閑話 生態調査報告書:賊
単独で行動する個体は殆ど無く、複数で行動する個体が多い。
生まれながらにして劣等、穢れ者のこれらは遠征や移動中の馬車や人間、場合によっては小規模の村を襲う習性があり、自ら生産する事を覚えない。
成功率は非常に低く、死亡率も高い為放っておいても勝手に消滅している場合もある。
また村を襲い、それに失敗した場合は村人によって畑を襲う害獣や害鳥避けに磔にされて放置されたり、首を村の外周、防護柵にくくりつけて賊避けに使われたりなど、賊としてもリスクのある行為らしい。
奪う以外の選択肢を持たない存在であり、他者から搾取する事に余念が無い。
恐らくだが奪う、殺す事の簡単さに取り憑かれ、まともに生きる事すら諦めたのだろう。
発生時期は年中ほとんどであり、男性の集団であった場合他所から人間の雌を攫って数を増やす可能性あり。
それによって産まれた個体は同情や油断を誘う為の芸を仕込まれている事が多く、街道や山道で一人だけの子供を見た場合は警戒が必要である。
発生理由は多岐に渡る。
戦争での敗残兵を国が処理し切れず放逐された個体や、何らかの理由により村を維持できなくなった村そのものが賊になる個体など、何れも弱い個体ばかりだ。
武器を持っているものが多いが、刃こぼれや劣化が激しく、これらによっての怪我は傷口の化膿や病原菌の侵入、痕が残る可能性がある為、早期消毒、処置が不可欠である。
そういった武器も奪ったものやありあわせで作った物ばかりで、強い衝撃で破壊が容易な為、落ち着いた対処をすれば比較的安全に狩れる。
だが前述の通り略奪品が大半を占め、また貯蓄や計画的な消費を知らない嘲笑の対象でしかない賊が持っている物品などたかが知れている。
好んで狩る理由は少なく、見返りも小さい。
報酬が約束されている、又は個人的な恨みがあるなら駆除も選択肢に入るが、そうでない場合は自身の障害になった場合のみ駆除するべきだろう。
またあらゆる不浄の温床である賊は蛆や蝿の近隣者であり、全く未知の病原菌を保有している危険性もはらんでいる。
そうした理由もあり、駆除には遠距離武器が好ましい。
賊たちの血や肉が、まともである保証も無いのだから。
あらゆる忌み嫌われる者を救いたいという奇特な者も人間の中にはいるだろうが、おすすめはしない。
あれらは救いがたい程に略奪や殺しに慣れ、他者を害する事に慣れきり、生存年数によっては言語の概念すら怪しい個体も中にはいる。
ケダモノに、言葉は通じないのだ。
巣は廃棄された村や廃坑、廃墟が多く、人目を避けるように存在する事が多い。
当然ではあるが風呂の概念や習慣も無い為、腐った様な匂いがした場合、賊の存在を疑うべきであり、そうした場所には近付かないのが無難である。
最後に、賊とは不潔かつ不愉快な存在であり、故にこそ決して許すべきではない劣等種である。
躊躇無く、駆除するべきだ。
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新設した馬車、その馬車内の机にて個人的に続けている趣味、生態調査報告書と格好つけて名付けたそれに賊の項目を追加しておく。
これらは村での聞き込みや、創世樹街での話も含めた総合的な報告書でもあり、賊の認識についてはこれでいいのだと思う。
「何書いてるのー?」
リンが馬車の二階へと続く螺旋階段を降りながら私に話し掛ける。
「うん?ほら、私って生き物の特徴をまとめてるじゃない?そこに賊も追加していたのよ」
「あーあれー?クロエもマメだよねぇ。あたしだったらすぐ飽きちゃいそー」
見せてー、と無邪気に寄ってきたリンの為に少しだけ座っていた位置を移動する。
リンはそこにするりと入り込み、片手を私の腰に回しながら賊の情報に目を通す。
「自分の部屋は気に入った?」
「んー?んー、まぁ、武器置きには使ってるよー」
リリエルと違い、やはりリンにとってはあまり必要性を感じないのか返答は微妙な物だった。
分かってはいるが、その正直すぎる回答に苦笑してしまう。
「そう……。まぁ、リンは私の隣にいる事がいつもだもんね」
「だねぇ、そいやリリエルはー?」
「上だと思うわよ?」
噂をすればなんとやら、リリエルが先程のリンと同じように螺旋階段を降りてこちらに来る。
「あら、どうしたのリリエル?お部屋は気に入った?」
「あ、クロエさん……。はい、大丈夫です。ベットもふかふかで気持ちいいですし、とても綺麗なお部屋です」
「良かったわ。欲しい家具なんかがあったら遠慮なく言ってね?貴女も知っているように生産魔法ですぐに作れるから」
はい、と頷いたリリエルに、それで何か用があって降りてきたのか、と尋ねればリリエルはリンの座っていない側の椅子に座って口を開く。
私から少しだけ離れた位置に座った状態で話すリリエル。
「色々と、改めてお礼を言わなきゃって思いまして……。お部屋も、リリエルをお二人の側に置いてくださった事も。……それと、この眼の事も」
淡い黄色と、紺色のオッドアイが私を見つめる。
付与魔法によってその黒の目はいまや綺麗なオッドアイに変化していた。
所詮はそう見えるだけ、謂わば幻であり虚構だが、リリエルにとってはそれはとても大切なものになってくれた様で、愛おし気に左目を撫でる彼女を見てると、例え幻でもオッドアイにしてあげた甲斐があったと思う。
「家族なのだから、助け合うのは当然でしょ?感謝の心は失くして欲しく無いけれど、過剰に礼を言わなくても大丈夫よ」
こっち、来る?とリンを見ながらリリエルに問い掛ける。
遠慮がちにリリエルは私の隣に座り私を見上げる。
頭、撫でるわね、と一言断ってからリリエルの深緑の髪を撫でる。
「貴女はまだ私を信用していないだろうけれど、それでいいのよ。ゆっくりと焦らずに私を観察しなさいね?」
とだけ言う。
リリエルからは小さくはぃ……、としか返ってこなかったけれど、まだそれでいいのだと、返事が返ってきただけいいと思う。
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