第67話 そもそも違う

 時刻は昼頃、ギルドにて私達はダンジョン探索へ行く事を職員に伝える。


 リリエルにとっては初めてのダンジョンなので、十分に睡眠と準備を必要と判断した為、いつもの早朝よりも早朝、朝日すら出ていない時刻では無かった。


「ええ、そうです。夕方までには。はい、はい……。……ふぅ、これでおっけーよ」


「たかだか一階なのにひつよー?」


 受付にて今回のダンジョン探索の帰還時間を伝え終え、二人の方に振り返る。

 するとリンが大盾とリリエルを左右にそれぞれ置いてしっかりと全身を隠した状態で不満を漏らす。


 人間がたくさんいるここはリンにも、もちろんリリエルにとっても良くない場所だろう。


「念の為よ、リリエルはほら、初心者じゃない」


「だから必要っていうのー?」


「そうよ、それに私はともかくリリエルまで人避けに使ってるのだからそれくらいは許してあげて?できそう?」


 リンはここに来るまでの道中、リリエルを自身の背後に立たせて歩いていた。

 理由としては背後からの奇襲は防げないから、との事。


 リリエルはリンの事情を聞くとすぐに了承してくれた。

 過去の経験を考えれば、なんと優しい子だろうと思う。


 迫害された、あるいは差別された経験を持つ者というのは程度の差はあれど、大抵他者との交流を嫌う傾向にある。


 リンがいい例だ。私以外には心を開こうとせず、敵か、否かでまず判断する。

 これからのリリエルとの交流で私とリリエルを信用する。に成長して欲しいものだが……。


 リリエルがそれほどまでに優しいのはリンだからか、あるいは混ざり者として迫害された過去故に、他者に対する愛が深い稀有な存在か。


「それは分かってるよー。そーじゃなくてぇ、要はあたし達二人なら一階くらいならリリエルを守るなんて問題ないでしょー?ってはなしー」


「んー、別にリンを信用していない訳じゃないのだけれど……取れる手は多い方がいいってだけよ」


 理屈は分かるが、納得はしていない、という感じね。


 別段ダンジョンへと行くのは許可制でも無い。

 なんなら勝手に行ってもいい。


 だがその場合、予定探索時間を超過した際とギルドが呼ぶ存在の派遣が無いそうだ。

 それがどのような存在かは分からないが、緊急時の救助システムだと私は認識している。


 私が毎回ギルドにダンジョン探索をする時に帰還予定時間を告げているのもこれが原因だ。


 リンを信用していない訳では無いのだが、私の行動はリンにはそう映ってしまうのか。

 であれば、リンの実力を信じる。という意味で探索予定時間をギルドに伝えるのはやめておくか。


 少しだけ業者、とやらについても懸念点が無いわけでない。


「そもそもこのギルドってやつ、信用できないんだけど、クロエは信じてるの?」


 冗談でしょ?と言わんばかりの口調で私にこっそりと耳打ちする。


「いいえ?正直怪しいとは思うわよ。でもね、創世樹街へ入ったばかりの新人がギルドの制度を一切使わなかった場合、どう思われるかしら?」


「え?んー……」


「お前らを信用などしていない、と隠さずにアピールしている、ですか?」


 それに答えたのはリンでは無くその後ろで律儀にリンの背後を守っているリリエルだった。


「そうよ、無駄に警戒させてしまうのよ。なるべくこちらは無知で善良、愚かな一般人を装うのが一番なのよ」


 私達がそうしてギルドへの不信と不審を囁き合う中、ギルドの入り口に一人の人間が入ってきた。


 それ自体はどこにでもある光景なのだが、その認識……年の頃は若く、まだ青年と言ったぐらいの彼の言葉が私の耳に嫌に残る。


「亜人?なんで亜人がギルドにいるんです?」


 それは差別的でも、皮肉も篭っていなかった。

 ただ純粋に亜人を人ではない、人権の無い者として認識している発言だった。

 なんで部屋に牛がいるの?と聞くように、覆らない前提としてまず人扱いでは当然無い、と言うように。


「建物内に家畜を入れちゃ駄目じゃないんですか、職員さん?」


 青年が近寄ってくる。


 ギルト内は受付の職員が計三人、その他の冒険者もちらほら。


 私はリン達に近づこうとする青年を腕を広げて阻止する。


「それ以上近付くでない」


「貴方は?ソレの飼育者ですか。しっかりしてくださいよ、建物が汚れるじゃないですか」


 青年が私のローブの中身を覗こうとしながら聞いてくる。


