第62話 帰宅

「……以上が今回の依頼での顛末よ。交戦の意思が無い者まで手に掛けるのは心苦しかったから見逃したわ」


「ほう?無能にも火種を放置したと?」


 ええ、とだけ創世樹街のギルド、その受付に答え今回の依頼は完了と報告する。


 実際は両腕を折られ、仕事も出来ず飯も自力で食えないいずれ餓死するだけの状態なのだが。

 それは報告せず、なるべく無能で馬鹿、無駄にお人好しという評価になるように杜撰な対処をしたと報告する。


 注目されず、価値の無い存在だと思ってくれる様に努力する。


 相手は依頼の内容を説明したあの受付の男だ。

 相も変わらずこちらを見下す態度は崩さず、大きな溜息と共に依頼は完了です、とこちらに伝える。


 私達三人はそれに対して特に何も言う事はなく、ギルドを後にし、今は創世樹街の大通りを歩いている。

 自分達の馬車へと帰る為と、食糧等の買い込みも兼ねている。


「あの受付ほんっとに酷くない??クロエがじぜんに黙っててって言わなかったらコイツをぶち込んでたよっ!」


 私の右腕にしっかり抱き着き、指を絡めて握るリンが不満たらたらに言葉を遠慮なく吐き出す。

 リンが大盾の内側に隠すようにして装備している銃を指して物騒な事を言うのを軽く窘め、大通りで買い物を済ませる。


 リリエルがうちに入った記念に、地球での技術と知識をフルに活かしてハンバーグを作ってあげようと思っている。

 リリエルはもう私の家族だ。


 リリエルからはまだ完全に信頼されていないが、私は虐げられてもなお足掻く者や、苦境に際してしぶとく生きる者は個人的に好きなのだ。

 リンを気に入った最初の理由もそうで、リリエルもまた混血の立場にありながら私を利用し、師事され強くなろうとした。


 リンの性格や生い立ちの関係上割り切り断ったが私一人しかいなかったらリリエルの事を受け入れる判断はきっとしていただろう。


 今後は分からないがリンがリリエルの事を嫌っていないのであれば、三人で一緒にいれたらとは願う。


「リリエル、貴女苦手な食べ物とかある?帰ったら三人でご飯にしましょ?」


「あっ、大丈夫です。いいんですか、リリエルも御飯食べて」


 遠慮がちに聞くリリエルに、私よりも先にリンが声を掛ける。

 いい傾向ね、意識的ではあるけれど自分から声を掛ける努力をしているのは。


 一緒に寝るときはいつもよりぎゅっとしてあげようかしら?


「いいんだよ、リリエルも一緒に、その……食べよ?」


「あ、ありがとうございます……」


 お互い硬さがまだあるものの、私抜きでも喋れている。

 同じく辛い境遇で、虐げれてきた立場で、同年代で同性。これだけ条件が揃ってやっとリンは嫌悪感や憎悪を感じずに他者を受け入れれるのだろう。


 クロエ以外いらない、なんて言っていたのにずいぶんな変わりようね。とは言わない。

 子供のうちに言う絶対〜だから、なんてすぐに変わるモノだ。


 大人ですらそうなのだから、まだまだ子供のリンのこの先なんて幾らでも変わる。

 出来るならその変わる方向がいい方向であるようにしたいというのはそうだけれど。


「店主、そこの大きい肉はどこのモノ?でかい魔物?それは知ってるわよ。どんな種類のって話よ……」


 二人が会話しているのを側に晩御飯に必要そうな物を買っていく。

 時折店の者と会話するのだが、いまいち産地や何の肉かとかの情報が無い。

 大抵うまいか、そうじゃないかでしか語られず少しうんざりする。


 調味料は生産魔法とリンの植物魔法で色々と工夫した結果胡椒に近いモノは既に手に入れているのでいいとして……ああもう、だから肉の種類によって調理法とか変わるでしょうが、馬鹿店主め。


