第108話 人形制作
翌日、太陽が登り始めて暫くして二人が起きた。
「んんぅ〜っ!っはあ、おはよクロエ」
「はい、おはようリン。その可愛らしい寝癖を治してきたら、朝ごはんにしましょ?」
気の抜けきったはあい、という言葉と共に洗面所へと消えていくリン。
それを見送りながら今日の朝ごはんを作る。
リンは朝も沢山食べる。が、リリエルはそこまででも無い。
というよりリリエルは長年の不衛生かつ不健康な生活で胃が収縮しているのか、美味しいものを食べたいという欲求は強いがすぐに食べれなくなってしまい、いつも悲しそうにしているのを見る。
献立の内容は薄く切った食パン、それに目玉焼き……最後に馬車の屋上、リンの植物魔法の元、管理、育成をしている畑から取れた野菜をボウルに入れてテーブルに置いておく。
「リン、貴女パンは今日何枚の気分かしら?」
洗面所で顔を洗いながら、
「三枚ちょーだいっ!リリエルもう起きた〜?」
「まだよ、ちょっと起こしてくれない?」
朝御飯は皆が揃ってからと決めている。
皆が食卓について、いただきますと言ってから食べるのだ。
ここだけ切り取ればまだ自分が日本にいるのではないかと錯覚してしまう程に、私達の家庭は穏やかだった。
リンがリリエルを布団の中から掘り起こす。その第一声はおはようではなく、早くご飯食べよ?なのがちょっとおかしくって焼いていた目玉焼きの一つをほんの少し崩してしまった。
「おはようリリエル、うちの食いしん坊のお姫様が我慢出来ないみたい。起きれそう?」
起きたばかりだからか、どことなく鋭い目つきであたりを見回して……それからほう、と息を一つ吐くリリエル。
「
それだけ言って暫く静止していたリリエルが、やや時間をおいて大きく伸びをして洗面所へと向かう。
そうしてリンの後を追うように軽く朝の身支度を終えたリリエルが食卓につく。
二人がちゃんと座ったのを確認し、手を合わせ、
「いただきます」
と三人で言う。
リンもリリエルも当然その意味は知っている。
私が教えたのだから。
命を『いただきます』貴方の生命を奪い、それを糧とします。
本来いただきますとはそうした弱肉強食の非情さの中に僅かに見出された唯一の善性とも言うべきものなのだ。
決して疎かにしてはいけない。出来ようはずもない。
生憎この人形の体に食道も胃も無いが、それでも料理に関わる以上は欠かさず言う。
私達全員が命に感謝して食事をとる最中、話題の中心となったのは昨日の検証の件であった。
「そうそう、昨日の夜のうちにあの大猿無くしたわ」
「んぅ?あっ、言ってたやつ?なんだっけあのハエで倒してもレベルが上がるって話だよね」
少食なのもあって既に食べ終えかけているリリエルと、未だ美味しそうに朝御飯を食べているリン、二人の注意がこちらに向く。
「うん、そう。その話、結論から言うとちゃんとレベルが上がるわ。それでね?私としてはここを離れた後もダンジョンでレベル上げをする為に私全員分のも作っちゃおうと思うのよ」
「作る……というとあのハエみたいに遠くから動かせるやつをですか?」
「そうよ、でも偵察用だなんて言わずにがっつりと攻撃性能の高いものを三人分作って、暇な時とかにそれでレベルを上げちゃおうと思っていてね。今日一日私はそっちに集中したいの」
元々この創世樹街へと来た理由はレベルを上げる為と、リンの可能性を潰したくなくて、彼女が少しでも友人と呼べる存在や心の傷を治す出会いを期待しての事だった。
結果としてリリエルという似た境遇故の共感者を得、リンの良き友人となってくれた。
なればここに留まる理由はもはや無い。
私達がわざわざとダンジョンへと赴かなくて済むのであればそれが一番であり、様々な陰謀や策略、差別等に巻き込まれずメリットのみを享受出来る手段が見つかった以上その選択肢を取るのに躊躇はいらない。
