第61話 依頼完了
この坑道がまだ稼働していた頃にはここは休憩室として使われていたのだろうか。
ひび割れて状態の悪い大型のテーブルが一つ。
背もたれの無い四角い椅子が四つ、天井からはロープで吊るされた青い半透明の石が一つだけ。
瞬きでもしているかのように一定間隔で明滅するその石は、暖かいが明かりとして用いるには不安な光度で、その内部を照らしていた。
その部屋の奥、もはや戦意を喪失しているのか武器を捨てた賊がいた。
互いに身を寄せあって部屋の角に後は塵取りで回収するだけのゴミの様にして存在して、こちらを見ている。
「ま、待ってくれっ!降参だ!あたし達はもう戦う意思は無い。それに、あんたらは怪我一つ無い。戦闘なんてそもそも無かったも同然だろ!?」
おい、頼むよ……。と懇願する賊の一人。
ふむ、どうしようかしら。
これではリンを迫害し、陵辱した村人を合法的に殺せないわ。
どうにかして適当な理由をつけないと。
相も変わらず私には気配も感じなければリンの嗅覚にも探知されない監視の存在を疑えばこそ、あまり野蛮な行為は控えないと。
通すべき義理や法則は守らなければいけない。
リンがそわそわしている。
大盾を細かく何度も地面に打ち付け、どうすれば憎き元村人どもを殺せるか思案しているようだ。
小さく舌打ちし、私は賊に命令する。
「並べ。両手を頭より上に上げてこちらに来い」
短く簡潔に命令すれば、賊は悲鳴混じりにいそいそと従う。
「よし、じゃあそのまま動くなよ」
粗方リンが殺したおかげで生き残りは数人だけになった賊を並べた。
私はその一人に近づく。
降参をした以上殺しはしない。だがこれ以上悪事を働けないように対策はとらせてもらう。
上がった状態の腕を私は順番に折っていく。
両手が使えなければそうそう悪事も働けまい。
降参したからと言って、脳みそお花畑ちゃん達みたいに「もう悪い事しちゃ駄目だよ?」ときょうび幼稚園でも言わなさそうな世迷い言で済ますつもりは無い。
賊から悲鳴が上がる。
「なんでだよっ!もう降参したろっ!ここまでする事無いだろ!?」
「リン、そいつはいらないわ。反抗の意思ありよ」
この賊が男だったら良かったのに……なんで戦争で男手取られちゃうかね。
んでそっから生きる手段が無いからって賊なんかに。
ヒステリックに叫ぶなよ五月蝿いな。
耳に響くのよ、ほんとうに最悪。
「あ、いいの?やったぁ」
見せしめに一人殺したら賊はそこからおとなしくなり、無事に全員の腕を治療不可にまで折る作業が終わる。
今は降参しているがほとぼりが冷めればまた略奪に走るかもしれない。
いや、間違いなくするだろう。
一度選択肢に楽で、効率のいい方法が入れば人はそれを選ぶ。
小人窮すれば濫す。身分の卑しい者は窮地に陥れば手段を問わず何でもする。
ならば私がする事は一つだ。
そもそも悪事を働きたくとも働けぬ体にする。
「……よし。これでいいわね」
啜り泣く声と怨嗟の声で満ちる部屋を見渡して最終確認を取る。
「じゃあもう、わるいことしちゃだめでちゅよぉ?」
赤子でも分かる様に語彙のレベルを極端に落として賊に意味の無い言葉を掛ける。
二人に依頼はおしまいっ!と宣言をし、帰り支度をする。
坑道を戻る道中、二人の話し声が聞こえ視線をやれば、リリエルが私を見ていた。
「……?どうしたの、二人とも」
「んー?クロエは怖いねーってリリエルがー」
ちょ、ちょっとリンさんっ!とリリエルの内緒話をあっさり私に告げたリン。
慌てて私にそういう意味じゃ、と言い訳しようとするリリエルに、少しだけ屈んで目線を合わせて大丈夫よ。と落ち着かせる。
「そんなに怖い事したかしら?別段賊を殺すなんてどこの村でもしているでしょう?」
