第110話 二つの人形

 リリエルの人形を作成し終えてすぐ、リンからの提案で二人の人形が互いを破壊せんとそれぞれの得物を振り下ろし、突き刺し、血を見ない争いを繰り広げていた。


 リンの人形がそのマグカップの形状をした武器でリリエルの操る人形を完膚なきまでに壊そうと追いすがる。

 それに対抗しリリエルの人形は、徹底した引き撃ちで安全な距離とダメージの両方を稼いでいた。


「むぅーっ、リリエル逃げるーっ!」


「流石に喰らったら無事では済まないですから……ねっ。ッ……!危ないですね、当たりそうでしたよ」


 馬車の一階、奥に設置している大型のベッドが置いてある方向の壁に設置した大型の薄い鉄板、そこに二人の人形の視点が映像として映されている。

 そしてその二つの視点を操作しているのが、コントローラーをしっかり握るリンとリリエル。


 表向き、あるいは建前としてはダンジョンに二体の人形を放つ前の操作練習としての模擬戦と称したそれは、二人の背後から眺める私からすれば休日に対戦型ゲームをしている子供二人のようだ。


「あっ……」


 リリエルの操る人形……派手に主張しすぎない程度の桃色を基本とし、随所に黒いリボンをいくつもつけたふわっふわのドレスを着た人形がバックステップを繰り返し必死に逃げていたが、その戦法もついにはリンの人形に首を掴まれてしまう。


「やっ……、待って……っ!」


「それいっ!!」


 リリエルの静止を待たずにリンの人形は握っていたマグカップを手放し、拳を何度も何度も顔面に叩きつける。


 リリエルの人形の持つ得物は拙い私の銃知識の中で唯一形状が好み、というにわか丸出しの理由でしっかり記憶していた銃、昔の大戦で使われた軽機関銃であった。

 機関銃故に得物は長く、取り回しに難がある。


 つまるところ、あのように近距離で掴まれた場合抵抗や反撃が困難であり、そのような事態になる前に対処するのが望ましいと言わざるを得ない。


「やったーっ!勝ったあ!」


「うぅ……悔しい」


 そのまま反撃の兆しも無く勝負はついたようで、二分割された画面には全く反対の光景が映っていた。


 片方は地面に倒れ伏し青空と、黒と控えめに入れられた青色のアクセントのカジュアルな服装を着た人形が見える。

 もう片方は馬車のすく側の屋外にて、地面とそこに生きていない様に倒れた人形を見下ろす景色。


 同じ画面に映ったまるで正反対の景色に、喜ぶリンに悔しさに少しだけ涙目になっているリリエル。


「あらまぁ、リリエルの場合は近づかれた時用に近距離の武器を一つ作りましょうか」


「ほんとですかっ?お願いします、このまま負けたままは嫌ですっ!」


「なっ、リリエルだけずるーい!あたしもあたしもっ!」


 実際にダンジョンへこの人形が行った際の弱点の克服という意味が少しと、負けちゃったリリエルが可哀想で手を貸したくなったのが大半で助け舟を出してしまった。


「リンさんはさっき勝ったじゃないですかっ!それなのにまた追加してもらうなんてリリエルが勝てないじゃないですかっ!」


「だからってクロエに頼んないでよっ!ずるじゃん一人だけクロエに色々してもらうの!ねっ、クロエもそう思うでしょっ!?」


「まぁまぁ、喧嘩しないで……それじゃあこうしましょう?リンには戦闘には関係無い、ダンジョンでこの子が活動する上で便利な道具を一つ作ってみるわ」


 どっちにも作る、けれど二人の次の勝負でさっきの焼き直しにはならないように提案する。


 リンには便利な道具を、リリエルには武装面での強化を。

 これなら二人の要望を同時に叶えられるだろう。


 私の提案に二人はそれならまぁ……と納得し矛を収めてくれたようだ。


「じゃあリリエルの人形にはそうねぇ、ハンドガンでも作りましょうか」


「それってどんなやつです?」


 首を傾げるリリエルに簡単ではあるがハンドガンの説明をする。


 小型かつ近距離でも取り回しが容易であり、反動も少ない銃だと言う事、そして今回もその内部構造には付与魔法による小爆発を用いて弾丸となるものを飛ばす、厳密には銃の構造や設計理念を真似たよく似た何かである事を説明する。


