第42話 教育方針の違い

「・・・はぁ、人付き合いっていうのは何時の時代も面倒ね」


 創世樹街の大通りからかなり外れた場所、獣人達が身を寄せ合う様にして住む場所、より正確に言うならばジャン一家の家の前に私は一人で、いた。


 このまま完全に無視してしまっても良かったのだが恐らくジャンという男はこちらが無視を決め込めばいずれ自分から私達を探そうと動く、かもしれない。


 そのためとりあえず説明と今後はリンの為にも関わらないと言わなければと思い私はここに立っている。

 なお、リンとは話し合った結果着いて来なかった。まあ予想はしていたし精神的に負担が大きいだろうから来なくて正解だと私も思う。


 私が立っているここは曲がりくねり複雑に入り組んだ路地があり、私からは見えないがそこかしこから子ども達の笑い声が聞こえる。

 子どもの幸福はそれ即ちその街の治安や福祉の充実、加えて言うなら働き手が充分いる事の証左だ。


 働き手が足りなければ子ども達は遊ぶ事を知らず労働に身をやつす、それが無くこうして日中に遊んでいられるのは働き手には困っていないという事だろう。


「・・・あ゛ぁ。やってらんないわ。けれど、やるしかないわよねぇ・・・」


 いくら思考を別の方向に逸らしても気分は晴れない。

 何が悲しくて別段親しくも無い人間・・・獣人の家に行ってわざわざ説明せにゃならんのだ。


 一回の咳払いの後、気合を入れ直した私はジャン家の玄関の扉を叩く。

 玄関扉の上部あたりに設置されているスライド式の覗き窓が開かれる。


「はい・・・、どなたで・・・。あぁ!クロエさん!もう来てくださらないかと、どうぞ今扉を開けますので」


 ジャンの奥さん、アールだったか。それが覗き窓から私を確認し、慌てた様に玄関扉の鍵を開ける音が聞こえる。


 ややあって扉が開かれ、アールが中に入るように促してくる。

 その視線はやや伏せられ、時折こちらを窺うように視線を合わせたかと思うとすぐにまた視線が外れる。


 一言だけ「・・・どうも」とだけ言ってから昨日ぶりの家の中に入る。


 時刻は昼を少し過ぎたあたりで、娘キリアも、ジャンの姿も見られなかった。


「アール、貴女一人なの?ジャンとキリア、でしたっけ、二人は?」


「夫はいつもこの時間はダンジョンの方ですよ、キリアはこの時間帯なら外で遊んでるはずです」


 アールはそこで一旦言葉を区切って、聞き辛そうに続きを喋る。


「・・・その、クロエさんこそ、お一人なので?リンさんは、どうされたので?」


「あぁ、あの子ならここには来たくない、という事でしたので留守番をしてもらってるわ」


 来たくない、という部分を強調してアールに聞かせながら私はどう続けたものかと考える。


 顛末をすべて話してしまってもいいものだろうか、リンは『そんな関係無い他人に私達の内情話さないで』と思うだろうか?

 コイツは昨日の件で私達に負い目を感じている、そこに付け込んでこちら主動で話しを進めればこちらの事情を話さずに済むかも知れない。


 なにより、今日この場を限りにもう関わらない存在に何もかも話す義理は無い。


 アールは私の発言にそれ以上は強く言えず、とりあえずという事で椅子を引いてこちらに座る様に促す。

 私はそれを無視し手短に要件だけを告げる。


「それで?昨日ジャンの奴から一度こちらに来るように言われたけれど?」


「・・・。まずは、謝罪を。クロエさんも勘付いているはいると思いますが私は貴女がリンさんの事を攫ったか無理矢理連れているものだとばかり思っていました。リンさんはしきりに怯えたり積極的に話そうとしない様子でしたから」


 普通ならあのくらいの年頃なら元気が有り余るものでしょう?そう続けて私に確認を取るようにこちらを見る。


「ええ、知っていたわ。それに関しては別段気にしてはいないわ。いくら夫が信用したからと言ってそれを鵜呑みにする様な事は不用心に過ぎるものね、それとあの子の様子に関しては・・・」


