第30話 雨天決行

「しかし残念ね」


 遺跡の一つ、一階建ての元住居の中で私とリンは休んでいた。


 リンは私が生産魔法で形を整え、出来る限り座り心地が良くなるようにしたものに座っている。

 私が作り、持ってきたパンを頬張りながら私の呟きに反応する。


「残念って、なにがー?」


「ほら、あのヤドカリの殻を使ってリンの大盾を作ろうと思っていたのだけれどね?」


 脚を組み、頬杖突いて続ける。


「魔導具になっちゃったから殻も死体も消えてしまったもの。またヤドカリ探さなきゃってね」


 魔導具となる場合、その全身が光って魔導具となる。

 原理や光る理由は不明だがその影響で死骸は塵一つ残らない。魔導具と変化する際の素材やエネルギーとして消費されたのだろうか?

 そも、どうして死骸が魔導具に?という所から考え出すと止まらない。


 無知な私には恐らく生涯不明なままであるのだろうが、愚者は便利という事のみ分かっていればよいだろう。


「あー・・・確かにねぇ。でも今の大盾でもじゅーぶん戦えてるよ?多少はフベンな部分はあるけどそこまで気にしないしねぇ」


「あぁ、死体が串刺しになると・・・ってやつね?」


「そー。でも使ってるあたしの技術シダイでなんとかなるかもだし」


 最後の一欠片となったパンをもそもそと食べ終えてリンがフォローしてくれる。


 そうは言っても作成者としては製品が完璧で無いという事実には少し申し訳無さを覚える。

 使用者がリンであれば尚更である。

 私の好きな漫画の名言の一つにもある、【武器を打つ以上、それで起きる全てを背負うべき】という言葉を思い出す。


 それが原因でピンチになったら笑えない、という単純な理由ももちろんあるが・・・。


「あっ!」


 改善案自体はあるがこの遺跡群ではそのままでもいいだろう。自作馬車に戻ってからゆっくり改良してみればいいと考えていたら、リンが何かに気付いたように声を上げる。


 視線を辿るとどうやら休んでいる廃墟の外を見ているようで、私もそちらを見る。


「あら、まぁまぁ・・・。ダンジョンの中で雨も降るわけ?本当にここがあの大木の側を降りて行った地下空間という事を忘れてしまうわ」


「んー・・・、今は弱めに降ってるけどこれ」


 と心配そうに空を見上げる。雲は分厚く、そして若干ではあるが空が暗くなるのを感じる。


 少し暗いな、程度で別段そこは問題では無い。

 リンと、そして私もだが心配しているのは別のところにある。


「服が水を吸い、体温を奪い、足場がもしかしたら滑ってしまう恐れがある。ここの魔物も弱いし今の内に悪天候での戦闘も慣らしておきましょうか?」


「うー・・・、森の時に何度かやったことあるけどあれやなんだよねー」


 雨というのは厄介だ。私が言ったように雨というのは戦闘に悪影響を多く及ぼす。


 僅かな利点と言えば匂いを誤魔化せるのと足音などを消せること。

 人形である私にとっては暗殺や奇襲が容易くなる利点でしか無いが獣人であるリンにとっては悪影響の方が多いだろう。


 廃墟ではあったがこの部屋は天井はちゃんとあるようで、その屋根を叩く音が次第に強くなる。

 最終的にはその音は殴りつける、という表現が似合うほどのものとなり、大雨となってしまった。


「うっわ・・・。視界も悪いレベルとかひどー」


「こうして安全な部屋の中で眺める分には落ち着けて私は好きなんだけれどね・・・。さて、悪天候での戦闘の絶好の機会よ」


 ざあ、ざあ、と降りしきる雨に呑気な感想を言って立ち上がる。


 リンは露骨に嫌そうな顔をして、


「本当に行くのー・・・?」


 と渋る。

 

