身の丈に合ったものを

第63話 友とは言ったけれど

「リリエル、貴女さえよければ手伝って欲しいのだけれど、いいかしら」


 以前滑車弓の試射をした森にまで馬車を進め、そこで一旦降りる。


 ここなら材料となる材木や少し面倒だが石材の類も手に入るだろう。

 材質が多少悪くとも生産魔法の機能のうち、性能強化を使えばいい話だ。


 これを使えばざっくりだが、俗な言い方をすればソシャゲとかのNがSRになるとか、一段階性能が良くなったりする。

 まぁ絶対に壊れないとかそういった物では無い。

 せいぜいが粗悪品が廉価品になったとか市販品レベルになったとかそういうものだ。


 要は最初からモノが良くないと意味はあまり無い。


「あ、はい……リリエルのせいで馬車を大きくする事になって――」


「あぁ、待って?それ以上は駄目よ。そんなに負い目を感じる事なんて無いのだから、今の馬車も手狭だなぁと思っていたから丁度いいのよ」


 どうにもすぐに謝罪する癖があるように思えるリリエルの口をきゅぅっ、と優しくつまんで後ろ向きの虫が口から飛び出るのを阻止する。


 実際、武器やら道具やらを収納するとなると手狭なのは事実なのでそれのついでだから、と告げる。

 そうして、畳み掛けるように、リリエルがネガティブ思考をする暇も与えないようにそれより手伝って!と明るく宣言する。


 混血で低レベル、肉体的にも社会的にも弱者でしか無かった彼女にあらゆる意味で抗う術は無かったのだろう。

 すぐに謝る癖があるのはその弊害だと思われる。


 こういうのは「そういうのやめよ!」と声を掛けて治る物では無いと認識している。

 そんな生易しい物ならもう治ってる。


 私の短い人生での結論だが、すぐに効く特効薬なんて精神の病には無いと思っている。

 こういうのは時間と、ちゃんとした環境の両方が結局一番なのだ。


 その為にも、馬車を大きくしてリリエルの部屋も増設してしまおう。


「さて、貴女にやって欲しいのはそこの木を……そうね、とりあえずニ、三本ほど切っておいて欲しいの」


「分かりました、でも、どうやって馬車を増設するんです?建築に詳しいお知り合いの方でも?」


「貴女のその盾と槍を作ったのは私なのだけれど?」


 やはりあの時は初めての自分だけの物、という情報で頭がいっぱいだったのね。

 リリエルは私の発言に今気付いたように驚き、そういえばどうやって……?と唸ってしまった。


 私はそんなリリエルが少し面白くて笑ってしまって、言葉を続ける。


「じゃあ答えを教えてあげるから、一本木を切り倒してもらえる?」


 不思議そうにしながらもリリエルは私の渡した斧を手に森の入り口の一本に刃を入れる。


 創世樹街から少し離れた場所にあるこの森。

 以前滑車弓を初めて作った時に狩りをした森でもあるここは、背の高い樹木が不規則に並び道と呼べる物など何も無い。


 以前一本木を切り倒した事があり、内部を食害されている様子も無く木材として使うには十分すぎる事は確認済みだ。


「どうしようかしら、二人の個室……いっそ二階建ての馬車にでもしてやろうかしら。上にそれぞれの個室を……馬車の右側面の真ん中あたりに螺旋階段でもつけて……」


「あの、クロエさん?」


「あっ、あぁ!ごめんなさい、なにかしら?」


 困った顔してこちらを見るリリエルに要件を聞けばもう切り倒したのだと言う。


 速いわねぇ、と褒めてあげれば亜人は同レベル帯なら人間よりもほどんどの要素で優れているとの事。

 つまりはその細腕は同じくレベル6の人間と力比べすれば余裕で折れるという事らしい。


 人間って何が優れているのかしら?腕力や反射速度、魔法の有無など明らかに劣等種ね。


「それじゃあ見ていてね?こうやって馬車を作っていくつもりなのよ」


 そう言って見事な胴回りの木に生産魔法を使う。


 粘土を捏ねるように、あるいはそれを使ったアニメの様にもごもごと木はその姿を変え、やがて綺麗にそのサイズを統一された木材がそこにはあった。


「ほら、これが答え……よ?」


 私にしては珍しく自慢げになって生産魔法を使い終わって振り返り、リリエルを見る。


「な、なんです、これ」


