沼と男
第32話 そろそろ次へ?
二階層の情報収集を終えた私達はやや早足で自作馬車へと戻ってきた。
太陽は真ん中ほどで、日差しが容赦無く私達を照らす。
リンは疲れた顔して大盾に寄り掛かる。
「あーやっぱあたし駄目かもぉ〜・・・クロエぇ」
顔色が若干よくない所を見るに、相当精神的にキテいるようだ。
リンの頬を撫で、
「次からは私が情報収集してくるわ。・・・いえ、最悪情報収集せずに現地入りしてもいいわね」
私の提案にリンは申し訳無さそうにして
「ごめん、クロエ。あたしがこんなんだから気を使わせちゃって・・・。情報シュウシュウは任せちゃうかも。あと情報ナシはキケンだからやめよ?」
「ん、分かったわ。情報収集の時はなるべく早く戻れるようにするわね」
「うん・・・」
暫く大盾を杖代わりに寄り掛かっていたリンだがやがて何かを思い出したのか顔を上げる。
「そういえばさ・・・」
「なあに?」
「クロエのあの喋り方初めて見たんだけどなにあれ?」
純粋な興味として聞いている感じであった。
あの口調に関しては漫画や映画等で仕入れた知識なので別段大した事では無いのだが、あれがどういった職業の人間が使うものか知られるのは彼女の年齢を鑑みるによろしいのか?
いや、中世での性事情は・・・。結構早い、のか?そもぽこじゃか死んでくような中世ぐらいの時代、加えてファンタジーで魔物もいる。となれば「健全なきょういくおー」とか阿呆な事は言ってられないか?
とにかく産め!んで数で補え!でなきゃ村滅びるっ!とかがデフォならこれ初潮の時点でとかありえるんじゃないか?
んー、リンに対してそういう情報を与える基準はどっちにするべきなんだ?
地球での情操教育?それとも異世界での基準で考えるべき?
答えの出ない自分からの出題に頭を悩ませていると、
「んー、答えにくい事だったー?もしかして、ちょっとえっちな事?あのときのクロエの仕草、ちょっとやらしかったもんねー」
と男に擦り寄った所作と私が答えにくそうにしている二点で答えを出してみせた。
だがその口調は先程とは変わって少しの怒気を孕んでいるようで、こちらを責める意図が含まれているように感じる。
「ねぇ、リン・・・あれは――」
「分かってるもーんっ!情報シュウシュウの為の仕方ないコーイだって分ってるけどー、それとこれとは別なのー」
と確かに私の行動に理解はしているが納得はしていないらしく、両腕を広げてはやく自分を抱き締めてご機嫌をとりなさい、とアピールしてくる。
リンを抱き締め、とんとん、と背中を優しく叩きながら私は気になった事を聞いた。
「あなた・・・どこでそんな情報拾ってきたのよ。」
「え?村でヤッてる声なんて耳塞いでても聞こえるよ?それにクロエの故郷やこの馬車みたいな立派な壁なんて無いし筒抜けだよ?」
思わず、あぁ、と声が出て脚の力が少し抜ける。
そも避妊の概念も性病の概念も分からない、というか文字も書けんほぼほぼ未開の部族と変わらん農民、農奴達の村での性事情など推して知るべしだったか。
農作業終わってやることなんて飯食うか寝るかヤルかだもんなぁ・・・。
んでそこからヤルことヤッてデキて、双子が産まれたりお産で母体が死んだりするとそれぞれの宗教観や地方の伝承に沿って忌み子だったり逆に祝福だったりなんだりと判断されてその後の人生狂わされる訳だ。
「知識はクロエと出会って教えてくれるまで何も分からないままだったけど、それでもなんとなく何してるかは分かってたよー」
そこは流石異世界と言うべきか、そこらへんの貞操観念は緩いというか、そもそも出来てないか・・・。
「だからっ!あたしクロエがあの男に擦り寄ってるの見て演技だって分かってても不安だったんだよっ!」
むふー、とご満悦だったリンが私の目を見つめて訴える。
