第33話 二階層 沼地

「さて、それじゃあ最終確認よ。付与済みの棒は?食料は?それと・・・」


 一つ一つの持ち物を確認し、二階層への突入準備をすすめる。


 遺跡群を北西へかなりの距離歩いたそこが、私達がいる地点であり、二階層の沼地へと続く湿った未整備の洞窟がある場所だ。


 下へ下へと続くそれは時折水滴が落ち、低くいやに耳に残る音を立てる。


 岩肌はしっかりと目を凝らさないと分からないほどの小さな虫の類が這い、足場は滑りやすかった。

 湿った空気が頬を撫でる感覚が不快感を増幅させ、肌に纏わり付く水気が集まって雫となって落ちる。


 入り口からうんざりするが、二階層とはそういう場所だそうだ。

 私は努めてその決して愉快ではない感覚を無視し、リンの装備に抜けが無いか確認する。


「大丈夫だよ、付与で作った松明も持ってるし。万が一のタメに作ってくれたマントも持ってるよっ!」


 以前リンが提案してくれた【MPを流している間燃え続ける】という付与をした棒を握って答えるリン。


 大盾に、松明というなんともまあ排他的な村人が余所者を追い出す時のようなスタイルとなっているが、どちらも無ければこの先の二階層でのそれぞれ命を守る手段なのだから見た目に拘る、という糞の下の下と同じくらい役に立たない事は放っておく他ない。


 その松明と他にもう一つ、私は寄生性のトンボがいるという事で対策になるかは分からないが生産魔法で作ったものがある。

 

「そのマント、絶対に取っちゃ駄目よ?手が届かない場所だったりを保護したりするのが目的だから」


「わかってるよー、何度も聞きましたー」


 流石にしつこかったか、リンはいやいやと大袈裟な身振りで私にやんわりと止めてとアピールする。

 

 本当に大事な事なのだがな、どういう方法で件の寄生トンボが寄生してくるかは不明だが、手が届かない背中やうなじ等をとりあえず保護しなければと作ったこのマントは、創世樹街を練り歩いて廃棄となった鉄製品を密かに回収し分解、マントの生地の中に薄く伸ばした鉄を混ぜており、耐久性は無いよりはあったほうがいいくらいの仕上がりだ。


 その為背中に張り付かれても対処する僅かな時間を稼ぐ役割は果たせるはず・・・多分。


「さて、それじゃあそろそろこの洞窟を降りて二階層を見に行きましょうか」

 

「うんっ!そろそろ遺跡ばっかでちょっと飽きてたからたのしみー!」


 湿った地面にしっかりと大盾の下部に配置された杭を突き立て固定しながら一歩一歩移動するリンに掴まる形で降りていく。


 洞窟は大きな生物の気配が無く、岩とただその肌を滑る水のみばかりだった。

 もはや今更ではあるかも知れないがこれを抜けた先は一階層で見た遺跡群とは全く違う景色が見られるのだろう。


 地形も天候も何もかもが違うそれは地球で考えればありえない事だが、異世界かつファンタジーよろしく魔法がある世界ならまた違った法則があってありえないという事も無い。


 果たしてこの先にはどんな光景かと、地球の常識では考えられない不可思議な光景を期待して私は洞窟の最下、古ぼけて錆と腐食した木材ばかりが目立つ扉を押す。


「うわぁ、すごいっ!沼地ってこんなところなんだー!」


 扉を開けたことにより沼地特有の匂いが吹き込むのを感じると共に、リンは初めて見た沼地に驚き一足先に二階層へと足を踏み入れた。


 リンに限らず交通手段が容易じゃない以上海や沼地、山など様々な場所に行った事がない人が普通の中世時代ほどで考えれば、リンの興奮は分からないでもないがもう少し警戒をだな・・・。


