第66話 晩御飯と軽い話

 風呂場と対角に作った椅子とテーブル、そこに本日の晩御飯が並ぶ。


「あれ?この椅子も新しくした?なんか座り心地がいいきがするー」


「うわ、ふかふか……すごいです」


 前回の依頼で賊をそこそこの数殺せたからかレベルが上がったのもあって、全体的な家具のクオリティが向上している。

 リンの発言はそれに気付いた事によるものだ。


 本人が直接殺さなくてもレベル……経験値?が入るようで、私達三人ともレベルが上がっていた。

 尤も、リリエル以外、つまり私達二人はたったの一だが。


「クロエさんが作ってくださった部屋もそうですが、リリエルが今まで経験したどの宿よりも快適で素敵です」


「人形は食事も睡眠も必要ないからね、暇を持て余してるのよ。それで空いた時間で色々とやりたい放題してたら……って感じよ」


 実際夜は暇で仕方ない、眠ればいいのだが性分として時間を有効に使いたい欲求が湧いて仕方ない。


 現状出来る付与の限界や武器の性能チェックなど、よく深夜にベッドをこっそり抜け出しては試し、朝にリンに「またやったでしょ」と怒られる。


 しょーがないじゃない、落ち着かないのよ。


 睡眠が楽しみなのも勿論あるのだが、それはそれとして、だ。


「それよりほら、食べましょう?」


 私が促せばリンがいただきます、と言ってから手を付ける。


 リリエルにも軽くいただきますの意味や食器の使い方を教える。

 食器は特に難儀した。


 どうやらリリエルはまともに食卓について食事をした経験がなく、大抵が手づかみで食べていたので食器という概念に苦戦していた。


 それにしては敬語はしっかりと使えているのよね、リリエル。

 もともといた場所の影響かしら?

 人の顔色伺って、怒らせないようにへりくだり、その過程でなんとか覚えたのかしら。


 似たような小間使いや小姓、そのたぐいがよく使う言葉を盗み聞き、なんとか生きてきた、そんな感じ?


