第128話 ロクでもない街
ふむ、これから話す内容次第ではあるがこの老婆とは知り合い程度の関係性であるべきか?
「……クロエよ」
「ふふふ」
何が面白いのか、ロザリィは手で口元を隠しながら笑った。
「この街に来て初めて名乗ったんじゃないのかい?嬉しいねぇ、この婆にはそれだけの価値があると踏んでくれた訳だ」
「これから話す内容によるわ。私、名前を覚えるのは苦手なの」
「そうかい…なら覚えてもらえるように面白い話をしてやらないとね」
座んな、と自身の向かい側を指すロザリィ。
リン達に問題が無ければこの会話もリアルタイムで聞いているはずだ。
私は探りを入れる意味もあってそれに従う。
「さてはて……なにから話したもんかね。あぁ、じゃあまずこの街の成り立ちからでも話そうかい」
茶を軽く口に含み、滑りを良くしてから続きを話すロザリィ。
「この街はね、国からの要請を受けて人間どもの近くにわざわざ作られたのさ」
予想はしていたが亜人達も国を立ち上げてるのね。
とりあえず話を遮ってしまうのもと思い、相槌を打つだけに留めて話を聞く。
「なんでそんな事をってのがね、まぁ……既にあんたは勘付いていると思うがね……」
「戦争ね」
それが人間とは違い長命種ともなれば、あの時拷問された者ですも有り得る分、恨みも憎しみも強い。
「そうさ、ここは前線基地。あるいは戦時での補給拠点、といった所かね。あの不細工な大樹さえ切り落としちまえば後は昔使っていた坂道くらいしか侵入口は無い」
いい拠点だろう?と皮肉を込めてロザリィはその鋭い眼差しを残念な物を見るような目線に変えて虚空を、あるいはこの街を見つめた。
「ふぅん……表向きは休戦、あるいは不可侵条約が組まれたと記憶しているのだけれど、気のせいかしら?」
「はんっ、あんなのただの紙切れ、口約束に決まってるだろう?人間も、そして
「戦争の火種はどこにでも転がっているわけね」
ロザリィがうなずき、ため息をつく。
この本に囲まれた建物の奥、恐らくは生活スペースだろう部屋に嫌にそのため息が響く。
格子の嵌った窓から外の通りを見る。
亜人達は相も変わらず陰気な影を纏い足早に、目的地のみを目指してただ歩く者もいれば、数人で固まり密やかに会話をしている様子も目に入る。
「まぁ、そんな訳で作られた街なんだがね……そうも言ってられんのさ。クロエ、あんた生活も習慣も、更に言えば宗教も葬儀のやり方も違う種族同士を無理矢理同じ場所で生活させるなんて可能だと思うかい?」
「無理ね」
考えるまでもない。
そんな事は不可能で、どう頑張っても他者のスペースに侵食する事になる。
「あたしも同じ意見さね……。実際この街がそうだったんだよ。あたしらエルフはやれ木が足りない、自然が足りない。半分蛇の女どもは寒いからって色んなもん燃やそうとしたり訳分からんモン持ち込んだり……。戦争でこの街を使う前にバラになっちまうってもんさ」
窓の外にはちょうど、鋭い円錐形の白い帽子を被った亜人が数人、規律正しく列を為して歩いていた。
その身なりは素人目で推測も混じるが、神職に就く者が纏うそれに酷似していると感じた。
「それで?その窮地をどうやって切り抜けて今があるのかしら」
「……クロエのお嬢ちゃん。この街は随分と人間に厳しいと思わないかい?いっそ異常な程にさ」
「そうね。下水道にまであんな素敵な仕掛けをしているなんて思わなかったわ。……あぁ、ひょっとして共通の敵、人間に意識を向けるように民衆を扇動しているのかしら?」
新聞やテレビなんかで人を操るようにね。
それらは人の目によく入るものだ。故に、そこに支配者好みの色の泥水をほんの一滴混ぜるだけで民衆はその色に徐々に染められる。
托卵は正義とテレビに放映し続ければ、やがてそれが正義であり正当性のあるものと誤認させれるように。
あるいは特定の人種は迫害されるに足る理由と罪状を持っていると主張し続ければ、民衆がそれを支持するように。
でもこの時代にテレビはないわよね?新聞は……どうなのかしら、少なくとも現代地球に生きていた私が想像するような購読の仕方は無いはずよ。
なら一体……
「あ……宗教?」
他で生活に密接に関わっているものって言えばこれくらい?
「ちょっと、あたしが言う前に答えに辿り着くんじゃないよ。……はぁ、そうさ。この街じゃ宗教を利用してここの阿呆どもに教えを説いてるのさ」
全ての罪業は人間にあり、とね。と語るロザリィの顔が一瞬、その年相応に疲れ果てているように見えた。
「そうやって意識を人間に逸らして、ちょっとでも違う意見が出ないように抑えつけてんのさ。だからほら」
と顎で窓の外を見るように促す。
聖職者のような例の亜人達が相も変わらず列をなしている。
「ああやって巡回してんのさ、意志や発言を統一して監視し、街の全員が同じ方向を向けるようにね」
「よく街の統治者が黙っているわね」
「ふん、それどころか積極的に手助けするまであるさ」
「ちょっとっ、政治と宗教は分けてないと面倒よ?」
政治とはつまるところ法であり権力だ。
宗教とそれが心を同じくするという事は法よりも前に宗教が立つ事を意味し、統治者よりも前に宗教が君臨するという事だ。
その他にも異教徒への弾圧の公認や他宗教の抑圧、思想の統一化など……その失敗は歴史の示すところ、のはずなのにねぇ。
なんか若干アカいと思ってたけど……よりこの街が嫌いになったわ。
「そんな事言ったってね、これがなきゃこの街は隣人同士で憎みあって殺し合いだよ。ただでさえ今異種族同士でのいざこざが絶えないんだ。そのストレスの発散を全部人間にしてなんとか保ってるんだ」
「あのバリエーション豊かな人間への拷問方法はその産物ってわけね」
ゲームセンターだって一種類しか台が無かったら詰まらないものね。
多分そういう感覚なんでしょうね。
人間同士だって様々な死刑の方法があるものね、喉切り、腹裂き、飢餓、磔刑、解体、動物、鋸引き、釣り落とし、車刑、絞殺、ガロット、溺死、串刺し、皮はぎ、銃殺、ガス室……ただ人を殺す、それだけだと言うのに人とはこれほどまでにその想像と学問、知識を総動員してあらゆる方法を思いついている。
地球の方だってまだまだその方法や手段は研鑽している事でしょうね……日本は平和すぎて実感ないかしら?
人が人を殺している間は、人類は動物に過ぎない。ってどこの言葉だったかしら?
「まぁ、この
ちょいと待ってくれ、と言って温度のぬるくなった茶を啜り一息つくロザリィ。
膝でお行儀よく置かれた手を私も上げて少し楽な姿勢を取り、ロザリィに視線を向ける。
長く、尖った耳は老いてなおその角度を維持しているようで、いくつか皺の刻まれたそれはその半ばから落とされ中途半端であった。
丁寧に焼き跡のついたそれは治らないのか、治さないのか……。
「あぁ、待たせたね。それじゃ、次はあたしが信用に値するか判断してもらう為に色々とこっちの事情を話そうじゃないか」
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