「あはっ!なんて顔してるのよっ、リリエル!そんなに……ふふ、驚かなくたっていいじゃない」


「だ、だってこんなの見たこと……」


 わたわたと両手を振って驚くリリエルが暫く面白くて見ていた。

 ちょっと時間をおいてから改めて、私は生産魔法というものと付与魔法の二つを詳しくリリエルに説明する。


 材料があればそれを元に想像した通りの物が出来る事。

 もし材料やイメージが足りない場合、MPがそれを補う事。


 大体を伝え終わり、私はそんな訳で晩御飯までに新しく大きい馬車を作っちゃいましょ?と促して木をひたすら切ってもらう。


 少ししてから合流してきたリンにも作業を手伝ってもらい、ゆっくりとだが作業は進んでいた。


「クロエ〜?大きくって、具体的にどうするの?あ、これ取ってきた大岩ね。クロエの魔法で使える状態に変えるんだよね?」


 相も変わらずのリンの膂力には助かっている。

 木材だけでは頼りないと補強出来る部分には別の素材を使おうと考え、リンに頼んでいたが……。


 まさか大岩をそのままボウリングの球を引っ掴むみたいに持ってくるとは。


「とりあえずは、そうね。横幅はもう少し、具体的には私の歩幅で三歩くらい増やして、二階建てにするつもりよ」


「にかい〜?おっきな倉庫でも作るの?」


「まさか、そんな勿体無い事しないわ。貴女達二人の個室を作るのよ」


 リリエルにもこれは話している、彼女は最初こそ自分には勿体無いと私を説得しようとしていた。


 だが私の「自分だけの部屋、ほしくないの?」と悲しむような演技と共に聞けば、短く呻いて小さく「欲しい……」と言質をとれている。


 まだ知り合って間もないがリリエルはどうやら【自分の〜】という部分に強く惹かれている印象を受ける。


 それは今までの生涯において、ただの一度だって自分の友人、家族、所持品、それらの類を持ったことが無いことに起因しているのだろう。


「んー?あたしの〜?」


「あら、リンはいらない?自分だけのお部屋」


「えーとね……、あっても多分使わないよ?一人でいたってつまんないし、クロエの側があたしの居場所だし」


「まぁまぁ、別に無理に使えなんて言わないから。最悪倉庫に使ってもいいから、ね?」


 リリエルに用意して、リンに用意しないのは不公平だから、だなんていう理由は口にするのは憚られる。


 リンとリリエルの反応の違いはおそらく、甘えられる存在の有無か。

 既に私という存在がいるリンは、別段誰からも奪われる心配の無い、自分だけの物というのに拘る理由が無いのだ。


 言い方を変えれば、既に満たされているから必要が無い。

 

 リンの年頃を考えればもう少し精神が成長しなければ個室を欲しがらないものか。

 言われてみれば私もリンくらいの年の頃は自分だけの部屋に対する感情は無かったように思う。


「まぁ、それなら。クロエと変わらずいてもいいんだよね?」


「大丈夫。これまでと変わらず、よ」


「そういえば、リリエルとはどう?以前の時のような嫌悪感は無い?」


 作業の手は止めず、生産魔法で馬車の右側面のみを器用に剥がし、床を増設していく。


 ああ、車輪も増やしましょう。馬力は……付与のイメージをもっと速い乗り物イメージで付与すればいけるわね。


 リンは気まずそうに、私の背中にひっつきながら喋る。


「うー……そこは問題無いんだけどね?ほら、あたし達って場所は違うけど色々と、その……ね?経験しちゃってるから、境遇は似てるし……」


「嫌いじゃないだけとっても偉いわよ。それで?」


「お互い経験が経験だから、ね。信じきれない、というか。あの時、切実に愛してって言っていたリリエルとあたしが重なって……」


 うーん、これは二人だけで何か頼むとか、そういうのが必要かも知れないわね。

 軽い狩り程度なら頼めるだろうか、リリエルの戦闘訓練と称して二人で……失敗したりトチった場合仲が険悪になるか?


 恐れていては何も始まらないか、何かきっかけがあれは少なくとも一歩だけでもお互いの歩みを進めれるか。


 リンとリリエル、二人の友好にどこまで自分が背を押してやるべきか悩みながら、馬車の改造を進めていく。

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