「ジャンから聞いていないかしら?あの子は私と出会う前はどこぞの村で奴隷以下の扱いを受けていたのよ」


 これはジャンの質問に対してリンが頷いて肯定していたのでここまでは言っても構わない。

 もし仮にアールが知らなかったとしてもジャン経由でいずれ知るだろう。


「・・・!そうでしたか、だからあんなにも・・・。っ、でしたら昨日の件の謝罪も兼ねてリンさんが普通に生きられる様に私達一家がきょうりょ――「必要ないわ」」


 被せる様にしてアールの発言を遮る。


 リンがキリアとの関わりであの反応を見せなければ、今後ともキリアとリンの交友は本人が望むなら止めないつもりではあったが、実際はそうはならなかった。

 であれば私がこの一家と関わる理由は無く、リンにも無い。


「何故ですか・・・、貴女はリンさんの保護者なのでしょう?」


「あの子自身がそれをもう望んではいないのよ」


 アールは私の発言に一瞬怯んだがすぐに私を見つめ、真剣に勝手に話し出す。


「例え・・・、例えそうだとしてもですよ、リンさんの将来を思うならば辛くとも向き合うべきだと思います」


「あんな年頃の子をか?泥水をスープ代わりに虫を食み飢えを凌ぎ、彼女から直接聞いた訳では無いが恐らく純血をすら弄ばれたであろう少女に、残酷さに向き合えとお前は強要するのか?」


 最後のは私の憶測と、つい最悪を想定してしまう後ろ向きな性格故のそれだが・・・。

 そこまで非人道的な扱いを受けて、処女は守れました!は有り得ないとは思う。


 玄関から私は未だ動かず、滑車弓をいつでも構えられる様に増設した計四本の腕を動かす。


「そも、お前はどの立場からモノを言っておる?無責任な、それであの子の心が壊れてしまったなら、どう責任を取る?あの子の親気取りか?私を差し置いて?」


 あの子の唯一の拠り所が私なのだ。向き合えと強要した結果心が壊れたり私を信じられなくなってしまったらそれこそあの子は本当に孤独になってしまう。


「いつまでもそうやって逃げる事はできない筈です。いずれ貴女が年を取って死んでしまった時――「人形は歳を取らないわ。劣化も、老衰も」」


「・・・っ!ですが、二人だけで生きるなんて健全では無いはずです。せめて同種族である私達獣人とだけでも普通に、幸せに生きれる様になれるはずです!」


 あぁ、もう。面倒臭い。

 一部は確かに分からんでもないが、もう少し歳を取って理性的に判断が出来る様になってからでもいいはずだ。

 あんな歳に無理矢理辛い事をさせるなど私は断じて認められん。

 性格などはモロに幼い頃の経験が反映される。すでに村での差別で歪みきってしまっているのだから今あの子に必要なのは我儘を言っても許されて愛される環境なのだ。


 もういいか、多分これ言えば絶句してくれるやろ。後は流れでゴリ押して帰るか。


「あの子はキリアと話していて殺意を覚えたそうだぞ」


 アールは尚も私の説得をしようとしていたのだろうか、口を中途半端に開けたまま固まってしまっていた。


「なぜ私があんな目にあったのか、なぜキリアは私と違って幸せそうにしているのか、殺してやりたい。そう言ったのだ」


 獣人というのは同種族同士の繋がりが強いのだろうか、きっと私達なら寄り添えると根拠無く信じていたのだろう。

 しきりに『そんな、はずは』とか訳のわからない事を言って止まってしまっていた。


 娘を持つ身として他所の子であろうと心配なのは分かるが、あの子は少なくともこの家庭では幸せになれないのだと思う。

 消えぬ嫉妬心と憎悪を募らせて、いずれ最悪のパターンが起こる、そんな気がする。


「・・・、もうここには来ないわ。貴女達と関わるのもこれで最後。貴女が子を心配し、想える素敵な母親だと言うのはわかってるわ。でも私達の事は放っておいて、少なくともあの子にはまだ時間が必要なの。私と二人きりの時間が」


 私はそのまま玄関扉を開けて外に出る。

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