第41話 本音と選択
馬車の隙間から僅かばかりに差し込む光が現在時刻を告げている。
「・・・お生憎の雨ね。出来れば綺麗なお日様を拝みたかったのだけれど」
雨音と地面に染み込んだ雨の香りに僅かに顔を歪める。
抱き合うようにして寝ていた為か私の腕の中に収まる様にしてリンが寝ている。
子ども特有の温かい体温を人形の体を通して感じる事が堪らなく愛おしく、リンを見つめる眼差しに熱が篭ってしまう。
・・・一日寝て気持ちをリセット出来たのか、少なくとも昨日よりは冷静に考える事ができる。
結局は保護者である私がすべき事はリンがどのような選択や未来を選ぼうとも、それを支え、彼女が笑顔でいれるように最大限サポートするだけなのだ。
私がどうしたらいいかと考えるのではなく、まず一番はリンがとうしたいか、それを聞く事だ。
自分より幸せな人間を見、なぜ私だけが過去にあれほどの経験をしなければいけなかったのかと苦悩し、人との関わりを断つのか。
それとも、過去の傷と向き合い人との付き合い方を模索するのか。
どうしたいかは、リン次第だ。
未だ夢の中で昨日の出来事を考えないで済んでいるリンの表情は幸せそうだ。
この両目が開かれてしまえばその賢い頭でまた昨日の事を考えてしまうのを思うともう少しだけこのまま寝ていて欲しいと願ってしまう。
リンはどうしたいのだろうか?
私がリンの立場なら、きっと逃げるだろう。目を逸らすだろう。
だって傍には自分の事を愛して大切にしてくれる唯一信じられる存在がいるのだ。
逃げても独りじゃない、辛い気持ちを吐き出せる相手がいる。
それに単純な話、辛い事に向き合うのは大変なんだ。
それが大きく重ければ重いほど。それこそ潰れてしまう程に。
リンの保護者をこれでも一応やってるのだ。それ以外の友人などの役割も兼任しているけれど。
となれば保護者としては辛く苦しい目にあって欲しくないと願うのはなんらおかしい話ではないだろう?
・・・私なら間違い無く逃げる。
逃げる事は恥でも間違いでも無いのだ、何も知らない愚かで素敵な一般人様方は『逃げてもいつか向き合わなきゃいけない』だとかの数十回に渡って反芻した後に結局食わずに地面に捨てられた食べ物と同等くらいの価値の無いご高説を唱えるのだろうが、私から言わせれば当事者でもねぇ奴がいきなり横合いから何様でしょうかって話だ。
リンを起こさない様にその疲れきってくすんだ様な色合いの灰色の髪を撫でる。
リンの水魔法のおかげで毎日欠かさず風呂に入ってる関係か、さらさらとしていてずっと撫でたくなる様な美しさがある。
「最初出会った時は手入れもされていなくてボロボロで膝下くらいまであった髪だったのにね。綺麗になったわ」
私としては起こさない様に気をつけていたつもりだったのだが、リンが小さく声を漏らしてその小さな目を開けて私の腕の中から見上げる。
「あら・・・、ごめんなさい、起こしちゃった?」
「ううん、雨の音で半分くらい起きてたから大丈夫だよ〜・・・」
寝起きでぽやぽやした口調で答えるリンの頬を一撫でしてベットから起きる。
「ふふっ、そろそろ朝ご飯しましょうか?それと・・・、その後少し話したい事があるからそのつもりでいてほしいわ」
「あ〜・・・、うん。そうだね。分かった」
寝起き早々に嫌な事を思い出させてしまっただろうか?
朝食を食べ終えてから切り出すべきだっただろうか。
リンはふらふらとした足取りで馬車を出ていく、顔を洗ってスッキリしたいのだろうと、一人馬車に残った私は今日の朝食の用意に掛かる。
・・・パンの原料、異世界での呼び名はピューロスだったはずだ。それがもう残り少なくなってきている。
種は確保してあるのであとは育てる場所が問題か。
馬車に農耕区画を増設すべきだろうか。土を素材変換掛ければ植物の生育に最適な栄養に富んだ土になるはずだ。
確かにコスパは悪いがそれは戦闘時や緊急時などにおけるコストと時間がという話であって暇な休日などにゆっくりとやる分には問題は無い。
馬車のどこに増設するかも課題だな、どうするべきだろうか。天井部分にでも作ろうか?
