第109話 遊び心
それは160cmあるかないかというリンの身長の半分ほどの人形であった。
私と同じく関節に球体を埋め可動域を確保し、サイズこそ小さいが女性らしい起伏に富んだ体型に穏やかな表情を浮かべた女性モデルの人形。
ただ一つその柔和な顔つきに反し、肩に担いだ武器のみが相反していた。
「おー……クロエとおんなじ人形だ。これがあたしの代わりにダンジョンで魔物を倒してくれるんだね?」
「そうよ。どうかしら、気に入った?」
リンが人形を手に取って眺める。
黒を基調とし随所に青いアクセントをあしらった服装は、だが過美では無く嫌味にならないようになっている……と思う。
ふんふん、と納得したような顔をしてリンは
「うん!すっごく可愛い!あたしの子でいいんだよねこれ?」
「もちろんよ」
「でもさクロエ?この武器……見たこと無いけどなあにー?」
唯一違和感を覚えたのであろう箇所にリンが言及する。
リリエルも先程から気になっていたのか人形が握っている武器を観察している。
「これは……マグカップですか?」
そう、私が遊び心で作った武器とはマグカップだ。
入れ物としても使え取っ手がついてる為殴りやすい。
よくよく考えればこれほどまでに使いやすい物は無いと私は思う。自分で使うのは御免だけど。
生産魔法で創世樹街の路地裏や武具店等から譲ってもらった廃棄予定の鉄製品などを使った鉄製のマグカップ。
もとは廃材とは言えそれを生産魔法で自由に形を変えれるとなれば不純物や酸化した部分の切り離し等によって純鉄に近しいまでに修復した後に作ったもの故に、その見た目は綺麗なものだ。
くらい灰色のマグカップ、その側面には大口を開けて呑み込む仕草をしている蛇のイラストがつけられている。
「あ、もちろん普通のハンマーもあるわよ。このマグカップは私の、んー……遊び心かしら?」
保険として作ったハンマーも見せる。こちらは何てことは無い普通のハンマーだ。
「んーならいいや。とりあえず使ってみないと分かんないしねっ!」
リンは私の遊び心を許してくれたようだった。
それよりもこの人形を自分で動かせることの方が楽しみであまり気にしていない、という感じだろうか?
「このサイズの人形が持つには大型ですね……これもう動かせるんですか?」
「あぁいや、まだ付与魔法をかけていないわ。ハエとかと違ってサイズも素材も良いものを使ってるから沢山の種類の付与魔法な掛けれるからちょっと待ってね」
付与魔法も万能では無い。私だってハエに考えつく全ての付与魔法をつけれればと何度思った事か。
幾つか付与魔法には制限があり、それによっては付与魔法の内容や数に縛りがついてしまう。
それは素材や付与内容の複雑さ、正確さによって付与の成否や数が左右されるというものだ。
当然、ハエのような小さなものには大雑把なイメージの付与魔法を一つか、しっかりと内容や具体的な理論や仕組みをイメージした上で精々二個、あるいは三個つけれるかになる。
その点で言えばこの人形はハエに比べた場合ではあるがサイズが大きく、使われている素材も良いものだ。
付与魔法の数もその内容もかなり自由に出来る。
「えぇっと、私の特性を参考に……素材があればそれで体の修復を出来るように……あとは手元のコレで操作が出来るようにして……」
複数の付与の後、やっとリンの分の人形が完成する。
付与の内容はMPを消費し腕力の上昇による攻撃力の上昇等、火力の面での付与が多めで唯一違う付与と言えばその辺の素材を元に破損部位を回復出来る事と、遠隔操作が出来るようにした付与くらいだ。
「はい、出来たわ。リンの分よ」
「わあいっ!これどうやって動かすのーっ?」
「これで操作出来るわ」
リンの質問に私は非情に馴染みのある……少なくとも私にとってはではあるが、とにかくそれを渡した。
それは十字の方向キーと、複数のボタンがついたもの……なんの語弊もなく正しくコントローラーだ。
人間の体とは複雑極まる神秘の集合体のようなものだ。
いちいち細かく膝を曲げて……次にかかとが……次に、などと全てを操作出来るようにするのは操作する側も負担となる。
故にゲームのキャラのように歩く、走る、攻撃、ジャンプなどゲームのように簡単な挙動のみ可能とする事で操作側の負担軽減をした。
「これで動かすのー?」
「そうよ、こっちの矢印が書いてあるボタンを押すとね……」
「わあっ!動いたっ!」
リンに手渡したコントローラーの操作によって人形が動く。
その挙動は私よりも人形に近く、決められた動作の中で自由に動いている、という印象を受ける。
人形がマグカップを豪快に振り下ろし、地面がえぐれる。
破片が飛び、その中心で表情を変えることなく穏やかな顔して立ち尽くす人形……絵になるわね。
「その調子でちょっと一人で色々試してみなさいな。私はリリエルの分を作らないといけないから、ごめんなさいね」
はーいっ!とすっかり新しい玩具に夢中になっているリンから視線を外し、先程からそわそわしているリリエルととういう人形がいいか話し合う。
「さ、お待たせ」
「えと……バレてました?」
「そりゃそんなに早く私の分もって視線を向けられたらねぇ……」
「うぅ、いいじゃないですか。リリエルだけのものって思ったら我慢出来なかったんですもん……。早くリリエルの、作りましょうよ」
指摘されたのが恥ずかしかったのか人形のデザインの話に流されてしまった。
あまりイジめすぎても良くないわよね、ここは乗ってあげましょう。
リリエルとの話し合いで出た案は二つ、リンとは違って遠距離からの攻撃。それと隠密性の高い見た目である事。
「それだけでいいの?見た目とか、もっとリンみたく色々と言ってもいいのよ?」
「えっと、でもこれってあくまでレベルを上げる道具ですから……あんまりそういうのは」
ふむ、ちょっと真面目が過ぎるわねリリエルは。
肩の力の抜き方が分かっていないのか、目的だけを意識しすぎでいる気がする。
そのための遊び心でのマグカップという意味もあったのだけれどね……私が率先してはっちゃければ、空気感というか雰囲気として「あ、結構自由でええんや」ってなってくれるかなと思ったのだけれど……。
「うーん。ねぇリリエル?確かにこの人形の目的はこれを使ってレベル上げをする事よ。でも別にその方法なんかまでは指定されていない、でしょ?」
私が何を言いたいのか、この話の意図は何か必死に思考を巡らせているのであろうリリエルに続けて言葉を掛ける。
「つまり、言われてない所は迷惑を掛けなければ好きにしちゃえばいい、そう思わない?」
「えっと……でも」
尚も躊躇があるのか頷く事をしないリリエル。
「それにねリリエル。いっつも真面目にやってたら疲れちゃうでしょ?私みたいに好きにすればいいのよ、迷惑はなるべく掛けないようにしなきゃだけどね。もしそれでも何かやらかしたら謝ればいいのよ。そうしたら私やリンが一緒になんとかしてあげるから」
「そういうものですか?」
「そうよ?それにほら、私だって好き勝手やってマグカップ武器にしちゃうくらいには遊んじゃってるんだよ?ならリリエルが自由にしちゃ駄目な事なくない?」
笑ってそう問い掛ければリリエルはそこでようやく自由に、遊んじゃってる私に気付いたのかホッとしたような表情で「……じゃあ」と言って今度は性能の面だけでなく好みの見た目や武器の形状について色々と話してくれた。
その話を参考に、時々一人で遊ぶのに飽きたのか私に絡んでくるリンの相手をしながら作業する事ちょっと……二体目の、リリエルだけの人形が完成した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます