第130話 作戦決行

 室内は狭く、玄関を恐らくは蹴破って入ってきたであろう亜人は全員入れない。


 故に私達の前にいる亜人の男は二人だ。いずれもその服装は白く、整えられ統一された宗教的な服装であった。

 その帽子は目元をしっかりと覆い隠し、その丈の長い上着は体のシルエットを曖昧にさせ、個人というものを否定している様に思えた。


 亜人の男は


「ロザリィ、貴様は教会のご意志に背き、あろうことかこの街から逃亡する計画を立てている疑いがある。申し開きがあるなら教会にて聞こう」


 と一息に捲し立て、御同行願う!と最後に締め括った。

 彼の持つ槍の穂先がロザリィに向く。


「あんた……何故だい?」


「……何故って、そりゃあそれっぽい建前でこちら側に取り入って情報筒抜け、とか嫌だからかしら」


 こうすればロザリィがどういう腹積もりであったとしても私達に協力せざるを得ない。

 同情や信用できそう、あるいは糞の先端に停まった蝿のように使えない直感で判断するのは危険だ。


 理性と道理、合理で判断するべきだし、そういう状況に持っていくべきだ。


「ほら、ロザリィ?こっちよ」


 言いながらいつも懐に忍ばせている石を投げる。


 石は私が付与した通り、まばゆい光とつんざく音とを発して亜人二人の、少なくとも聴覚は潰せた。

 平衡感覚を失い槍を杖代わりになんとか立ち上がろうとしては失敗する亜人どもを尻目に窓ガラスを叩き割る。


 生産魔法で鉄格子の形を変えて通れるようにする。

 根本から形をぐにゃり、と変えられた鉄格子は簡単に外れ私の手元にすっぽりと収まる。

 手元で止まることなく私の想像通りの形にならんと蠢き続ける元鉄格子から視線を外し、事前に警告も無かった為にもろに閃光手榴弾を食らったロザリィを誘導しながら街の通りへと移動させる。


「あんた……一体何をしたんだい?」


 若干視線のあっていない目でこちらを見ながら問いかけるロザリィ。


「ちょっとした玩具を投げただけよ」


「この後はどうするつもりだい?」

 

「私達の馬車でそのまま脱出よ。もちろん、強引にね」


 ここ数日の間……こうして私がロザリィのいる場所へと案内されるまでの短い期間で仕込みは済んだ。

 とりあえずはリン達のいるところに帰らないと。


 大通りから離れたこの狭い路地は、案内された時とは違い人の影というものが全く無かった。

 汗ばんだ服に陰気な影を張り付けた亜人の男も、路地の隅で座り込んで延々と訳のわからない事を呟き続けていたドワーフの男も、そして口さがない主婦連中も、皆が予めそうしろと言われていたように示し合わせていなくなっていた。