 これでリリエルと二人して作ったやや古臭いモデルの軽機関銃の弱点をカバー出来るサブアームが出来たはずだ。


「あぁ、そうそう。それとコレね。この四角い箱の中に石だったり木だったり、色んな素材を入れたら勝手に弾丸の形に削り出してくれるから」


 これもリリエルの人形の背中に背負わせてね。と二つ渡す。


「ありがとうございます、クロエさん。リンさんっ、もう一回やりましょうっ!次は負けませんからっ!」


「ふふん、そんなちっこいの一つでどうにかなるもんかっ!」


 新武器を人形の腰に挿したリリエルがそう宣言をすれば、リンも負けじと応える。


「それじゃあその間に私はリンの人形に渡す道具を作るわねぇ」


 既に私の方を向いておらず、人形を使っての戦闘に夢中なリンが「はーい!」と返事の声だけはよく返す。


 もう本当にゲーム画面と変わらないわね。私がそう作ったから当然なのだけど。

 HPの残量が分かるようにもしたのが決定打だったかしら?必要だからつけたのだけれど……。


 人形の体というのは疲労やダメージと言うものに酷く無頓着で、それ故に無茶が出来る。


 確かにそれはメリットとなるのだが、時に足が致命的なまでに壊れているのに走ろうとして盛大にすべって転んだり、肩のあたりが外れかけているのに振り回してすっぽ抜けたり等、それがデメリットにもなり得る。


 故に二人が夢中になっている画面の左上にはそれぞれ人形の簡素なアイコンと、そのアイコンの各部位の破損率を簡単にざっくりとだが色で判断出来るようにしてある。


 例えば今、リリエルの引き撃ちによって足に集中砲火を浴びているリンの人形。

 リンの画面の左上に表示してある人形のアイコンの足部分は安全、破損無しを表す緑色を経て今や損傷中度を表す黄色に変わっている。


 このアイコンを参考に自分達が操っている人形がどれくらい、どの部位がダメージを受けているか判断するのだ。


「くっ、このっ……ほんっと敵として会ったらうざいっ」


 一回目の試合と序盤は同じようで、引き撃ちを繰り返すリリエルにリンが苦戦している。


「リン?ちょっとお口が悪いわよ」


「むぅ、分かってるよっ!」


 熱中しすぎているからか口調がちょっと荒い。


「家族相手にそれ以上その調子だと私も怒らないといけなくなるわよ?」


「うっ……はあい。ごめんなさいクロエ」


「相手は私じゃないでしょ?リリエルに、でしよ?」


 意識して少し声のトーンを落として叱れば、流石に熱中していた頭が冷えたのか私に謝る。


 だが謝る相手が違う、それを指摘すればリンは素直にリリエルにもちゃんと謝って、また人形を使った戦闘が再開する。


 まぁあれくらいの歳の子達のゲームで、あんな戦法取られたら喧嘩になりかねないというのはそうだが……。

 というか大人でさえもSNSなんかでは害悪戦法やめろとか色々と議論が交わされるのだから、それに比べたら遥かにリン達の方が大人だ。


「もうっ!逃げるなら……こうっ!」


 大きな声と共にリンの操る人形がマグカップを地面に振り下ろし、地面と接地したままマグカップをリリエルの方へと押しながら突き進む。


「なっ、ずるいですっ!武器を盾にしながら突っ込んでくるなんてっ!」


 リリエルの人形が銃を打ち続けるも、鉄製のマグカップに弾かれ甲高い音を立ててあらぬ方向へ弾が跳弾し、リンの人形に当たらない。


「ふっふん、このまま今回もリンの勝ち〜」


 リンの人形の分の道具を作りながら横目に見る試合展開は、このまま行けば前回の焼き直しになるが……どうなるだろうか?

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