第64話 新設馬車……馬車?

「こんなものでいいかしら」


 新しくなった馬車を眺め、不備が無いか確認する。


 認識阻害……他者から視界には入るが注目されなくなる、漫画の背景のモブのようにそこにはいるが別段気にする価値も無いと誤認させる。


 うん、付与も問題無く付けれたようだ。


 馬車の車輪も、最初は車輪を増設していたが次第に悪路の走破性も必要だと思い改造した。

 具体的に言うのであれば履帯を付けた。


 これでは装甲の無い戦車なのではと思ったがまぁ、つまらないものは、それだけで良いものでは無いという言葉もある。


 かっこいいからいいだろう、というやつだ。


「本当に出来ちゃいました……クロエさんの魔法は便利ですね」


「欲しい物があれば遠慮なく言いなさいね、この通り対して苦労もせずに作れるのだから」


 だからといって物を大切にしないというのは嫌だが。

 どういう経緯で駄目にしてしまったのかによって作る、作らないは判断すべきでしょうね。


「でっかいねぇ、二階もあるんでしょ?」


「ええ、とりあえず入りましょう」


 入り口の場所を変え、やや左寄りの真ん中に。

 大きい物を搬入する機会もあるかと考え、通常よりも大きく作った扉を開ける。


 そこまで配置を変えたつもりは無い。

 それぞれの家具、ソファーであったり机であったり、それらを三人が座っても余裕な大きさにしたというだけだ。

 唯一の変更点と言えば風呂を右の角に作ったくらいか、そこそこの大きさで、さすがに私は無理だがリンが足を目一杯伸ばしても大丈夫な浴槽が自慢だ。


 扉の位置を変えたのもこの風呂場の影響だ。


 部屋の奥には横幅いっぱいに使ったでかいベッドが……リン?二人で寝るならこのサイズは余分よね?


 いわゆるキングサイズ?にあたるのだろうか、それが部屋の奥を占拠している。

 リンからの要望を聞いた時は必要か?とも思ったがレベルが上がってMPに余裕ができ、作れるものの幅が広がったものあった。


 前までのベッドは異世界基準で高級、地球基準で言うなら安いホテルの安いベッド。

 現在は地球基準で考えてもそこそこの値段のいいベットにする事が出来、私としても満足だ。


 夜寝るのが楽しみだ、人形の体になって食事や排泄の必要が無くなった。

 逆に言えば食事の楽しみがなくなってしまった私にとって、睡眠は割と大きな楽しみとなっている。


 トイレに関しては共同のトイレが二階に一つ。

 これに関しては全力で取り組んだ。異臭騒ぎは御免被るのもそうだがトイレが汚く不便だと人生不幸だと私は認識している為だ。


 リンやリリエルに不幸な思いはして欲しくないので、ちゃんと綺麗で便利なものだ。


「わーいっ!おっきいベッド!……うっわふっかふか!もーさいこー!」


 リンがだらしのない顔でベッドにダイブし、感触を楽しんでいる。


「今日寝るのが楽しみだねークロエっ!」


「……?リンさんの部屋は上に作ったんですよね?」


 そう尋ねるリリエルの表情は少しだけ眉間にシワが寄っているように見えた。


「ん?そだよ、でも寝るのはクロエと一緒にここだよ」


「そ、その……いつも、そうなんですか?」


 うん、といまいちリリエルの質問の意図を分かっていない様子でリンはあっけらかんと答える。


 ……もしかして、羨ましいのかしら。


 母からも疎まれていたとリリエルは過去に語っていた、もしかしたらその時に一緒に寝てほしいと強請った事でもあったのか。

 そして当然断られたとかか。


 当時のリリエルの環境は分からないが、もしもリリエルの他にも子供がいて、その子は当然の様に母からの愛情を貰っていたのを見せられていたとしたら、それは少し残酷な事だ。