「えー……」
「あら、リンは反対?何がやーなの?」
今日の予定はこんな感じか……と思っていたがリンからは納得のいってなさそうな声が漏れる。
「昨日も結局クロエだけ違うことしてたじゃーん。一緒じゃなきゃやだよう」
「作業している時も近くにはいるわよ?」
「そーじゃなーいー……」
んんぅ、ダメ元で言ってみたけれどやっぱり駄目か。
リンの主張はわかっているつもりだ。
要は一緒に何かをする、成否はともかくとして共有する事がリンの要求なのだ。
子供が親と一緒に遊びたがるのも恐らくはそれだ。
私といて欲しい、構ってほしい、放っておかないで!という無意識の発露が子供にそうした行動を起こさせ、そしてその結果の報酬しとて、親からの愛情の確認や理屈や理論を置いておく程に自分を優先してもらえた優越感を感じるのだ。
ならば私がここでする事は……
「んー……じゃあいっそ三人で作る?今日は情報収集一旦置いといて、それぞれがどんな形の物が欲しいか考えながら自分だけのデザインのを作るの」
「わ!それいいねっ!あたし、それしたいっ!」
周辺地図等であれば面倒ではあるがそれこそ偵察用のハエを上空に飛ばしながら旅をすればいいのだ。
そうすれば敵襲の類や街の発見等、文字通り偵察だけはそれで済むのだ。
街の情勢や交易品、様々な内部の事柄は不透明にはなるが、それはまあしょうがないと諦めてもいい。
それらを知りたい理由は私達の生活の質や料理の質の向上の為に欲しいというだけなのだから。
「リリエルもそれでいい?」
「あっ、はい。リリエルも欲しいです。早く作りましょう」
リンさん早く行きましょ、とまだ食べかけのリンを急かすリリエル。
「ちょ、ちょっとリリエル焦らせないでよっ。クロエのご飯は美味しいんだからゆっくり味わいたいのっ」
結局リリエルの無言の視線に耐えかねたのか自身も楽しみにしていたからかリンは急いで残りを食べ、三人で馬車の外へと出る。
さて、ダンジョンに置いていくものの形状に関して、私は二人に意見を聞く。
「えっとね、あたしは一撃で潰せるやつがすきっ!」
リンらしい意見だ。ハンマーとか重量武器好きそうね。
「えと、遠距離から一方的に倒せるのがいいです」
ふむ、性格が出るわね。じゃあその方向でとりあえず二人の遠隔操作出来る製品を作りましょうか。
「わかったわ、じゃあとりあえずリンのからいきましょうか」
といってもリンの身長の半分ほどのサイズか本来の意味での人形サイズの人型が限界だ。
要望通りに、小さな人形を作っていく。
私と違ってこの子に意思は無いが、リンに代わってダンジョンでリンの為にレベルを上げてくれる使い魔とも言うべきものだ。手は抜けないし抜くつもりもない。
まずは素体……一般的な球体関節人形をまず作っていく。
せっかくなら美人がいいわよね?サイズがただ小さいだけで体型や顔立ちは大人の女性のそれをイメージして作る。
リンの要望は一撃の重いものだ。
ふむ、生身の人間ではないのだから遊び心を発揮してもいいか?
念の為リンが嫌だと言ったようにちゃんとした武器も作りつつ、私の趣味や遊び心を発揮した武器も作っていく。
「んー……顔つきはやっぱこういうでかい武器使うなら御仏のような穏やかな顔であるべきよね、やっぱり」
容赦無く叩き潰しておきながらその顔は穏やかで自愛に満ちている……なんてフレーバーテキストいいわよね。
それから二時間ちょっと、三人でここの顔のバランスが……とか、もうちょっと太ももは大きい方が体幹が、とか言い合いながら人形が完成した。
「さ、リンの分が一応出来たわよ。修正も簡単だしすぐに出来るから意見を聞かせてちょうだい?」
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