第107話 熱も情も無い戦闘

 アリの巣に、あるいは蜂のそれに爆竹を入れた経験はあるだろうか?

 安心で安全だと思いこんで、じりっ、と張った緊張と警戒の糸を唯一野生を生きる動物が緩めることの出来る安息の地。


 そこに現れた、現れてはいけない危機とも呼べる事態。

 巣の安全を確保しようと動くもの、巣から逃れようとするもの、事態に対応出来ず立ち尽くすもの、そうしたもので溢れた巣。


 虫や動物が普段見られない動きをし、混乱という言葉を体現する。


「ハエにちょっとした武器をつけておいて助かったわ。さすがに硬い筋肉とか毛とかには効果は全く無いけど……体の内部はそうじゃないものが多いものね」


 既に頭部を荒らせるだけ荒らした、夥しい量の出血によって体内から押し出されてしまったハエからの映像は騒乱の只中のねぐらだった。


 体内の映像は肉ばかりでよく分からなかったが、多分あの出血量なら脳のどこかしら大事な部分でも壊れてただろう。

 そうじゃなかったら次は肛門とか鼻とか、別の部位から再侵入して壊すだけよ。


 大猿が叫び、自身の頭を何度も殴り必死に頭痛の原因を消そうとしている……ように見える。

 大猿からすれば災難としか言えぬだろう、ねぐらで寝ていたら急に頭が痛くて頭部に空いた穴という穴から血が止まらず、思考がまとまらない……そんな所だろうから。


「懐かしいわねぇ〜、リンと初めて出会った時くらいだったかしら?六本だか八本足の猪の頭を突き刺してぐりぐりした時もこんな感じで苦しんでフラフラしていたわねぇ」


 どこ破壊したらあんな風な挙動になるのかしらね?

 内部データでバグが発生してるNPCキャラみたい。


 なんでしたっけ目の中に棒突っ込んで脳の……前頭葉とか?なんとかを破壊した患者とかあんなんだったと聞くわね。

 精神疾患や脳機能の破壊によって、幻覚症状を発症たしりして拘束衣に身を包まれてパニックルームでおよそ人間とは思えない挙動でふらふらと歩く……。


 大猿が今ちょうどそんな感じね、手当たり次第に暴れてたと思ったら次の瞬間には遺跡の残骸を愛おしそうに撫で付けたり、その後すぐに自分の糞を全身に塗り付けて雄叫びを上げたり……結構いい感じじゃない?


「あの感じなら放っといても死ぬかしから?暫く観察しておきましょう」


 あの大猿倒したらレベルどれだけ上がるかしら、付与魔法とかもうちょっと自由が効いたらなぁと思うのだけど、色々楽しみねぇ。


 なにより労せずして敵を倒せるのがいいわ、強敵との戦闘、だなんて疲れるし良いこと何もないもの。

 漫画や小説では頑張って倒したたっせいかん!とか言われているけど現実じゃまっぴら御免よ。


「あ、そろそろ死ぬ?」


 時間掛かったわねー、もうねぐらもボロボロじゃない。


 別に体は凝り固まってはいないが、なんとなく伸びをする。

 時間にして一時間とかそんくらい?

 生命力の高い個体はこれだからいけないわ、ねぐらは血だらけでボロボロの半壊状態……仲間の猿も散り散りで大猿の死体だけ……酷い末路ねぇ。


「さてはて……レベルはっと……、三つも上がってるわ。やっぱ強敵だったものね」


 ああいう強敵はまともに攻略しないに限るわ。

 

 レベルが上がって、丁度二十になった。

 だが別段節目になったからと言って特別な事は何一つなく、付与も生産もそのままだった。


「さて……案外早く大猿の駆除が終わってしまったわね。どうしましょ……私もギルドに情報収集しに行くかしら」


 今日情報収集してないじゃん、って言われちゃったしちょっと挽回しなくちゃね。


 方針を決めた私は一階層で待機しているハエを創世樹街へと戻し、次の仕事に取り掛かる事にした。

 



 創世樹街のギルド、その受付の奥の一角に身を潜めて会話を盗み聞く私のハエ。

 その会話の内容のほとんどは取るに足らないものばかりだった。


 夜も深く、不要ではあるが精神の回復という意味でそろそろ睡眠するべきか、という選択肢が私の頭に浮かんだタイミングで、見知った人間の声が聞こえ意識が映像端末に戻る。


「第二討伐隊への参加は亜人も視野にいれるべきです。彼らは冒険者よりも卑しく、下賎な産まれの劣等種ですが、それでも能力の高さや驚異的な身体能力には目を見張るものがあります」


 私達に何度も面倒な依頼を寄越し続けてきた、あの受付にいた男だ。

 なにやら上司と思われる人物を説得しようとしているらしいが、上手くは……行っていないようだ。


「あぁ!?つまりはなんだ、人間よりもあんなゴミ屑どものが優れているってのか?あんな畜生と交わって産まれたような連中に!?」


「いえ……ですが冒険者の中には有用な者も多くおります。それらを無闇に消費するよりは、まずは死んでも問題ない劣等種から消費するべきだと……」


「はっ!その有用な冒険者ってやつは、こういう事態に投入せずにいつ使うってんだ!いいか、あの虫けらどもは絶対に使うんじゃねぇ!」


 随分と亜人差別に熱を入れているようね?それも、普通の人間よりも激しく。

 リリエルが言っていた亜人差別を是正している宗教の信者かしら?


 声だけじゃくて姿も見れたらいいのだけれど、見つかったら面倒よね。


 それにしたって意地ねぇ。

 人間だけでやってやるって譲らない姿勢がある意味凄いわ。


「くっ……!わかり、ました。そのように、進めます」


 受付の男はそれだけ絞り出すように言うと自身の仕事スペースだと思われる場所へと帰る。その背中は心なしか怒っているようにも思えた。


 彼が少し気になり、周囲の人間が少ないタイミングで彼の仕事机の裏に入り込む。


 唸るような、歯痒さを押し殺したような声が漏れるのを聞く。


「なぜ分からないのですか……!例えば同じレベルの人間と亜人では、どう考えても亜人のが強いのです。純然たる事実を受け入れて、利用出来る者を最大限使う……何故こうもいらぬこだわりを……!」


 あぁ、ね?受付のこいつからしたら人間と亜人との確執とか、数段劣っているという事実はどうでもいいっぽいわね。


 ただ仕事として必要ならそれが路地裏でゴミと虫を食べているストリートチルドレンでも遠慮無く、躊躇いなく使うというスタンスで、上司とはウマが合わずに……とかそんなんかしら。


「少なくともあの女……クロエとか言った女は怪我の一つも無く毎日ダンジョンから帰還している実力者でもあり大猿の情報提供元……あの女さえ使えればっ……!」


 うわ、私を案の定大猿にぶつけようとしてる。

 馬鹿ね、従うわけ無いし大猿はもう私が処理したから、二重で馬鹿ね。馬鹿馬鹿よ。


「お願いされたってイヤだわ、阿呆ね」


 映像越しに聞こえるはずもない罵声と嘲笑を受付の男に浴びせる。


 さて、それじゃあ聞きたい事もだいたい聞けたしもういいわ。


 ハエを操作して私達の馬車へと帰還させる。


 その際に聞こえた受付の男に報告に来たであろう部下との会話は別段どうでもよかった。

 ただ部下と上司の板挟みって大変ね、としか。


 中間管理職ってやつなのかしら、彼。

 そのうち禿げるか、ストレス性の過食か拒食になるか……私達に面倒な依頼を押し付けた罰としてその姿を見てみたかったのだけれど……残念ね。


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