 まぁ、これは推測や憶測。あるいは妄想と呼ばれる類の域を出ないが、事実はそこまで離れていないはずだ。


 あの時に誰でもいいから愛して、とはあらゆる意味を含んで愛して欲しいという意味か。

 当然、母からの愛情も欲しているのだろう。


「リリエル、貴女の部屋は二階よ。そこの螺旋階段、あそこから上がって黄色の扉の部屋よ」


「あ、はい。ちょっと見てきますね」


 リリエルはそう言って逃げるように馬車の右手、螺旋階段を上がっていった。


「リン、ちょっといいかしら」


「どしたの?」


 ベッドに腰掛けながらリンに呼びかける。

 隣に同じように座ったリンは、じっと私の目を見つめる。


「さっきのリリエルの顔は見た?」


「え、うーん……。そういえばちょっと辛そうだった?なんでだろ」


 私に問われて改めて気付いたのか、どうしてだろうとリンは考える。


 ここでリリエルも一緒に寝るように提案したら、リンは嫌がるだろうか。

 クロエが私以外を気に掛けている、と嫉妬してしまうか。


 リリエルも気に掛けてあげるべきだが、リンにも同じくらい、いやそれ以上に気に掛けなきゃいけない。

 普通の人生を歩んでいる二人ならば、軽い嫉妬で済むのだろうが、リンは私に依存する様に生きているし、リリエルは愛に飢えている、どちらも放っておく事は出来ない。


「多分だけれどね?あの子はリンが羨ましいかったんだと思うわよ?」


「んー?」


 いまいち分かっていない様子のリンに、私の推測をすべて話してみる。


「だからね、もし貴女さえよければあの子のためにも、三人で一緒に寝ないかしら?」


「え……」


 明らかに嫌そうな顔をするリン。

 多分リンのパーソナルスペースに入られるのが嫌なのだろう。


 リンのパーソナルスペースは私込みで構成されている。

 今回の提案はそこにリリエルを入れてもいいか。という事だ。


「クロエは……やじゃないの?」


 確認というよりは自分では決められない、決めたくないから私を理由に断りたい、という感じだろう。

 クロエがやって言ったから、と。


「私?私はリンと一緒に寝れるのなら一人増えても気にしないわ。それとも、リンはリリエルと私が仲良くなるのは反対?」


「いや……その。…………うん」


 たっぷり返答を悩んだ後、リンは絞り出すようにそれだけ言う。


「あっ!えっとね、そうじゃないの……その、あの子の事が嫌いなんじゃなくて……」


 慌てて訂正したのは心無い返事をしてしまった事による自己嫌悪か、それとも私に嫌われるのを恐れての事か。


「クロエはさ、あたしをいつも優先してくれたよね?二人で寝るのも、あたしの為に色々してくれるのも。だから……その特権が無くなるみたいに……思っちゃって」


「あたしとだけ寝てくれると思ってたのに、その…別の女とも寝るんだって……思って」


 その表現は語弊があると思うのだけれど、リン?


 まぁでも言わんとしている事はわかる。

 構図としては二人目が生まれて以前よりも構ってくれなくてなった上の子、だ。


 切実に、私がもう一人欲しいと思う。

 それと同時にいらないとも。ここで別の人間にリリエルは任せよう、としたらリンの為にもならない。


 他者を思いやり、自分の都合を殺す優しさも一割程度は学び、持つべきだ。


 問題はどうリンに納得してもらうか。

 別にご褒美を用意しようかしら、ここで我慢してリリエルの事を考えてくれるなら、〜してあげる。とかか。


「どうしてもいや?」


「う……リリエルの事を考えたら、そうすべきなの?」


「私としては、リリエルにもリンにも幸せになってほしいわ。頑張れそうにない?」


 返事に詰まるリンに言葉を続ける。


「頑張れる素敵な子には、ご褒美あげちゃうわよ?」


 あ、分かりやすくリンの表情が変わった。

 リン自身もそれを理解したのか、現金な自分に恥ずかしくなったのかプイとあっちを向いてしまった。


「その……なにしてくれるの?」


「あら、と言う事は私のお願い聞いてくれるの?」


「ま、まだ決めてないもんっ!クロエが何をしてくれるのかによって……決めるから」


 何がいいかしら……リンが喜びそうな事。

 それもいつものじゃ特別感というか、ご褒美感無いものねぇ。


「うーん……お風呂久しぶりに一緒に入る?全身洗ってあげるわよ?」


 リンの体がこっちに倒れ込む。だがその視線は以前あっちに向いたまんまだ。


「あら、もっと?んーじゃあ湯船も一緒に浸かろっか」


 かりかりとそっぽ向いちゃったリンの頬を掻いてちょっかいをかけながらダメ押しの提案をすれば、嬉しさを隠しきれないにやにやとした顔をこっちに向けてくれた。


 話はつけた。リリエルを呼びに行かなければ。

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