第65話 愛してに含まれた意味
馬車の内部、その右側の壁に沿うように設置した螺旋階段を登る。
本当は普通の階段やらなにやらにしたかったが、いくら広げたとはいえ所詮は馬車の中、あまり場所を取る物を作りたく無かった。
それ故の螺旋階段だ、僅かな場所で二階と一階を行き来出来るものを私はあいにくとこれしか知らない。
螺旋階段を上がった先、廊下があって左右に扉。
それぞれ左がリン、右がリリエルだ。
廊下の突き当りに設置した窓からの光を受けながら、私は控えめに小さくノックする。
「リリエル?今大丈夫かしら」
「あ、はい!大丈夫です」
返事を受け、私は扉を開ける。
ふかふかのベッド、それと机、それと箪笥、質素なものだがこれから先どんな風にしたいかはそれぞれに任せるつもりである。
故に私がリンとリリエルの部屋に設置した家具は最低限だ。
欲しい家具があれば言うように、と伝えてあるので、今後はそれぞれの個性が出る部屋になる事だろう。
「その、どうしたんですか?リンさんは……」
「リンは下で待ってもらっているわ。少し貴女と話がしたくて」
隣、いいかしら?と一言断ってからリリエルが座っているベッドに私も座る。
「ああ、緊張しないで?悪い話なんかじゃないわ?」
「ほ、本当です?」
「ええ、もちろん。話って言うのはね?リリエルさえ良ければ、貴女も一緒に一階で寝ない?っていうお誘いに来たの」
びくり、と肩を跳ねさせてこちらを見るリリエル。
焦ったような、胸中を言い当てられ恥ずかしがるような表情で言葉を吐き出す。
「う、バレてた……んですね」
「ただの憶測と妄想よ。もしかしたらそうじゃないかなと、思って。……リリエル、貴女は母親からの愛情にも飢えている、違うかしら」
「……はい。リリエルはあらゆる愛を欲しています。母からも、友からも、例えそれが下卑た性欲に塗れた……愛でも」
でも、過去の傷から自分から飛び込めない、心を開けない、と。
難儀な事よね、リリエルも。そしてリンも。
リリエルはその白く細長すぎる指を、そしてそのひび割れて痛々しく血の滲む指先を中途半端にこちらに向ける。
そして何度も私の手に触れたそうにしては、怯えるように引っ込んでしまう。
「なんであれリリエルを見てくれるのであれば、リリエルに触れてくれるのであれば、それだけでと何度も願ってしまうのです」
「それで、私に愛されているリンを見て羨ましいと、嫉妬を覚えた、そうね?」
「はい……身勝手ですよね、クロエさんの事リリエルはまだ完全に信じられてないって言うのに、そのくせ嫉妬してしまうだなんて」
リリエルが私を信用出来ないのはまだ出会って数日だからしょうがないと思うのだけれど……。
「リリエル……」
私はどう言えばいいかわからず、ただリリエルの肩を抱いてこらちに体を預けさせる事しか出来なかった。
「クロエさん……?その、これは……」
「愛してあげる、なんて薄っぺらい言葉を言うつもりは無いわ。未来の事なんて確約できないしね。でも、これからは貴女の側にいてリンと同じように大切にしてあげるから、心配しないで」
人間関係初心者な所がここで出てしまう。
普通の人生を歩んでいてまともな感性を持っていたならば、きっとここで適切な言葉で持ってリリエルの心を救えるのだろう。
だが生憎と私はそれっぽい言葉とそれっぽい行動を必死に真似るので精一杯だ。
「あう……、すみません、なんだか構って欲しいと強請ったみたいになってしまって」
「大丈夫よ、気にしないで。辛い目にあったのなら、その分の幸せがあるべきよ。私が、頑張ってみるから、だから、ね」
本来、こういった約束は守れる自信が無いから最初からしないのだが、今のリリエルには約束が必要だ。
もちろん私としても簡単に嘘や反故にはしないつもりでは当然ある。
私の方からリリエルの手を取って、視線を合わせる。
「それで、どうかしら。私達と、一緒に寝てくれない?家族一緒に、みんなで」
「リリエルも、家族でいいんですか?」
「勿論よ、リリエルが望むなら、私達三人は家族よ」
話をつけた後、私とリリエルの二人して螺旋階段を降りる。
リンはふわふわ〜、とろとろ〜、と不可思議な歌……のような物を口ずさんでベッドに腰掛けていた。
「あ、おかえり。おはなし、おわった?」
「ええ、ごめんなさいね無理言って」
ううんー、と緩く返事をする余裕は、私とのお風呂というご褒美からかしら。
そうだ。ついでに、
「リリエル、貴女リンにお礼言っておいた方がいいわよ?一緒に寝よう、って提案したのはリンなんだから」
とリリエルに話題を振る。
えっ、という表情をするリン。
ごめんなさいね、嘘も方便というやつよ。リリエルはリンに感謝して、リンは自分のしたい事を我慢しただけでご褒美とお礼の二つを貰える、お互いいい事だらけでしょ?
