第49話 依頼主の思惑は?

 依頼の準備をしながらも馬車にMPを流し、目的地へとゆっくりと前進を続ける。


 付与によって認識阻害と自動運転が付けられたこの馬車は通常の馬車のそれとは完全に違うものだ。

 馬の交換も、車輪の損傷も悪路も関係無い。


「ねぇ・・・やっぱりあたし分かんないよ。ううん、分かりたくなんか無い。獣人はきらいで済むけど、ニンゲンは駄目」


 馬車の中、二人用の大型ベッドでリンが私の胡座の中で呟く。


「なら、まぁそれでもいいわ。でも自分から積極的に殺しに行くのはやめて頂戴よ?そんな事する暇があるなら私と一緒にいて欲しいわ」


「うん・・・」


「それに、関わらなきゃいい話ではあるしね。最終的には私達二人だけで人のいない所で暮らしたいと思っているの。でもね?それを達成するまでの間で、人から睨まれたり命を狙われる事態は避けたいのよ」


「うぅ・・・」


 正論ばかりで詰めすぎたかしら・・・。子どもには寄り添う様にしてあげなくては。


「だからね、リンはあいつらと関わらなくても大丈夫なのよ?面倒な人間との関わりは私がしてあげるから。だからお願い、自分から人間を殺しに行かないで?」


「ニンゲンが復讐に来るから?」


「ええ、あいつら虫みたいに湧いてくるのよ。それにね、私達二人でも勝てないやつもきっとこの世界にいるわ。そいつに狙われたら私達おしまいよ」


 クロエでも勝てないの?と聞かれたのでそうよ、と返すと信じられなーいと体を左右に揺らして可愛らしい抗議をしてくる。


 揺られるままにして私は今回の賊狩りに必要な事や物を考える。


 あの受付から見せて貰った地図によれば賊の出現予測場所の近くに村が一つあるようだ。


 恐らく次に狙われるのはその村か、あるいは村から移動する一団や旅人だろう。


 まずは聞き込み等から大体の賊の構成人数などが分かればいいのだが。

 本当に、あの時あの受付の野郎から地図をかっぱらわなかった事を後悔している。


 紙は現代地球でこそ文字通り履いて捨てる程、だがこの異世界では恐らくそうでは無い。

 だから受付は一度見せたらさっさと地図をしまってしまったのだろう。


 貴重品でありあの地図も何かの動物の皮の様に見えた。

 製紙技術の発達はずいぶんと先と見ていい。


「クロエー、依頼の場所おぼえてるのー?」


「もちろんよ、人形は一度見たものは忘れないわ。思い出せるかは別だけれど」


 図書館の司書とて、全部の本を把握はできまい。人形の完全記憶とはつまりそういう事だ。

 覚えているのと、思い出すのは別。


「というかさぁ、あの受付の持ってた地図もずいぶんいい加減だったよねー。それにきったない紙使ってたしー。クロエの作る物とぜんぜんちがうねー」


「リン、その事だけれど・・・」


「ん、わかってるよー。ひみつ、でしょ?大丈夫だよー、クロエ以外とあたし喋らないし、喋れないし」


 リンには私の作る物や技術、知識は絶対に他に漏らさない様に言っている。

 これはお願いでは無く、絶対だ。


 欲の深い人間がいっぱい奪いに来る、と教えたらわかった!っと頷いてくれた。


「それよりさぁーあとどれくらいで依頼?の場所につくのー?」


「んんぅ?まぁこうやって移動してきてだいぶ経つし、あと二日くらいしたら近くの村に着くわ。運が良ければ村に向かう街道で賊に出会えるわ」


「運がわるければ、じゃないー?」


「うん?この場合はそうなる、わね?でもレベルは高くても六らしいわよ?」


 過去の創世樹街での聞き込みで、口とガラの悪い冒険者の話曰く、レベル六は『ようやく糞付きのおしめを脱ぐ事を覚えた程度』らしい。


 要は初心者からやっと抜けたか?という程度だ。

 現在の私達のレベルから言えば、楽勝どころか四肢をちぎった蟻が対戦相手です、と言われた様な物だ。


 これも依頼相手は考慮しているのだろう、自分よりも遥かに弱い相手に対して叩き潰す快楽に任すような大人げ無い存在か?

 あるいは彼我の戦力差に胡座をかいた挙句、油断して屍を晒す阿呆なのか?


