第29話 魔導具

 すわ爆発か、と見紛うほどの音と土煙が私の放った矢とヤドカリの殻とがぶつかった事で発生し、私はそっとクロエの大盾に守ってもらう形で埃っぽいのを回避する。


「亀の魔物だって貫けたんだもん、らくしょー・・・あれ?」


 ふんふん、と既に戦闘は終わったものと私に視線をやりながら脱力するリンだったが、土煙が晴れ視界が開けた結果に驚く。


「硬すぎよ、あれ。でも完全に効かないってわけじゃなさそうね?」


 半ばまで刺さり、そういう形の殻なのか?という程に深く固定された矢を見ながら私はリンに同意を求める。


「うっわあ。クロエの矢で貫通しないなんてここの遺跡のケンザイは良いもの使ってるんだねぇ」


「それか、魔物の骨の方かって所ね。なんにせよ刺さるならあとは簡単よ。あの魔物足は遅いから何度も撃ち続ければそのうち全体の形を保てずに壊れるわ」


 ヤドカリに感情はあるのか不明だが、ヤドカリは忙しなく自身の殻をしきりに気にしているように感じた。


 だが前回の戦闘で鈍足な事は既に把握済みである。いくら自身の殻を気にしようが修復を試みようが、一方的に遠距離から矢を射ればいいのだ。


「矢が尽きるまで撃って・・・、尽きたら生産魔法で適当に遺跡の破片を使って矢を作ってしまいましょう」


「おっけー、あたしちょっと周りみはっとくねー」


 なんとも緩いリンの返事を皮切りにして、私はもはや的あてと言ってもいい作業を開始した。


 一瞬の弦を放った時のやかましい音と、一泊おいて鳴る爆発音、その数は二十は越えただろうか?

 

「ふふん、ウニねまるで」


「うにー?」


「海の食べ物よ、今のヤドカリみたく棘がたくさんついててそれで見を守っているの」


 きゅるる、と大きく一度だけ鳴いたヤドカリはそのまま動かなくなった。

 青色の血液が刺さった矢の隙間から伝うようにして漏れる。

 体の大半が殻で覆われていた為かそこまで凄惨な現場ではなく、やはりウニが陸の、それも遺跡のただ中に鎮座しているような奇妙な光景にしか見えなかった。


「およ?おわったー?」


「ええ、やっとよ・・・。硬すぎよ、この子。でもこの殻を生産魔法で形を整えてあげれば今の盾よりも立派な物が出来るわきっと」


 これほど硬いのだ。物理防御はたいそう期待が持てるだろう。


 リンはヤドカリに近付いてまじまじと殻を観察し、


「確かにねー、クロエのその弓で撃った矢が半分くらいしか刺さらないのはそーとー硬いねぇ」


 とヤドカリの防御性能の高さを評価する。


 リンが尚もヤドカリを色んな角度から観察していると、突如としてヤドカリの死骸が淡く発光しだす。


 これは・・・、もしや。


「っ!!クロエっ!これ、魔導具の・・・!」


 魔導具がそろそろ出て欲しいなぁ、とは二人してぼやいていたが内心では「まぁ今日は出んべなあ」と気長に構えていた為こんなに早く魔導具の出現現象に出会うと思っていなかった。