「だとしてもお前には関係の無いことじゃ。放っておけばよかろう」


「いやです。僕には夢があるんです。英雄に、素晴らしい人になるという。このギルドは僕の夢を叶える神聖な場所です」


 英雄に憧れると言っておきながら、当たり前の様に放たれる差別的な言葉の数々。


「そんな場所を穢される訳に――」


 聞くに耐えないその言葉に我慢出来ずに手が出る。


 喉に向かってレベル差を考慮しない全力の一撃。

 反応出来ずに地面に蹲り咽る青年。


 レベルは私達よりも遥かに下と見ていいでしょうね、この分だと。


「言葉に気を付ける事ね。……行きましょ、二人とも」


 私は二人を伴ってギルドを後にした。






「二人とも大丈夫?」


 ダンジョンの一階、その入り口付近で私はやっと口を開く。


「ん、あたしはクロエいが……クロエとリリエル以外は気にしないから大丈夫だよ」


「リリエルは、慣れてますので……」


 二人とも、理由はとにかくとしてさして表面上は気にしていない様に感じ、ひとまず安心する。

 今日の夜も何か美味しいものでも作ってあげましょう。

 食は不幸を忘れさせてくれる。


「それにしても、酷い言い草たったわね。あんな年の人間ですら差別的だなんて」


「あの、多分ですけど」


 とリリエルが躊躇いがちに口を開く。


「年なんて関係ないんだと思います。産まれた時から亜人を村ぐるみで、子供の時から親にあれはそういう存在だよって教えられたら……疑問なんてそもそも産まれない、です」


 実体験か、あるいは私達と出会うまでに様々な場所を歩いて来た実績だろうか。

 リリエルの言葉は確かな現実感があった。


「あー……言われてみればあたしのいた村でも子供にあたしの事似たように説明してたー……。つまり差別してるって認識すら無いって事?最初から人じゃないって?」


「その……多分」


 語気を強めて過去の事を思い出しながら話すリン。

 それに怯えながら答えるリリエルを宥める。


 リン、リリエルは悪くないのだから当たっちゃ駄目よ?


「はっ、だからさっきのヤツもああいう態度だったんだねっ!ほんとっ、最悪!ああいうのってどうせハジメテも私達亜人で済ませたり溜まったら発散してくる癖して!」


「あっ、分かります……その、リリエルもよく使われました。痛いですよね、乱暴で」


「あっ、分かる!?そうなんだよね、その癖自分が上手いって勘違いしてるんだよねあの手のは!」


「あー……二人とも?あんまりお口が悪いのは感心しないわよ?」


 気持ちは分かるけれど。


 というか、亜人を家畜扱いしておいてそういうコトもするのね。


 まぁでも不思議じゃないか。

 なんだっけ海軍かなんかの話でイギリスがヤギを日本に渡して、それを日本が食用だと思って食べたら「それ性処理用なんやけど……」とドン引きされた眉唾話があった気がしたわね。


 その他にも漁師関係ならエイやらイルカやら……わりかし道徳や倫理観という存在が最近になってやっと作られ、それ以前は人間ってほぼ動物やな、っていう話が多い気がするわ。


「むぅー……クロエはいいよねっ!直接あいつを殴れてスッキリなんだからっ!」


 拗ねたようにぐりぐりと頭を押し付けてくるリンを受け入れながら言葉を返す。


「もー……ほら、今日の晩御飯も何か美味しい物を作るから機嫌直してぇー……」


「えっ、美味しい物ですか?」


 リンではなく、リリエルが釣れてしまった。


「ふふっ、クロエ、美味しいもので心を開いたの?」


「なっ、違うわよ人聞きの悪い。そんなひどい事を言うお口はどこ〜?」


 ほっぺたをむにむにと揉みこんで悪いお口を喋れなくしてあげるわ。

 あっ、逃げるなリンっ。


 実際の所、ご飯で気を引いてる所があるのは事実だから強く言えない。

 結果としてそうなったとも言えるが、昨日の晩御飯、ハンバーグ以降少しだけリリエルとの距離が縮まった。


 犬や猫では無いのだから、こういう方向での距離の縮め方はあまり良くないのではという意識があるので、リンからの指摘は結構心に来た。


「リリエルは大丈夫ですよ?ちゃんとそれ以外でも優しいと理解していますから。楽しみにしています、晩御飯」


 うへ、リリエルに気を使わせちゃったかしら。


 




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