第31話 娯楽と大根役者

 雨天の中レベル10になるまで狩りをした翌日、私達は創世樹街の大通りにいた。


「聞き込みするだけよ?私一人の方がいいんじゃない?」


 本来なら私一人でダンジョン一層目の遺跡群から次の階層への道の情報を集めるつもりだった。

 だがリンが「私もついていく」と言った為こうして二人で並んで人の多い街を歩いている。


 上空の通路や創世樹に寄生するみたく建てられたツリーハウス群が太陽を中途半端に遮り、影をいくつも落とす。


 けれど決して暗いという訳ではなく、橋や通路が無数に渡された隙間からの光で十分明るかった。


 しかしよくもまああんな無茶な建築を・・・。背の高い住居の天井からツリーハウスまでを結ぶ形で橋、頑丈な柱に支えられた空中広場、広場からは枝分かれするみたいに橋や通路が渡され、様々な場所に伸びる通路。


 いくつもの無茶な建造物同士が互いを支えあい、複雑な道を上空に形成していた。


「さて・・・、前は冒険者ギルド併設の酒場で情報収集したし、今回もとりあえずそこに行こうかしら。ね?リン」


「う、うん」


「まあと言っても二回層の情報が手に入っても暫くは様子見、あるいはほんの少しだけ覗いて帰る程度だとは思うけれどね?情報は早い内に集めておいて損はないわ」


「そうだね」


 努めて明るく、いつもより多めに喋っているつもりだがリンの反応はあまり宜しくない。

 ダンジョンへ行く道中もいつも早朝より早朝、陽がギリギリ登っていない内からダンジョンへと向かう程であるから分かってはいたのだが・・・。


 なるべく私と一緒にいたい、という気持ちが競り勝った結果こうして一緒にいるとは言え、やはり可哀想だ。

 早めに情報を集めるか時間制限でも決めておいて早々に街の外の私達の馬車まで戻ろう。

 

 ダンジョンでも無いというのに大盾を構え、私の側から離れようとしないリンを伴い、冒険者ギルドまで歩く。


 相も変わらず趣味のいいとは言えない、創世樹のシンボルに多数の手が絡み、伸びるシンボルが描かれた冒険者ギルドの看板を横目に中に入る。


 三つの受付には時間帯が昼頃というのもあり、数人の冒険者らしき人物が並んでいた。


 忙しそうにしている受付を通り過ぎ、入り口から向かって左側のスイングドアを開く。


「さて・・・?どいつがいいかなぁ」


 かつての誰かが臨時のパーティ募集に、日々の鬱憤を酒で忘れる為に、情報交換の場に、様々な目的を孕んだ提案をした一人の冒険者によって建てられたというこのギルド併設の酒場、その入り口に立って私は中を見回す。


 この時代におけるストレス発散方法など酒か娼館、あとは・・・処刑くらいか。


 中世だったかはもはや覚えていないが、処刑は昔の娯楽であったという。

 貴族は朝早くから化粧をし、席の最前列で罪人の首が飛ぶ瞬間を心待ちにする。

 民衆にしても似たようなもので、死刑執行人の斧が綺麗に罪人を両断できれば喝采し、上手くいかなければ野次と共に執行人に石を投げる。


 その心理は決して分からないものでは無い。現代でも形を変えそれは受け継がれている。

 ネットでの炎上であったり、犯罪者に対してのネットのコメントなどを見ればなるほどと納得できる。


 あくどい事をして得している者を見れば羨ましくなるか破滅を密かに望むものだろう。

 そして罪が明るみに出、裁かれるとなればそれを喜ぶだろう。


 難しく言ったが要は「みんなざまぁモノの小説すきだろ?そういうことだよ」

 悪人が破滅し死ぬ様は気分を爽快にさせるのだ。

 