「リン、今どの辺?」


 懐のハエを通じてリンと会話する。


 ハエを通じてリンの声と……聞き慣れた射撃音が聞こえる。


「今はねー街のおっきい通りを爆走ちゅーだよ?リリエル、弾持ってきてー?」


 はい、と小さく返事の声がこちらにも聞こえる。


「じゃあ私達も大通りに出るから、そこで拾ってくれない?」


「いいよー……ちゃんと縛り付けてね?リリエルってばここから逃げれればもうなんでもいい、ってくらいにはストレス溜まってるから」


「ええ、約束するわ」


 人形の記憶を頼りに大通りに出るまでのルートを歩く。


 いくつもの枝分かれした通りから、あるいは家を挟んだ向こう側から複数の足音が聞こえる。

 教会の人間か、あるいは人攫いどもか。


「ちゃんと計画があるんだろうね?あんたの無茶のせいであたしゃあんたらだけが頼りなんだよ?」


「計画に貴女は含めてないのよねぇ。まぁ報酬はあるみたいだし誠実な態度だから助けはするけれど」


 悪意には悪意を、が私のモットーだ。


 であるならば誠実には当然誠実さで報いなければいけない。


「というよりだね、クロエ?あんた無茶苦茶しすぎだよ。お陰で振り回されっぱなしだよこっちは」


「え?あぁ、ごめんなさいね。でも貴女が死のうがどうなろうと今日無理矢理にでもこの街を出るつもりだったから……」


 リリエルが脱出経路を発見して、リンが人攫いの本拠地での作戦を盗聴してから三日……色々と仕込みや準備などしてきたが、そろそろいい頃合いだ。


 本当はもう少し準備をしたい、というのが本音だが……リリエルの事も考えて今日決行だと事前に二人には言ってあった。


「随分と……外と内を分けているんだね、あんた」


「当然よ?私は所詮ただの人形。伸ばせる手も、能力も凡人そのものよ。となれば誰彼かわまず助けるだなんて夢物語は目指さない方が賢いわ」


 もうすぐで大通りだ。ついでに言うなら発砲音も聞こえる。リン達は近い。


「身内と一旦決めたなら全力で助けるけれど、それ以外にはいっそ苛烈な方が楽でいいわ」


 私の様な頭の良くない人間……いえ人形にはこれくらいじゃないと上手く事が運ばないのよ。


「さ、無駄話はおしまいよ。大通りに出れば私の子達と合流だからね」


 大通りまであとちょっと……という所まで来た。


 この薄暗い街からもうすぐで脱出だと思えば自然と足が速くなるのは仕方ないのか、ロザリィが私を追い越して歩く。


 そんなにこの街から脱出出来るのが嬉しいのかしら?

 私達よりも街から逃げたがっていないかしら?


 でもまぁ、ロザリィの立場なら……どうなのかしらね?

 糞の様な街で閉じ込められてて、おまけに自身は敵対者の懐柔や尋問に有用そうな魔法を保有している……うーん、これは統治者や管理者にとっては是非欲しい人材ね。


 となると自由はかなり無いのかしら?それに毎日こんな街の為に魔法を使わされているっていうのも結構精神に来てたのかしら。

 まぁ、推測だし他人だからどうでもいいけれど。


 ロザリィを追い掛ける形で大通りに出る。


 大通りにはリン達がいた……いたが問題発生中のようだ。


「リンっ!リリエルっ!」


 大声で二人を呼べば馬車の御者台で機関銃を撃ち続けていた二人がこちらを見る。

 私を見て嬉しそうな顔を、そしてその隣にいるロザリィを見て……二人して隠しもせずに嫌そうな顔をする。


「クロエ!待ってたー!」


「お待たせ」


 言いながら停車中の馬車に私も乗る。


「今どんな状況?」


「えっとねー……偵察ハエによるとこの先で亜人達が集まって通せんぼしてるの、さすがに突っ込むのはまずいかもって思ってね?」


 機関銃をリロードする手は止めずに簡潔に状況を伝えてくれるリン。 


「そう、分かったわ。じゃあこっちで何か作りましょうか。……リリエル、もう少しでここから逃げれるから、頑張れそう?」


「はい、大丈夫です。ここさえ乗り切れば、いいんですもんね?」


 若干顔色が悪いリリエルが健気にそう告げる。


 敵の本拠地と言ってもいいものね。私は別に破損しようが何しようが痛くも無いし問題無い、リンは敵対者には暴力でもって対抗すればいいという心構え……対してリリエルはそうじゃないのが如実に表れているわ。


「それと……そこのクロエが連れてきた女の対処もしなきゃだよね」


 リンの視線がようやく、あるいは無視していたかったが触れなければいけなくて仕方なく触れたとでも言うようにロザリィを見る。


「あー……なんだい、その、短い間だけどよろしくねお嬢ちゃん達?」


 実に気まずい、非常に、すごく。そう言いたげな表情と共にロザリィがリン達に挨拶をする。


 一人はそれを鼻で笑い、もう一人が真夜中のトイレでゴキブリを発見したような表情して私の背中に隠れた。

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