リンとしてはそれが気に入らないらしく、ウワキだー、カナシイー、と私の頬を両手でぐりぐりする。
「あたしにだけああ言うのはしてよー」
とおどけた口調でそう言って少しぎこちなさを見せる。
「・・・分かったわ。今後情報収集の時はなるべく距離を保ってするわ」
「あっ、いや別にそんな本気で言ってる訳じゃないよっ!ほんとっ!大丈夫だか――」
慌てて否定するリン。だがその様子はあまり人との関わりが希薄な私でも分かる程のものだ。
「リンが嫌な事は私も嫌だから、ね?気にしないで」
と説得する。
互いの不満や気になる所はしっかりと伝え合うべきだ。
私達はどこまでいっても他人だ。自分以外の他の人、という意味でだが。そうである以上は考えていることなんて分かるはずが無いし、「察して〜察して〜」と馬鹿みたいな事言うのは間違いだ。
リンは申し訳無さそうに、
「あぅ、うん。ありがとっ」
と言って大盾に寄り掛かかるのをやめた。
「気にしないで?それと、お互いちゃんと不満とかして欲しい事があれば遠慮なく言ってほしいわ。私もリンにわがままするから、ね?」
「うぅ、気を遣われてるきがする〜」
「それも事実だけど、これから一生を生きていく相手なんだからどっちかが我慢してたら絶対どこかで爆発するしね」
「むぅ、クロエが言うことがいつも正論だぁ。・・・分かったぁ。でもっ!クロエもちゃんとあたしにして欲しい事言ってね?そう言うって事は」
すれ違いの原因は大抵説明不足、会話不足によるものだと私は思っている。
大体の話だ。言葉なんて喋るのに料金が発生するなんて馬鹿げた事がある訳でもない、それなのに口を開くのを躊躇って錆びた開かなくなったドアみたいにだんまり決め込んでいるケチ野郎なんて、誰が友達になりたいというんだ?
あたしは御免だ。それなら多少やかましくても悪い事も良い事もどんどん言ってくれる相手のがいい。
とりあえず情報収集の際に発生したリンのもやもやはこれで解消と見てもいいだろうか?
私はそう判断し次は二階層への対策や行動指針について話をするべく、馬車の中へ入る。
それに続いてリンが入り、馬車の後部ドアの鍵を閉める音を皮切りに二人で作戦会議を始める。
話題の中心はやはり寄生性のトンボで、これをどうするかについてが六割、残りは足場や他の魔物だった。
「そもそもさぁ、あの男トンボの詳しいトクチョーとか言わなかったのひどくなーい?」
二人きりでリラックスしている関係か言いたい放題に情報提供者についてなじる。
「確かにね。もっとどんな形状なのかとか、どう攻撃してくるのか、習性はとか教えてくれてもいいのにね」
「そーだそーだー!あたし達の命に関わることだぞー」
ひとしきり文句を言った後、リンは真面目に二階層での対策を考えだした。
「んー・・・。クロエ、付与で火は出せないの?それが出来れば松明の買い足しも必要ないんじゃない?MPさえあればそれで賄えるんじゃ?」
「ふむ、試してみましょうか?付与自体は出来ても素材の方が付与の内容によっては耐えられないかもしれないしね」
付与も万能ではない。
付与の内容自体は想像次第でいくらでもできるが、複雑な内容の付与をしようとすればするほど、付与対象の素材が付与に耐えられない、という現象が発生する場合がある。
まあ別の素材を使えば解決する単純な場合もあるが、それが私の腰につけている閃光手榴弾モドキの石
のように使用した際に壊れてしまうものもあって中々に厄介だ。
「じゃあ松明は付与で作ってみましょうか。後は現地で探索していくうちに問題を見つけて対処する方向でいいかしら?」
粗方を決め終えた最後にリンに確認を取り、彼女が頷いたのを見て、作戦会議はひとまず終わることにした。
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