 リンが沼地の観察ではしゃいでいるのに続き、私も沼地の偵察をする。


 木の根が氾濫し、絡み合い、地面と地下を行ったりきたりして歩くだけでも足元への注意が必要に感じ、泥の地面は水が足首の高さまで張っている。

 踏み込めば泥の地面は沈み、目測では足首ほどだと思われた水深はそこから更に数cmほど下に沈む。

 数歩歩いてると土に埋もれて見えない根に躓いて転んでしまいそうになって私は慌てて体勢を戻す。


「これは・・・高機動戦闘はまるで駄目ね。防御を固めるか隠密からの奇襲か、くらいかしら?」


「みてみてー!あそこ他と違ってちょっと深めー!」


 リンに言われ視界をそちらに向ける。

 確かにそこは他の浅めの水深とは違い、濁ってそこの見えない池が広がっていた。


 水面は透明度が高く、水深が深まるにつれ濁っていきついには底が見えなくなり、泥が沈殿しきっているようだった。

 激しい戦闘中であれば沼と池の見分けは困難かもしれないと、私はなんとも厄介な階層だとため息をつく。

 誤って池に突っ込んだらこれ危ないではすまない。


「ねえねえクロエー。あれなにー?へんな花浮いてるー」


「ん?どれかしら」


「あれあれー!スイメンからお花だけ出てて葉っぱが水の中ー!」


 リンの言葉通り、その植物は水面から輝く石を真ん中に付けた花が浮かんでいた。

 花の茎・・・根?のような部分は水草のようにふわふわと漂っているようで、それは何かの動物の尻尾のようにふさふさとした印象を受けた。


「地面じゃなくてもお花って咲けるんだね?おもしろーへんなのー」


 ふらふらと群青に淡く輝く石をたたえたそれに不用意にリンが近づくと、輝きは更に増した様に見えた。


 そのまま数秒輝き続けた後、花はその石から糸の様に一本に纏まった水を吐き出した。


「っ!?」


 池の側まで来ていたリンは慌てて獣人の反射神経を活かして大盾を咄嗟に構える。


 まるで槍の様な精確にまっすぐな形を保った水が勢いよくずどん、とリンが構えた大盾にぶつかる。

 それによって僅かだがリンの体が衝撃によって浮き、リンは負けじと大盾を構え続ける。


 リンは大盾を花の方向に構えたままじりじりと下がる。その間も絶えず花は水をウォーターカッターのようにして何本も何本も撃ち出している。


 池の水を利用しているのだろうか、それともあの石が・・・。

 あの状態なら怪我の心配もないだろうとリンの事は気にせず花の考察を続ける。


「水魔法かしら?自分に近付いてきた外敵をああして迎撃している・・・、そこまでして守りたい理由は何かしら」


 いや、自身の生命を守る為なら皆必死になるだろうが、この花の防衛手段は少々過剰に感じる。

 食虫植物の話になるが、あれらは捕虫の際結構なエネルギーを使うのだ。

 

 ハエトリ草なんかは面白がって何度も開閉させると枯れてしまうらしい。となるとこの花もああして水魔法を使うという事は植物の体にはかなりの重労働となるはずだと思う。


 それを押してまでもああして執拗に何度もウォーターカッターの様に鋭く攻撃力の高い行動を取る必要とは一体・・・。


「あの石、そんなにあの花にとって大事なのかしら?繁殖の際に使うとか?それとも人間で言う心臓に該当する物なのかしらね」

 

「出来れば水中の根?葉?の部分も詳しく観察してみたいのだけれど、ああも攻撃が激しいんじゃあ無理ねぇ」


 情報が足りないのであの花がどうしてああ言うの進化をして、目的は何かが分からない。

 加えてあの攻撃では近づけないので調査もできずもどかしいばかりだ。

 

 するとそこに、安全な位置まで後退し花からの水魔法も無くなったリンがバシャバシャと足元の沼を掻き分けて驚いた顔してこっちに戻ってきた。


「まさかあんな攻撃してくるなんてっ!お花もユダンしちゃ駄目だねー」

 

「お帰りなさい、怪我はないわね?」


「無いよっ!でも汚れちゃった」


 大盾も靴も泥でぐちゃぐちゃの状態を見ながら微妙な顔してリンは答える。

 リンは水魔法でそれらを軽く流していく。


「それとさークロエー?あたしがいくら無事だろーなって信頼してくれてても、ずっと花の観察してるのは流石にひどくなーい?」


「え?ごめんなさいね、リンなら大丈夫かなって思って」


「そーだけどー。クロエの悪い癖だと思うよー?その生物観察」


 両手で持っていた大盾をよいしょ、と言って一旦地面に突き立てて一息つきながら愚痴る。

 ばしゃっ、どぽっ、と音を立てて沼地に降ろされた大盾に寄り掛かってふぃー、と息を吐く。


「でも情報がわかって損することはないわよ?例えば今の状況なら、深い池部分と脚をつけて歩ける部分の見分けが出来るようになったわ。あの花が咲いてるあたりは深いっていう風にね」


 根っこが下に伸びる都合上、水深がある程度必要だと思われる為、あの花がある場所は池だろう。っという感じだ。


 これに加えてまだ見ていないが寄生性のトンボがいるって嘘でしょ、と二階層に早くも嫌な思いが溜まるのを感じる。

 

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