「んー・・・クロエぇ〜、お腹空いたー」
水で顔を洗ってきたのかしっかりと起きたリンが馬車に戻ってきてキッチン横のᒪ字ソファーに座りながらこぼす。
生物の体は単純な物でどのような状況でも腹は減るし眠くもなるのだ。
馬車の上部に設けた倉庫区画から残り少ないピューロスを取り出し、パンに変える。
「あぁ、まだあの亀の肉残っているわね。これも使いましょう」
「クロエの弓作った時に狩ったあの亀?」
「ええ、そうよ。倉庫の一部に冷却機能を付与したからちゃんと新鮮よ」
付与で冷蔵庫の様なものを作っていたのが良かったのか、以前狩った亀の様な魔物の肉が新鮮な状態でそこそこの量残っていた。
「はい、亀肉と街で売っていた野菜をパンに挟んでみたわ。リンは朝はあまり食べなかったわよね?」
「うん。この量で全然足りるよ。ありがとう、クロエ」
いただきます、と手を合わせてからリンは朝食をはむはむと食べだす。
食べながらコップに魔法で水を注ぐリンを眺めながら今日はどうしようかと思案する。
ダンジョンは今日はおやすみでいいかも知れないな。
あぁ、そういえばジャン一家の事はどうしたものか、私としてはもうこのまま無視を決め込んで自然消滅をでいいと思うのだが・・・。
「クロエ・・・」
「うん?量がやっぱり足りなかった?」
「あ、ううん。違うの、量も充分だし美味しいよ?そうじゃなくてね・・・」
粗方食べ終えて残りを一旦目の前のテーブルに置いてリンは少し沈黙する。
「・・・あのね?あの沼地で言った事ね・・・その。やっぱり無理かも、なの。だからね・・・」
推測にはなるがリン自身も自分のトラウマがここまで深刻で深くまで傷付いているとは思っていなかったのだろう。
だからこそあの時リンは動揺した、というのもあるのだと思う、まさか小さな子ども相手にそんな感情を抱いてしまうなんて、と。
そしてそんな自分が嫌だった、そんな所か。
リンがなるべく話しやすい様に隣に座ってあげて手を握ってあげる。
それからリンの青と緑のオッドアイをしっかりと見つめてあげる。
「クロエ以外との関わり、諦めちゃっても、いい・・・かな」
「・・・ええ、もちろんよ。リンがそう決めたのなら、私はリンが人と関わらなくても幸せになれる様にするわ」
私に打ち明けた事か、それとも私が諦めてもいいよ、と受け入れてくれた事が原因か、どちらかは分からないがリンは重荷を降ろせた様な幾分か表情が緩んだ。
「ごめんね?むりしちゃってたかも、あの時は自分の為にも練習しないと〜なんて言ってたんだけど、実は半分くらい、もっとかも?クロエに負担かけたくなくて言ってて・・・」
「へぇ?知らなかったわ」
「う、ごめん」
「私は言ったはずよー・・・、私の為だと頑張るなら無理する必要ないって」
そりゃほんのちょっとは『多分私の負担を減らしたいとか私に対人関係丸投げにしている負い目が』とかあるのだろうとは思ったけどはんぶん以上それ目的で気張っているだなんて・・・。
「気持ちは、もちろん嬉しいのよ?」
「う、うん」
私としては注意というか、軽くお話したいだけだがリンの場合本気に取りすぎる質がある様な気がする。
特にこの手の話はきっと私が思うより重く捉えがちなはず。
私としてはそれは望ましく無いのでわざと自身の細く長い人差し指でリンの頬をつんつんと突っつきながら話を続ける。
まあ要は軽く愚痴を言ってるくらいのニュアンスと雰囲気の話ですよ〜、と言外に伝えようとしているのだ。
「でもね、私達は二人で生きているのよ。二人で、独りじゃないの。助け合いなの。だから苦手な部分は片方に任せて、代わりに自分の得意な分野で助けてあげるべきだと思うのだけれど、リンはどう思う〜?」
えいえい、ドウオモッテンダー。と意識的にカタコトで尚もつんつんと巫山戯ながら聞く。
「うぅ〜、ごめんね、クロエ。実は結構ジャンだったっけ?あの男と話してる時からかなりギリギリだったの・・・」
私の事となるとこの子は無茶をしてしまうのだろうか。
いやまあほとんど依存みたいなモノだからそりゃ依存対象の為に、とかで無理するのは分からんでも無いが・・・。
「まったく・・・、独りだったらそりゃあ生きれ無いけれど二人いるんだから二人きりで死ぬまで生きればいいのよ。無理して誰かと関わろうと頑張る必要なんて無いのよ」
今回はリンの私以外の生き物への耐性を確認するいい機会だと割り切ろう。
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