「あぁ、違うわ?リリエル、フォークを使うときはこうよ……そう……上手ね。素敵よ」


 フォークを握るリリエルの手をそっと矯正しながらリリエルの言葉遣いと所作のチグハグ感の考察をする。


「こう、ですね?たしかに、これなら手が汚れなくて済みます」


 では、と言ってフォークに突き刺した一口サイズのハンバーグを口に運ぶ。


 瞬間、リリエルの表情がこれまでに見たこと無い程に崩れ、喜び一色に染まる。


 暫くした後、無言且つ無心でリリエルは少々下手なフォークの持ち方のままハンバーグを切り分けては口に運んでいった。


 作った側としては、ここまで喜んでもらえて嬉しい限りだ。

 武器にしろ料理にしろ、作る側、いわゆるクリエイターというのは色々いる。


 だがその多くはやはり、使用者の笑顔をこそ至上の喜びとしているのだと私は思っている。


「あ……」


「そんなに悲しい顔しないの、おかわりちゃんとあるから。もう一個焼いてくるわね」


「あ、はい。ありがとうございます」


 最後の一口となったリリエルは途端にもう無いのか、と言わんばかりに顔に悲しさをいっぱい浮かべて皿の上のハンバーグを見ていた。


 そんなに気に入ってくれたのか。だとしたらもっと作ってあげよう。


「リン、貴女はおかわりいる?」


「おねがーい。おっきいのがいいなぁー」


 はいはい、と返事しながら残りのネタを形を整えて焼いていく。


「そんなに気に入った?」


「はいっ!リリエル、こんなに美味しいもの食べたの初めてです!お二人はいつもこんなに美味しいものを?」


「そだねー、クロエといると生活の基準があがって大変だよ」


 普通の宿だったり店のクオリティでは満足出来ない体にしてしまった自覚はある。


 この前なんて私以外が作った物を食べて微妙な顔をしていた。

 あんまり美味しくない、と。


「貴族とか王様とかが食べてそうな程おいしいです」


「あら、貴族の食事を知っているの?」


「あ、いえ。想像です。偉い人達だから食べるものも美味しいんだろうなぁって」


 貴族の食事事情ねぇ……、このぐらいの時代だったか覚えていないが昔の貴族の食事というのはクソほどに不味いと聞くが。


 というのも調味料を食材が見えなくなる程かけるのだ。

 調味料、胡椒なんかは当時金と同等の価値があったと言う。


 そんな調味料を加減なく贅沢に使える。それ即ちそれほどの権力や財力があると周りに示せる。

 故に始まる調味料のチキンレースだ。


 どれだけ一度の料理で使えるか、どれだけ周りに見せつけれるか。

 貴族の食事とはつまり、味など重要視されず、その上にどれだけの金を、調味料を積めるかの会場に過ぎないのだ


 あと有名なのは毒味の為に冷めきったものしか出ない、とかか。


 王は知らないが周囲へのマウントと殺し合い蹴落とし合いが日常の貴族にとって、食事とはそういうものだと私の知識では認識している。


 息の詰まる話だ。


 だがそんな夢の無い話など子供である二人は知らなくてもいい。

 夢をわざわざと壊す必要など無いのだ。


「あぁ、そうだ。軽く今後の方針を話しておくわね。二人とも聞いてね?」


 両面が綺麗に焼けたハンバーグをそれぞれの皿に盛りながら私は話題を変える。


「ん?なにー?」


 リリエルはハンバーグに食べながらだが私の方をちゃんと向いている。

 一応聞いてはいると信じるわよ?


「暫くはリリエルのレベル上げと戦闘訓練をメインにしていくわ。リリエルとリンがメインで動いてもらうから、そのつもりでね」


「クロエはー?」


 リンが不安がって聞いてくる。


「大丈夫よ、ちゃんと付いていくわ。でもほら、私の弓だと接近する前に片付くじゃない?それだと戦闘訓練にならないでしょ?」


「あぁー……たしかに」


 納得がいったのかリンは質問をやめて聞く姿勢に戻る。


 メインを二人にした理由はもう一つある。

 それは二人がもっと仲良くなって欲しいからだ。


 これは直接は言わない。

 あくまで二人が自然にそうなればいいなと言うだけだ。

 強制して仲良くしなさい、で仲良くさせるものでは無いし、それは私の言いつけを守る為のフリでしか無くなってしまう可能性があるからだ。


 リンいわく別段嫌いとか、ジャンやあいつの娘……名前なんだっけ、アレみたく生理的に無理だとか憎悪が湧くだとかのマイナスな感情は一切無いそうだ。


 つまるところ、フラット、ゼロの状態だ。


 ここから戦闘時の連携やなにかのきっかけでもう少しだけでも距離が縮まってくれればと思う。


「あの、リリエルの装備はこのままでいいんですか?」


「ああっ、それよ。リリエル、ドライアドってどういう種族なのかしら?」


 そうだった。リリエルの種族、ドライアドがどのような種族なのか、それを知らないと何も方針を固めれない。


「えっと、ドライアドというのは本来、自分の、自分だけの樹を持ち、それと共に生きる種族です。樹を切り倒されたり、樹からあまりにも離れすぎると、やがて衰弱して死にます」


 ふむ、だいたい私が知っているドライアドと変わらないわね。

 そしてリリエルは混血でありドライアドの特徴からは中途半端に当て嵌まらない、と。


 自分だけの樹、というのもリリエルは持っていないでしょうね。

 ここは活動範囲を定められていない、自由であると解釈すればプラスかしら。


「それで、えっと森に住む生き物、特に樹の中に住んだり冬眠したりする生き物と心を通わせ、使役する、らしいです……力は弱くて、手足が長い、です」


 まぁ力は無いわよね。

 となると何がいいかしら。やはり銃やクロスボウなんかの本人の能力に影響しない武器が望ましいわよね。


 銃はいいわよね、現代の銃はともかく、銃の初期構想は【誰でも使えて、すぐに殺せる、殺した罪悪感を軽減させる】だからね。


 ナイフなんかで直接刺すのと比べて遥かに楽だし簡単。

 ハンドガン、いわゆる拳銃?みたいな小さいやつにしようかしら。


 貫通力や殺傷力が心配ね。硬い装甲を抜けない可能性もあるし……、ライフルあたりでも?大盾やめて両手持ちにさせればそこまで反動も無いだろうし。


「よし、わかったわ。ありがとう教えてくれて。次のダンジョン探索までにリリエルの武装は用意しておくわ。食事中にごめんなさいね、小難しい話はおしまいよっ」


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