いのだ。


 売買と書かれた受付では一人の人間が魔導具らしきものを持って受付嬢と話していた。

 会話の内容はどうやら冒険者の怪我を心配してなにやら話しているようで、無理はするな、無事に帰ってこいとしきりに受付嬢が言っているのが聞こえる。


「・・・」


 リンは何も言わずに私を見つめ、どうするの、と大盾に自らの姿を隠しながら無言で訴えていた。

 

 それに対して私はというと、特に何か考えている訳では無い。

 ここにぽいっとゴミを不法投棄するみたいに置いておくだけだ。


 友人でも無い相手というのもあるが、なにより私がこれ以上する義理が無いという部分が大きい。

 命の価値が小麦の束より安い中世あたりの異世界でここまでするのはむしろ優しいと評されるのではとすら思っている。


 私がそうしてジャンの偽物をギルドの隅に適当に転がせばギルドの誰もそれを気にした風も無く、いつも通りにギルドは平常運転だった。


「ねぇ、さっき暴れてた頭のおかしい獣人、ここに置いとくから後は頼むわね」


 それだけ総合受付の人間に向かって言ってからギルドを完全に立ち去る。

 予想はしていたが獣人の価値は低いのだな、さして気にした風すら無いとは。


「さ、帰りましょ」


「うんっ!あー・・・もうここ最近慣れない事して疲れちゃった。クロエぇ、何か美味しいもの作れなーい?」


「うーん、じゃあ帰りに大通りで果物とか売っていたら買いましょうか。いくつか生産した武器を売って余裕はあるし」


 二人揃ってギルドを後にし、創世樹街の入り口からギルドまで真っ直ぐ続く大通りでの買い物に向かう。


 途中、何かを探しているのか慌てた鈍く錆びた様な色合いの銀髪をした獣人とぶつかりそうになり慌てて避けたりなどして、リンとの会話に集中する。


「何だったのかしら、あの銀髪の獣人・・・。・・・え?なぁに、リン?」


「もー、話ちゃんと聞いてよー。だからねー、いつ武器の生産なんてしてたのって聞いてるのー」


「あぁ、それはリンが寝た後に廃材とか廃棄品をね、生産魔法で素材ごとに分けてからまた生産魔法で作ったのよ。出来がいいらしくってそこそこの値段で売れるのよ」


 大通り、その入り口近くに目当ての物を売る露天があったので物色をしながら会話を続ける。


 ふむ、なにこれ?苺・・・かしら?


 手に取った赤色の果物、のような物を観察しながら何かでデザートでも作れないかと思案する。


「寝てる間にこっそり抜け出したのー?」


「ち、近くには常にいたわよ?それに生産魔法で作れば鍛冶屋顔負けの物を簡単に作れるのよ。廃材さえあればいいから元手もゼロだし」


「寝てるときも一緒がいいんだけどあたしぃー」


「むぅ、わかったわよ。じゃあ生産魔法は休日作って日中に作ることにするわ」


「そーするべきだよ。あ、これなんか美味しそうじゃないクロエ」


「ん、どれ?」


 その後買った果物を生産魔法でレベル10のMPが許す限りデザートを作ってリンを労ってやった。


 今回の一連の出来事はリンの精神状態の快復には繋がらなかったが、現状把握と今後のリンの方針を決めるための情報にはなったと思いたい。


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