 形が物理的な死か社会的な死か、違いはたったそれだけでみな、【叩いても良い絶対悪】が欲しいだけなのだ。


 あいつは〇〇だから何を言ってもいい。あいつは〜だから当然の報い。あんなやつは死刑になってしまえ。


 実に多くのコメントがネットでは見れることだろう。そう思えばこの時代での処刑が娯楽、というのもさほど不思議では無い。


 それに比べれば酒でストレスを発散するという考えのなんとも微笑ましく、平和な事か。


 カウンター席が五席、テーブルが三つでそこそこに賑わっているようだった。


「はぁい、いまお一人ぃ?」


 顔以外をローブにすっぽり被り、カウンターで一人座っていた男になるたけ猫撫で声で声を掛ける。

 気分はさながら娼婦か夜鷹の類だ。


 リンは私の聞いた事のない声と口調に目を見開き声を失っている。

 安心させる為にも男から見えない側の手でそっとリンを抱き寄せて安心させてあげる。


「んぅ?・・・っおぅっ!?こりゃあえれぇ上玉だなぁ!俺になんの用だぁ??」


「あたし達ぃ、ここで冒険者になったばかりなんよねぇ〜?それでぇ、知らないことばっかでぇ色々と先輩に教えてもらえたらなぁ〜って思ってぇ」


 自分で言ってて死にたくなってきた。なんて頭の悪そうな話し方だ。


 私は無精ひげの目立つ坊主頭の冒険者に声を掛けながら、カウンターで眠そうに立っている店員にそこそこの値段の酒を頼む。


 付与魔法で適当に効果付けたものを売り付けて稼いだ金は惜しいが、金と情報なら情報だ。


「へへっ、嬢ちゃん顔も悪くねぇしちゃんと分ってるじゃあねぇか。そっちのチビもなんかしてくれんのか?」


 リンに目を向けた男に内心よろしくない感情を覚えつつ男の注意をこちらに向けさせる。


「ごめんなさぁい、この娘あたしの妹なんだけどねぇ〜?とっても人見知りだからかんべんしてちょーだい?代わりにあたしがサービスしてあげるからさ?」


 男のふとももの内側を妖しく撫で、僅かに体を傾ける。吐きそ。


「ふっへへぇ、ならしょーがねぇなぁ?じゃあちょいと酌してくれよ。その間知りてぇ事があるなら教えてやるよ」


 その後男から今回の目的、二階層の情報を粗方聞く事が出来た。


 どうやら二階層は湿地帯らしく、濃霧は視界を、汚泥は足取りを、そして沼の魔物からの下からの奇襲は精神を摩耗させるらしい。


 更には人の体に幼虫を産みつけようとするトンボまでいるらしく、二階層では【松明と命の灯は等しい】とまで言われているらしい。

 その諺のセンスの無さは置いとくとして、それほど松明、つまるところ虫除けは大事らしい。


 しかしまあ寄生トンボねぇ。どんな形をしているのかしらね。

 それよりも虫除けどうしましょう・・・。付与で【虫除け】とか出来るか?

 試してみないと分からんな。あとは・・・、おとなしく松明を買うか、んんぅ。


 アイデア次第ではもっと楽になりそうではあるのだが今は何も思いつかない。

 生産魔法と付与魔法という技能があるのだから活かすべきなのだが・・・。


 その後も色々と男は話していたが、記憶しておく価値はあるが興味を引く訳ではない情報ばかりだった。


一通り聞きたいことも聞けた事だし、そろそろこの男も用済みか。


 男もそれをなんとなく察したのか


「おいおいっ!もう帰っちまうのかぁ?いいじゃあ

ねぇかよこんだけ出すからよっ!ちょいと一発頼むぜぇ〜っ!」


「んー、ごめんねぇ?あたし妹にしか興味無いからさぁ。」


 可愛らしく舌を出していたずらに笑って、少し多めに男に金を渡し、情報料と「こんだけやるから見逃せ」と暗に伝える。


 男も話している途中で分っていたのかそれとも元々ただの下品なジョークだったのかそれほど執拗く追求してこずその後、二回ほど同じやり取りをした後は「しゃーねぇなあっ、この金で勘弁してやるよっ!死ぬんじゃあねぇぞー、また酌しにこいよー」とだけ言ってまた一人飲み始めた。


 酒臭さを僅かに纏いながら私達は酒場をあとにし、大通りに出る。


 リンは情報収集を私に投げっぱなしにしている後ろめたさと、収集の方法に関して一言物申したい思いの同居した表情でこちらを見上げていた。


 なおも無言で、けれどくいっ、くいっとローブの袖を街の外の馬車の方向に引っ張るリンに従い、今日得た情報を脳内整理していく。


 まあ場末のキャバ嬢もびっくりするレベルの程度の低い水商売のさしすせその連打は自分でも無いわーと思う。

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