 それを確認する意味合いもあるのだろう。私には全く分からないが監視の類も近くにいるのだろう。

 そして私達の今回の依頼での対応を余すことなく創世樹街に伝える。


 この際馬車は仕方ない、認識阻害があるので不正確な情報が渡る程度に抑えれていればいいが・・・。


 となれば生産魔法も手の内も晒さない方がいい。

 閃光手榴弾の存在やリンの大盾の発光など、創世樹街と敵対した時を想定し、情報をなるべく渡したくは無い。

 ・・・滑車弓を使う時も工夫が必要か。


「あれ?腕一本にしちゃうのー?」


「正確に言えば束ねて一本にしてあるのよ。ほら、ちょっと不格好だけれど一回り大きい腕になってるでしょ?」


「わっ、ほんとだ。でもどーして?」


「多分だけれど、この依頼での私達の行動は監視されてると思うのよ。依頼をすっぽかさないかとか、悪い事しないかって誰かが、ね」


「あー・・・なるほどぉ?ニンゲンって気持ち悪いよね、そういう所」


 それがニンゲンよ、と返して生産魔法で束ねた右腕を見る。

 ・・・バランス悪い上に綺麗じゃないわね、これ。


 リンと並んだ時に不格好なのは少しいただけない。


「ってちょっと待って!?カンシされてるならこの銃も使わない方がいいのっ!?せっかく撃ちたかったのにっ!」


「あぁー・・・うぅん。ある程度やばい武器持ってて脅威だから手ぇ出して来るなよ、って牽制も必要?だと思うからいいわよ」


 銃があるからあいつあんなイキってるんだな、じゃあアレが無くなれば楽勝か、と勘違いさせれれば御の字・・・だといいな。


 それに手の内を見せなさすぎて、二階層をどうやって攻略したのか?観測出来てない武器があるのか?と警戒されても嫌だ。


 さらにそこから、じゃあなんで依頼で使わなかった、もしや監視に気付いて手の内を晒すのを嫌ったのか、と勘付かれる危険性もある事を考えれば、『私達の唯一の武器はこれだけですよー」と思考誘導を一時的でも出来れば安心だ。


「ほんとっ!わぁい、あのねっあのねっ!手の中で暴れるのがこの子すっごい面白いのっ!」


「ふふっ、そっか。良かったわね」


 なら今度もっとじゃじゃ馬な子を作ってあげるのもアリか。

 それから一見すれば平和に思える街道を征き、賊の出現場所からほど近い村に到着したのは、三日ほど経った後だった。




 馬車内は振動が伝わらず、快適そのものな為別段私としては退屈もせず生産魔法で過去に現代地球で見た本を再現して作ったりして読んでいる内に・・・という感じだったのだが、リンはどうやらそうではなかったらしい。


 元々体を動かしたり狩り等を好むリンにとって移動時間は退屈とまではいかないが愉快な時間では無かったらしい。

 加えて最近のこの季節、『馬車自体はゆっくりと移動しているからあまり離れなければ外で遊んでもいいのよ』と提案したのだが、数秒もしない内に戻ってきて『いくら付与で涼しくなってても一人じゃつまんない』とだけ言ってエアコン付きの馬車内に戻ってきてしまった。


「んに゛ぃー・・・、っはぁ。やっと着いたぁ。でも外あつぅい・・・」


「私が作った本もさすがに飽きてしまってたものね」


「いや、その・・・別に詰まんなかった訳じゃないんだよっ?でも、さすがにずっとはねぇ。体を動かしたくても暑いし」


 割とガチガチのインドア派の私とはそこらへん合わないな、と思いつつ馬車を降りる。


 村から徒歩で十分ほどの距離に馬車を留めた。

 そこは街道から少し逸れた場所で、足首ほどの高さの雑草があたりを覆い、それ以外で視界を遮りそうな物は見当たら無かった。

 ここなら奇襲の心配はいらないはずだ。


「さ、じゃあこれから適当に村で聞き込みをしましょうか?」


「んんぅ、クロエー。あたし残っててもいーい?」


「あら、珍しい」


 理由を聞けば、もう人間と関わらなくていいって割り切ったら、近くに行くのもなんかヤになっちゃった。と返ってきたので、私はそれに特に反論は無くすぐに帰ってくることだけ約束して街道を進む。


 いっそ賊が今襲ってこないかしら?

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