第60話 瞳の色

 坑道の奥が騒がしい。


 金属の擦れる音、複数の足音、不潔で非衛生的な匂い。

 不愉快な匂いに顔を顰めたままリンが自身の大盾を構えてゆっくりと前進する。


「クロエ、復讐ってヤツ。とっても楽しいねっ!心が軽くって、幸せな気分でいっぱいよ!」


「それは良かったわ。実感として昔の自分とは違うって感じれたかしら?」


「うんっ!」


 復讐は何も〜系のくだらない駄文でよく見る復讐をした後に燃え尽きになっちゃうのって、リンにとっての私みたいに肯定してくれる人がいないからじゃないのって思うの。


 殺した後に「ごめんけどこの後彼氏とデートなんよねぇ〜、だからさっさと死んでくれる〜?」くらいのメンタルと環境でいれれば復讐してスッキリするし恋人とイチャつけてハッピーじゃない?


 だいたい、自分を不幸にしたヤツの顔面に一発入れてソイツの糞の穴に弾丸ぶち込みたく無い奴なんていないでしょう?

 じゃあそうすりゃいいのよ、その上で幸せに暮らしましためでたし、で締めりゃいいのに世間様は御心が狭くていらっしゃるようで。


 先行ってるね〜、と興奮気味に進んで行ってしまったリンの背中を見送ってリリエルに向き直る。


「リリエル、貴女は私と一緒にゆっくり行きましょうね。大盾を持った経験は無いのでしょう?」


「あ、はい。そうなんです、リリエルみたいな混ざりモノに武器を売ってくれる店は殆ど無くて……」


 あったとしても法外な値段を要求される事があって、お金が無くて買えない、と周りにわざと聞こえる様に言わされて周囲の笑いのタネにされる事ばかりだと続けるリリエル。


「ねぇ、ふと気になったんだけど混血と純血ってどう分けられるの?そんなにパッと見て分かるの?」


「えと、その。ここ……です」


 長く、ぼさぼさの深緑の髪を掻き分けてその黒い目を私によく見える様にするリリエル。


「目……か」


 肯定するリリエルが続けて語ってくれた言葉によれば、人間は総じて黒い目をしており、亜人は自身の扱える魔法にある程度ではあるが影響されて大抵は二色の瞳を持つという。


 リンならば水魔法の青と、植物魔法の緑みたいな感じにか。


「人間は失敗作で、醜い生き物だから神から見放されている。だから魔法を授かれず、祝福の光を失った夜の瞳だって」


「なるほど?」


 亜人側の言い分も随分差別的というか、幼稚な言い方に変えれば「やーい、劣等種ー」なのだが……。

 別に素行が悪すぎて見放された訳では無さそうね、それならその言い方した時点で亜人も口汚すぎ、はい没収、ですもの。


 別に亜人で被差別側だからと言って高潔で人格者という訳では無さそうね。

 どちらかと言えば差別されてた過去があるから人間相手には何やってもオッケー、男は殺して女、子供は犯して殺そう!くらいはしてそうね。


 要は互いに憎み合ってタガが外れて外道行為も辞さない勢いって奴よ。


「なるほどね、眼を見てから貴女の手足を見て。それから混血だと判断される訳ね」


「……クロエさん」


 リリエルは不思議そうに、少し怯えながら私に尋ねる。


「どうしてクロエさんはこの黒い眼を見ても他の方の様に混ざりモノだと差別しないんですか?それに……その。なんだが見慣れてる雰囲気がありますよね?」


 そりゃあ、前世日本人ですしねぇ。カラーコンタクトでもしない限り……あぁ、そうか。

 カラーコンタクトか、付与と生産で似たような物を作れるかしら。


「見慣れている、からとしか言えないわね。それと……あー、これを言うと酷い奴だと思われるかもだけど」


「大丈夫ですよ、聞かせてください」


「私に被害が無ければどうでもいいと思ってるからよ。極端な話、私に被害がなければ横で殺し合いしてようが街中で急に全裸になろうがとうでもいいと思ってるの」


 だから、貴女が混血な事で私に何の不利益も無いから無関心なだけよ。

 と正直な言葉を告げる。