「肉なんて同じ?貴方それでも店を構える一店主な訳?……はぁ、もういいわ。じゃあそれをちょうだいな」


 らちのあかない肉屋の店主との会話にもういいと一番美味しいという肉を塊で貰う。


「これだけあればいいわね……。お待たせ、二人とも。あら?」


 左手に感じた違和感に目をやれば少しだけ震えながらリリエルが私の手を握っていた。


「ご、ごめんなさい。やっぱり駄目でした?す、すぐ離しますね?」


 せっかくリリエルの方から距離を縮めようと努力してくれたのを無碍にする訳にはいかない。

 私はリンに買い物の荷物を一言謝ってから少しの間持っててと頼み、リリエルの手をこちらからほんの少しだけ強く握る。


「とんでもないわ?リリエル、貴女がそうしたいのなら、遠慮する事なんてないのよ?どうして貴女が私の手を取ってくれたのかは分からないけれど」


 淡い黄色と紺色のオッドアイを見つめ、遠慮がちに握られた手をより密着するように握る。


「リリエルなりに、信じたいと、疑いたくないと怖がりながらも近付いてくれてとっても嬉しかったわ。貴女さえよければ帰るまでずっと私の手を離さないで?」


「あ、あう……、リリエルの事、なんでも分かるんですね」


「そんな事ないわ?多分そうかなって思って言ってるだけよ」


 ずっと信じたいけど混血として虐げられた過去の為に距離を置いている事が心苦しいと正直に語るリリエル。

 こんなにも気に掛けてくれて優しくしてくれる私に、初めて普通に接してくれる私にちゃんと接したいと言うリリエル。


「その、リリエルは普通の関わりというか、会話を知らなかったので、リンさんを参考にしてみて……」


 あー……リンのべったりイチャつき具合はどちらかというか恋人とか兄妹くらいの距離だが、まぁ仲良くという意味では間違い無いか。


「ありがとう、リリエル。私リリエルとこうして手を握るのは好きよ」


 リンはー?と大盾の内側にいくつも作ってる武器や道具を収納するフックに荷物や袋を下げた大盾を持ちながら聞いてくる。

 それにもちろんリンと一緒にいるのも好きよ。と答える。


 リリエルは自分から何かをする時、怒られないかと考えてしまう性格なのだと推測する。

 そこで、私が好きだからそうして欲しい、という形をとってリリエルが動きやすい様に誘導してあげる。


「その……リリエルと一緒にいるのが、えと……」


「そうよ、大好きよ。だから私が望んでいるのだからリリエルも遠慮しないで?」


 察してくれたのか抱き着いていた右腕をそっと離してくれたリンにお礼を言ってからリリエルを抱き締める。


「貴女はまだ私の事そうじゃないかもしれないけど、私はリリエルの事を好きになり始めているのよ?混血でも頑張って幸せになろうと努力する素敵な所が好きよ」


 それだけ言って抱擁を解き、けれどしっかりと左手は繋いだまま歩き出す。

 右手はまたリンによってしっかりと抱き着かれ、三人並んで創世樹街の外へと出る。


「まだお昼だけど、このあとどうするのー?」


「あぁ、そこは考えてあるのよ。三人になったから少しあの馬車だと手狭でしょう?だから少し大きくしようと思ってね?」


 創世樹街をぐるりと囲う高い防壁、その外のそのまた少し歩いた外れにある馬車へと帰ってくる。


 ただいまーと言って馬車の中に荷物を仕分けてくれているリン。


「ほら、リリエル。お帰りなさい。今日からここが貴女の帰る家よ」


「クロエさんって、詐欺とかうまそうですよね……リリエルの言ってほしいもの、して欲しいもの、全部くれます」


 ちょっとずるい、とでも言うような表情で、けれど受け入れてくれて嬉しいという表情で私に言う。


 貴女が何もかも持っていないだけよ、と返しそうになるが流石にそれは人の心が無さすぎるかとやめておく。


「ふふ、詐欺だと言うなら騙されてみるのもいいんじゃない?損はさせないわよ?」


「そうですね……いっそそれくらいの気持ちで言った方がリリエルも気兼ね無くクロエさんと話せるかも」


「あら、いいじゃない。その意気よ」


 馬車に乗り込みながら先に入っているリンをきゆっと抱きしめて、面倒な依頼のストレスを癒やしてもらう。


 まずは馬車を大きくしてもっと快適にしよう。

 その為に材料となる木が沢山生えている近くの森へと馬車を進ませる。

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