第129話 脱出について

 改めてそう言ったロザリィは話を始める。


「まずはそうだね……名乗りはもういいね?何が聞きたい?」


「それじゃあ……どこまで繋がってる?そしてどこまで知っている?」


 あの人攫い部隊との関係、そして私達の情報が向こうにどう解釈されているかの二点が重要と考え質問を投げる。


「あたしとあの異常者共はそこまでの関係じゃないよ。あたしはただ本の管理をしているだけのババアさ」


「あの人攫いの責任者からはどう言われている訳?」


「治療薬に関する記録や本があれば貸すようにってさ……後は、そうだね……」


「あたしの魔法での懐柔、だね」


 そう言ったロザリィの表情は硬く、そして緊張が見て取れた。


 魔法による懐柔、とは言うが私自身に何も異常は無い……ように思える。

 それに、こうして隠さずに言うという事は彼女なりの誠実さの証明ととってもいいだろうか。


 故に私はロザリィのその発言に対して大きく反応をする事も無く、ただ続きを促す様にじっと見つめる。


 ゆっくりとロザリィが口を開き、言葉を選ぶように慎重に話し始める。


「安心しなお嬢ちゃん。あたしは魔法を使っていないし、どうやらアンタには効かないみたいだしね」


 言いながらロザリィは自身の人差し指を白く発光させる。


「断りなく魔法を使用するのは失礼に当たるんじゃないのかしら。それと……その魔法に関しても詳細に語ってもらうわね」


 軽い謝罪と共に語られたロザリィの持つ唯一の魔法、その詳細は感情や行動、自身に対する印象の緩和と言った精神に作用する魔法だと言う。


 敵対する者と対峙すれば、他人か知り合い程度にまでその関係性を向上させる。

 知り合い程度の者なら友人程に、あくまで軽くではあるが他者の精神に干渉するその魔法故に、この街でいいように使われている、らしい。


「あくまでちょっと穏やかに話し合いが出来る状況にする程度の魔法さ……だが使いようによっては警戒心の高い野良猫を懐かせる事も出来る」


「……にゃーん」


 腹いせに一切の感情を込めずに鳴き真似をしてみせれば、ロザリィは何が可笑しいのか少しだけ笑う。


 しかし何故私にロザリィの魔法が効かなかったのか。

 私にプラスに働いてるので不満こそ無いが、条件や理由が不明なのが引っかかる。


 私が人形だから?あるいは、こうした魔法の多くが生きている、又は有機物を想定した物だから?

 全てが謎ではあるが、今はそれを検証する時間が無い。


「まぁ……あたしが魔法を敢えて教えたのもあたしなりの誠実さだと思っとくれよ」


「そこまでして信用して欲しいのは何故?」


 裏の無い誠実さなど無いのが常だ。


 誠実な対応、友好的な態度、それらは交渉の前段階。

 性行為の前の前戯のような物だ。事に至る前の準備と言ってもいい。

 

「ロザリィ、貴女がここまで私に友好的に接する目的をまだ貴女は語っていないわ。貴女のことやこの街の事はだいたい把握したから、いい加減本題に入りましょう?」


 尚も何かを言おうとしていたロザリィの言葉を止め、長ったらしい前戯に止めを入れる。


 ロザリィの視線が忙しなく部屋を行き、警戒するような小さな声で、


「あたしをここから出しとくれ」


 とだけ言った。


 窓の外、規則正しく、そして威圧感をたたえた足音が響く。

 この街の教会と呼ばれる場所に所属する亜人達の物だろう。たえず巡回し、よく通る声が室内まで入り込む。


 その声でもって語られる言葉は一つの意思、一つの思想以外を排除する意図を多分に含み、それによってもたらされた秩序で外は満ちていた。


 外から嵌められた窓の鉄格子が峡谷を通り抜けんとする風によって僅かに揺れ、音を立てる。


「お嬢ちゃん、あんた盗聴を防ぐ手立てとか持ってないかい?」


 ロザリィがそう言うので以前馬車にそうした様にこの部屋にも音声が外部に漏れないように付与魔法を使い細工する。


 ロザリィの話は筋が通っている……ように思う。

 私だってこんな街にいたら逃げたくなるしね。


 ただこの話が嘘の可能性があるという事だけが懸念事項だ。仲間として内側に入り込み、情報を得ようとしているかもしれない。

 ……ここは逃げれない状況に持ち込んでやるか?