「まぁ、家族になったからには無関心はときに必要とは言え今回は気に掛けてあげるべきね」


 私は喋りながらリリエルの着ている服に付与を掛ける。

 内容は着用者の眼の色を淡い黄色と紺色のオッドアイに見せるという別段戦闘には影響しないものだ。


「ほら、ちょっと見てみて?」


 とこの世に転生した時に持っていた手鏡を渡してリリエルに自分の顔を見てみなさい、と指で自分の顔を指す仕草を取る。


「っ!クロエさんっ!?これっ!」


「わぁっ、ちょっと掴みかからないでちょうだいなっ。貴女興奮すると接触多くなるのねっ」


 だって、だってと繰り返すリリエルを宥めながら何をしたのか軽く説明をする。


 付与魔法という便利な物があり、それでイメージさえしていれば何でも出来る事。

 リリエルの眼のソレはあくまでもそう見えるだけの幻だと言う事。


「本当に貴女の眼の色が変わった訳では無いから、そこはごめんなさいね」


「いえっ、リリエルの為に、こんなに良くしてくれくれてっ!ほんとうにっ、ありがとうございますっ!」


 よほど嬉しかったのか手鏡をしきりに確認してえへへと笑うリリエルに戦闘中よ一応、と注意する。


「その手鏡はあげるから、一旦それは仕舞ってリンを追いかけましょう?」


 気持ちは分からん……でも無いはず多分。


 黒い眼これのせいでさんざんに混ざりモノだのなんだのと言われて差別されてきた自分の嫌いな部分、そういう認識だったのだろう。


 それを幻とは言えパッと見ではわからなくしてくれて、それが錯覚でもしっかりと自分が中途半端では無く所属がはっきりした感覚なのだろう。


 多分、そんな感じな……はず。


 人の心の機微に疎いから分からん。国語の成績は低いのだ、私は。


「さっ、それじゃあ行きましょう」


「あっ、はい。ついていきますねっ!」


 リリエルが私の前に出るようにして大盾の役割を果たそうと頑張ってくれている。


「頑張りますねっ、リリエル!例えクロエさんがリリエルを手懐ける為にしてくれたことでも、それでもリリエルは嬉しかったですから」


「あー……さっきのは完全にそういう意図は無かったんだけれど」


 お互い純粋じゃないわね、悪意に晒されすぎて素直に信じたり心を開く事が出来ない。


 よくある異世界モノならヨダレ垂らしながらあへあへしてたら勝手に信頼関係を築けるものなのにね。

 現実は当然そうじゃなく、暗闇の中に手を突っ込むのによく似ているらしいわ。


 少しだけこちらに歩み寄ってくれたリリエルと二人して歩き、リンと合流する。


 あたりには上品さと比喩表現をふんだんに使用してミートパイ、あるいはミルフィーユが。

 包み隠さず言えば原型を留めていない死体で溢れかえり、その中心でリンが今日一番の笑顔で佇んでいた。


「あっ、遅いよぉ二人とも」


「ごめんなさい、少しリリエルと話してたら遅れたわ」


 返り血で真っ赤に染まった大盾と銃を持ってこちらに歩み寄るリンに両手を広げてハグ待ちのポーズを取る。


 ふにゅっ、と気の抜けた声で私を抱擁したリンはちゃんと言いつけは守ったよ、と一言だけ言ってからぐりぐりと頭を私のお腹に押し付けた。


「ちゃんと言いつけを守れてエライわ。素敵よ、リン。帰ったら美味しいもの作りましょうか」


 今日はハンバーグでも作ろうかしら。

 挽肉は生産魔法で肉を加工すれば行ける。卵も創世樹街で売っていたと思う。

 パン粉もリンが育ててくれたピューロスを加工したパンがあるから大丈夫ね。


 自家製馬車の天井部分に畑を設けているので、植えられそうな植物の種は見つける度に確保している。

 加えてリンの植物魔法があれば収穫までの期間や品種改良までお手の物だ。


「残りは何人かしら?」


「えっとねー、あっちの奥の部屋にいたよー。多分昔休憩室にでもしてたんじゃなーい?」


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