 私はリンにやる気を出してもらう為、部屋の入り口で振り返ってリンの方へ両腕を広げる。


「ほら、ハグしてあげるから元気だして、ね?」


 自分がこうすればやる気を出すと分かられている事実に嬉しさと、上手く扱われている事への少しの悔しさが同居した複雑な表情の後、私の腕の中へ入ってくるリン。


 滑車弓を扱う関係で右に三本、左に一本の系四本の腕でリンを抱き締め、完全に趣味でその形状となった編笠と呼ばれる頭に被る形の傘を被せてあげる。


「あたしがハグで何でも言うこと聞くだなんて思ってる?」


 リンが私の腕の中から見上げる形で問い掛けてくる。


「ん?んー・・・。んーん?」


「どっち!?もうっ!揶揄われているきがするー!」


 少しだけ乱暴に私の抱擁から脱出したリンは編笠の位置を微調整して雨の中に出ていく。


 側に立て掛けた滑車弓を取りながら私もそれに続く。


 この人形の体は五感の切り替えがある。寒さを感じる事を無くすことも出来る上、体温の低下も無機物の球体関節人形には関係無い。


 だが雨が私の体に落ちる衝撃は伝わる。大粒のそれは少なくない音とぶつかる感覚を私に与えてくる。


「うー・・・、この雨大粒だし勢い凄いし前が見辛いんだけどー」


 編笠に当たる度ほんの僅かに編笠が揺れ、それを鬱陶しげに見、その度編笠を微調整し気に入る位置に持っていく。


「クロエー・・・、本当にこの大雨の中戦闘訓練するのー?流石にやばくないー?」


「経験は大事よ、いざとなったら私が前線に出ればいいし。人形は雨による体力の低下や体温低下の心配も無いから、ね?」


「んーっ!わかったよー!それに雨降っただけで勝てませんじゃ話になんないってやだし」


 無理矢理に理由をつけて納得した様子のリンは諦めたように大盾を強く握る。


「じゃあ、陣形はいつも通り。前衛お願いね?」


 雨は残念ながら止む気配は無く、それは勢いを増していた。


 流石に魔物も雨の中での狩りは行わないのか、廃墟の中で複数匹固まっているのを何回か見掛けた。

 そのどれもがそこそこ距離があったり高所に巣を形成していた関係で交戦する事は避けたが、互いの毛繕いをしたり、晴れていた時に狩ったであろう獲物を分け合って食べている様子が見られた。


 魔物も外の大雨を好ましく思っていないのか、廃墟の巣の中から空を見上げているようだ。


 そうしてほとんどの生き物が雨による体力低下を恐れて巣に篭もる中、ヤドカリだけはその殻を天然の傘のようにして普段よりも自由に行動しているようだった。


 いくら殻に篭もれるからと言ってそれは無敵という訳ではない。攻撃され続ければ殻から出る事は出来ず、餌も取れない。

 となれば「うおー俺防御力カンストなりーむてきだぁー」とはならない訳だ。餌を探す生存という意味では外敵はいない方がいいのだろう。


「ねークロエ。あれなにしてるのー?」


「ん?」


リンの言うあれという物に目を向ける。

 どうやらそれは二匹のヤドカリらしく、一匹は自身を守るはずの殻を脱ぎ去り、柔らかい腹部を露出させたままもう一匹の大きなヤドカリの周りをひたすら回っている。


 時折自身の殻の方に向かい、軽く叩いたりなどして「何かを必死にアピールしている」ように思えた。


「多分・・・、求愛?」


「きゅーあいー?じゃあこれから番になるのー?」


「多・・・分だけどあれは子供作った場合この立派な殻があれば大丈夫って求愛してるんだと思う。メスに」


 自然界での番となった生物は様々な方法で子供や卵を守る。

 自身の背中に埋め込んで守る、糞と誤認させる見た目の卵を産む等。

 そして恐らくだがこのヤドカリは自身の殻を大きめに作ってその隙間に卵を入れて自分ごと守るのだろう。


 となると殻というのは砦であり、家であり、卵を守る産卵室と、実に多くの役割を持っているのだろう。


「あのちっこい方がオスなのー?おっきい方じゃなくてー?」


「ええ。虫もそうだけれど動物はメスのが体が大きかったり強かったりするものよ。人間と違ってね」


 むしろ人間がおかしいのでは?と思ったりもする。他の生物のほとんどがメスのが強かったり体が大きい。

 ハイエナなどはメスが強く雄としてのホルモンが出過ぎて疑似男性器が生えていると聞く。


 それはそうと体の大きい方のメスのヤドカリはオスの持っていた殻が気に食わなかったらしく、殻を鋏でばらばらにした後、どこかに去っていった。


「うっわー、気に入らなかったのかなー?」


 リンがメスのヤドカリの行動に目を白黒させ、片手で口を軽く隠して冗談っぽくおどける。


「雨も悪くないわね、こうして別の生き物の別の側面も見れるのだから」

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