 掛けたばかりの付与魔法を解除し、盗聴防止とは真逆の物を付与し直す。ロザリィの反逆の意思がよく外に聞こえるように。


「いいわよ。……はい、これで室内の会話は聞こえないわ」


 と言う。


 この街から逃げたい、いたくないと明確な反逆の意思ありとみなせる言葉を外の連中に聞かせ、ロザリィを完全にこの街の裏切り者としてあげれば私としても安心出来る。


 少なくともロザリィはこの街との関係は完全に敵対状態になった、と。


「すまないね……こんな事が外のクソ教会に聞かれたらおしまいだよ」


「それが嘘であれ、本当であれ、ね」


「疑う気持ちは分かるよ……この街が嫌いというのもあるがね、なによりあたしが嫌なのはこういう尋問や懐柔に使われ続けるって事さ」


 白色の瞳は精神や心情に関する魔法という事もあり、ロザリィのような交渉に使えそうな魔法は好待遇……と言えば聞こえはいいが要は監視付きで街ぐるみで監禁されている。


 ロザリィの語る話は要約すればこう言う事だ。そしてそれに心底嫌気がさしているとも。


「……そこにあんたらが来た。真正面からこの街に対抗出来る武力を持って、そしてこの街をあたしと同じように嫌っている」


「ロザリィ、貴女にとってチャンスだと言う訳ね?」


「そうさ。あたしが持っている全ての知識や技術をクロエ、あんたに教えるよ。……だから頼むよ、あたしをこの街の脱出の時に一緒に連れて行ってくれ」


 どうしたものか、判断に困るわねぇ。


 リンとリリエルがどう反応するか、よねぇ。

 特にリリエルが心配だわ。絶対反対するわよね。


「脱出するなんて私一言も言ったことないけれど?」


「でもするんだろう?そんなの言われなくても予想はつくさ」


 悩んでいる時間はあまり無い。この会話は全て外に漏らしている。


 服の内側に入れていたハエを……そのハエを通じてこの会話を全て聞いているリン達に向けて言葉を吐く。


「聞いていたわね?二人はどうしたい?」


 ロザリィが奇妙な物を見るような目で見ているが、気にはしない。

 傍から見ればハエに話しかける変な奴だっていう自覚はあるもの。


 ノイズ混じりで音質は悪いものの、ハエから聞き慣れたリンの声が聞こえてくる。


「……クロエ?これ……聞こえている?」


「ええ、大丈夫よ。最終的な判断は二人に任せるわ。私は正直どうでもいいしどっちでもいいのよ」


「ちょっと……待ってね……。うん……うん、わかった。リリエルもいいって。でもちゃんと縛り付けて抵抗できないようにしてって」


 あら以外。てっきりリリエルが反対すると思っていたのだけど。

 もうそんなの気にしない程この街から逃げたい気持ちが強いのかもしれないわね、ちょつと急がないといけないかしら?


「分かったわ。ロザリィ、貴女もそれで文句は無いわね?」


「あ、あぁ……驚いたね……。ずっとあんたの仲間に会話を聞かれていたってのかい?」


「ええ……そしてロザリィ。会話を聞かれているのは何も私の子達だけじゃないわよ?」


 私の発言とこの建物の玄関が乱暴にこじ開けられるのは同時であった。


 亜人達の怒号が聞こえる。


「動くな!街への反逆の意思ありと判断し、全員拘束する!」


 私が謝罪の言葉の代わりに肩をすくめてみせれば、ロザリィはそれですべてを察したのかため息をついた。

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