ただ我慢して、では当然嫌だと言うのが普通だ。
だからご褒美があったり、誰かから感謝されたり、いわゆる学習する事が大事なのだ。
我慢も悪い事ばかりじゃない、と。
リンへのそういった性格矯正、というか教育も兼ねさせて貰うわ。
いたずらっぽくウィンクして黙ってて、とジェスチャーでリンに伝える。
リリエルにありがとう、と伝えられて居心地悪そうにするリンを尻目に、今日の晩御飯の支度に掛かる。
「えっと……ハンバーグよね。玉ねぎ……もう玉ねぎって呼んでいいわよね?なんか創世樹街で買った時は別の名前で呼ばれていた気がしたけれど」
どうせリンの植物魔法による品種改良で大分手を加えたのだからもはや原型は無い。
地球でよく見る玉ねぎそのまんまの見た目と味にまで改良したのだし、これはもう玉ねぎよ。
「あー……やっぱりでっかいキッチンて最高ね。シンクも広いしコンロも二台ある。えっと……」
ハンバーグなんて、そんな難しい作業は無い。材料細かく切ってよく混ぜて、空気を抜くようにちゃんと整形して焼く。それだけだ。
作業の合間に、少し離れた位置の二人の会話を聞く。
喧嘩してないといいのだけれど……。
「いやあのね?あたしじゃなくて、クロエが言ったんだよ!」
「お二人ともリリエルが今まで会った事無いほど優しい方々ですので、お互いを想い合ってそう言っているのでしょう?大丈夫ですよ」
「〜っ!ちがうんだよぉ〜」
クロエぇ〜、と恨めしそうな声と共に私の腰に抱き着いて来たリンをあやす。
一本にしていた右腕を解いて三本にし、そのうちの一本で頭を優しく撫でる。
「あれ、クロエそういえば腕とか足増やせるのリリエルに言ったのー?初めて見ると驚くよー?」
「あっ……」
やっばいわ流石に引かれるかしら?せっかく少しだけ縮まった距離がまた開く?
慌ててリリエルの方を見ると、リリエルが呆れたような視線で私達を見ている。
「……いえ、もうなんか今日色々ありすぎて大丈夫ですよ。確認ですけどクロエさんご種族ってなんですか?」
「ん?人形よ。ここから遥かに遠い地から来たの。成人したら私達は旅に出るの。独りでね」
ほら、と久々にステータスが記載されたカードを余った最後の右手でリリエルに手渡す。
三本あると便利よね。
ハンバーグ捏ねながら、リンを撫でれて、リリエルの相手も出来る。
頭も生産魔法で作れば自我も増えるかしら?
「色々と逃げ回ってきたリリエルでも初めて見ましたよ、意思……人形?なんて」
う、そこを言われると少し怖い。
ごめんね二人とも、多分私以外に意思人形なんていないわ。
いえ、もしかしたら意思人形という種族がいる異世界に飛ばされたのだとしたら……ワンチャン無いかしら。
いい感じに焼けてきたハンバーグをひっくり返しながら自身の種族について考える。
「クロエ達人形ってすごいよね、こんなに技術もあって知識もあるんだから」
「え、ええ。そうね?でもほら、それって人間に目をつけられるって事じゃない?だから私達はひっそりと擬態して世界中にいるのよ」
多分。私ならそうしてるし、そうしなきゃ今まで生きて来れないでしょこんな種族。
いるならの話だが。
そうじゃなきゃ奴隷よ。奴隷。
「リン、そろそろ焼けるからお皿出してちょうだい。そう、そこの上の棚のそれよ。……ああ、そうだわ。改めてリリエル、貴女の種族について聞いてもいいかしら?何が出来て何が出来ないか把握したいのよ」
「……」
「リリエル?」
「はっ、ごめんなさい。美味しそうな匂いで」
食欲に正直な姿勢を見て思わず嬉しくなってしまい、笑みがこぼれる。
私は話は後にしようとリリエルに言ってから食事にするよう伝えた。
「ほらほら、我が家のテーブルと椅子はそこよ。みんな座って?」
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