「あ、そこじゃないんです。賊自体は捕まえたら基本その村ごとで処理してますので……」
そうじゃないと告げるリリエルに続けて?と爪先のひび割れたその手を握る。
「そうじゃなくて、即決で賊の腕を折る判断が出来るのが、その、手慣れてて」
殺す事の方は問題では無く、必要だからという理由で即断即決出来るその所作が怖いという。
リリエルは今まで少なくない数命乞いや同情を誘い生き延びて来た事があるという。
必要だから、で心無く行動出来るクロエに、私も必要になれば殺されるのでは無いかと不安になったと正直に話すリリエル。
「り、リリエルね?クロエさんの事、信じたいの。リリエルだけの武器も、綺麗なおめめも、貰ったから。でも……」
混血として生きてきた過去が邪魔をし、警戒を解けないでいる。
もしも敵対した時の対策を考えてしまう。
そしてその時に今までの方法が通じなさそうで、それが怖いと。
無意識レベルにまで刷り込まれた敵対した時を想定する癖が、それを拒んでいる。
「リリエル、私は貴女には誠実に接すると決めているわ。だから綺麗事は無しで話すわ」
私を信じて、などという言葉のなんともまぁ薄っぺらい事よ。
この世で何が信用出来ないと聞かれれば私はこの言葉だと言おう。
大体、出会って一日程度の他人の何を信じろと?
頭に蛆でも飼ってなきゃそんな言葉を信用しようとは思えないわ。
それよりも明確な理由は俗っぽい利益、下心を嘘偽りなく告げる方が誠実さに溢れていると私は思うわ。
「リリエル、貴女がリンの友人である内は私は貴女を家族と認識するわ。その間は、貴女を守り、愛する。リンと同じくらいにね。その点だけは信じてもいいわよ」
「……悲しいくらいに、真実しか話さないですね。クロエさんは」
「甘い言葉で騙された経験くらいあると思ってるのだけど?」
そんな言葉よりは信憑性があると思わない?と聞けば諦めきった顔で頷く。
でも、とリリエルは続けて
「クロエさんの甘い言葉なら、聞きたい、です」
と言って、顔を隠す為に大盾をこちらに構えてしまう。
「……リンと最初に出会った時は打算だったわ。独りで生きるとやがて狂ってしまうから誰かが必要、とリンに説明して一緒に生きると言ったの」
「懐かしいね、あのときからあたしはクロエに一目惚れしてたよ?」
割と面食いなのかしら?と思考の片隅でくだらない事を思いながら続ける。
「でも、リンと暮らす内にリンの存在が愛おしく、例え何があってもリンを愛して、側にいたくなったのよ」
リリエルの構える大盾に優しくノックしてお顔を見せて?とお願いする。
リリエルの淡い黄色と紺色のオッドアイがこちらをじっと見つめる。
「だから、一緒に暮らす内にリリエルのこともリンと同じく大切な人にきっとなるわ。打算無しに貴女を愛する日々がきっと来るから、私を信じて?」
「クロエ、すっごい顔。いい事言ってるのに台無し」
「やめてよリン。こういう無責任で阿呆で楽観主義な発言は苦手な事くらい自覚しているわ」
リンからの茶々のせいで締まらなくなってしまった。
「あー……その、希望通りそれっぽい事言ったけれど、どう?」
「ありがとうございます……その、騙されちゃってもいいかな、なんて思っちゃいました」
えへへ、と下手くそに笑ったリリエルは大盾に隠れ、これからクロエさんと一緒にいて、信じてもいいか確認させて貰いますね?とだけ言ってそのまま走って行ってしまう。
話している内に坑道から出たようで、私達の馬車はすぐそこにあった。
「クロエ〜?あたしに構う時間減らさないでね?」
「はいはい、分かってるわよ。リンこそ、リリエルと仲良くね?」
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