 リンはそのせいか魔導具の!魔導具!としか言えず急な邂逅によって湧いた感情の処理に忙殺されているようだった。


「はいはい。落ち着いて、落ち着いて?そうね、魔導具が出てくる時の条件と同じね、これ」


「だって!今日魔導具が手に入るとおもってなかったもんっ!クロエはなんでそんなれーせーなのっ!」


 両腕をわたわたと振り回しながらそう言って発光しながら溶けるようにして小さくなるヤドカリの死骸に目をやる。


「そりゃあ、ねぇ。目の前でそんなに驚いているリンがいたら冷静にもなるわよ。もちろんびっくりはしたけれどね?」


 自分より怖がっている人間がいると、と言うやつだ。

 だがリンにも言ったとおり驚いたのも、魔導具というファンタジー要素の塊との邂逅にワクワクしているのも事実だ。


 なにせ初めての魔導具なのだ。ここがダンジョンの一番浅い層で、恐らくかなり弱い魔物からのドロップ、性能は恐らくお察しレベルだろう。

 だがそんなことはどうでもいいのだ。こういったものは気持ちが重要であり記念にもなるのだ。


 目の前の光に包まれた死骸はその姿を変え、やがて銀細工の美しいスプーンになった。


「んぅ?これ・・・スプーン?」


 ひび割れた遺跡の床に落ちているスプーンを手に取ってみせるリン。


「そうね、綺麗な細工ね。植物を模してるのかしらこの模様・・・」


「うん。って、違うよっ!これが魔導具ならMPを使えばこのスプーンの魔導具としての効果が分かるはずっ!」


 私としては前述した通り性能面は正直注目していなかったがリンはそうでもないらしく、MPを使ってスプーンを使用する。


 が、周囲や使用したリン自身にも変化は感じられないように思え、私は疑問を口にする。


「スプーン、使ったのよね?」


「うん、多分?うーん、このスプーンは魔導具としてはなんなんだろう?」


 そこから色々と検証や時間を掛け、なんとかスプーンの形状の魔導具の効果が分かった。


 分かったのだが、


「んー・・・、周りがちょっと涼しくなる、だけ?」


 そうなのだ。

 このスプーン、MPを使って魔導具として使用すると周囲がほんの少しだけ涼しくなるだけなのだ。


 直接スプーンを触っても変わらず、エアコンの冷房を弱でいれている程度の涼しさがあたりを包む。


「ま、こう言うのは記念よ、記念。初めて魔導具がドロップした。その事実が大事でしょ?」


「う、まあ、そうだけど。でももうちょっとなんかさー、こうさー」


 半分くらいは納得できるが、いやでも・・・。多分リンの心情としてはこんな所なのだろう。

 私としてもスプーンとしての形状と魔導具としての効果のチグハグさに困惑とやはり完全にランダムで誰かの意思が介在する余地も無いのだと理解する。


 ダンジョン、というからにはボスやダンジョンの支配者の存在を疑っていた。

 そうして魔導具とはそのボスが作っているのでは?とも。出る魔導具の効果や性能を決めているのでは、と。


 だがこのスプーンや他の冒険者からの聞き込みから分かる魔導具の形状、効果を聞く限りそんなとこは無く、適当に人の文化からランダムに選んで、これまた適当にランダムに効果が付けられているのだと思う。


 自然現象で、偶々そういう風になった。と認識するべきなのだろう。


「いいや、もう。食事の時に使えるしスプーン」


 どうやらリンは魔導具として期待するのは止めたようで純粋にスプーンとして使うという事で折り合いを付けたようだ。


「今回の成果はスプーンだけね。一旦帰ってもいいけれど」


「んー、まだレベル上がってないし。クロエ今レベル9だよね?10になるまで少しここで探索続けようよ」


 猿との戦闘では余裕だった。ヤドカリは近距離での鋏は脅威だが鈍足に過ぎるのでほぼ無害と判断。


 流石にこの遺跡群にこの二種類だけとは思えないが、今の所この二種類は問題無しと判断。

 消耗は殆ど無し。続行しても大丈夫だろう。


「分かったわ、でも一旦休憩にしましょうか。探索前にちょっとした贅沢を、ってね?」


 生産魔法で作ったポーチに入れたパンを取り出してアピールする。


「うんっ!じゃああっちの遺跡がちょうどいい感じの広さだからあっちでゆっくりしよ?」


 リンが元一階建ての大きな窓が一つついた住居を指しながらそっちに移動する。


 しかしこの遺跡は遺跡となる前は街だったのだろうか?このダンジョンに、街?

 ダンジョンになる前か、はたまたダンジョンの特性として過去の廃墟や遺跡を吸収でもするのだろうか、考えれば考えるほどダンジョンの中にどうしてこの様な建造物があるのか分からなくなる。


 まあここでいくら考えても答えは出ないのだが、考察する、というのは存外に楽しい。

 今度時間があるときにでもリンと一緒に頭を捻ってみるか。


 私はリンに続いて歩き、滑車弓を降ろして一息つく。

 一旦休憩だ。

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