第59話 坑道内制圧

 坑道は一定間隔で補強が渡され、虫が喰ったようにところどころ破損しているが、全体的に見ればそこまで致命的には感じない。


 念の為、大きな声や破壊力の高い攻撃は控えるべきだが、坑道が崩れる心配は薄いと思う。

 銃程度ならまぁ、大丈夫だろう。


「攻撃には肩を大盾に添えて、そうそう、それで受けてあげて。むりなら大盾の角度をナナメにして……」


 二人はずっとこの調子で会話をしている。


 最初こそ受け身だったリンだったが、段々とリンの方から短いながらも声を掛ける事が増えていた。


「はいっ、リリエルでも出来るでしょうか?」


 不安そうにするリリエルを不器用に励まそうとするリンを横目にリリエルを観察する。


 リリエルは自身をドライアドと人間の混血と言っていた。


 ドライアド、又はドリアード。


 名称は地域によって、あるいは訛りによって変わるだろうが大体意味は同じだ。

 地球の話ではあるが、伝承や性質としては一本の樹木、あるいは森全体を祖として宿り、生きる幻想生物であったと記憶している。


 美しい女性の姿をしており、森に住む虫や動物と心を通わせる。

 嫉妬深く、執念深い性質であるとされている。


 私の知っている逸話としては、ドライアドを嫁にした男が彼女とのデートをうっかり忘れ、友人との賭け事に夢中になってしまった。

 それを怒ったドライアドが毒蜂を嗾けて数週間に渡って彼を苦しめた……とかだったはず。


 その後どうだったかしら?誠心誠意謝って許して貰ったんだっけ?


 まぁ地球で私が知っている逸話という話だから、ここの異世界だと事情や性質は勿論違うだろうが、どちらにせよ亜人という事だ。


 恐ろしい怪力という話は寡聞にして聞かないが、リリエルの細く、通常の人間のそれよりも目で見て分かる程に長い腕はリンの様な装備構成は適切では無いのかも知れない。


「リリエル、もう少しレベルが上がって戦闘自体に慣れたら。戦闘スタイルの確立しましょうね、貴女は腕力に任せた戦い方は合わないでしょうからね」


「クロエ〜?それってあたしが力任せって言いたいの?」


「……一階層で大盾ぶん投げたの私忘れてないわよ?」


「なっ、あれ褒めてくれたじゃーんっ!」


 貴女の自主性とか自己肯定感を考慮して褒めただけで、あの時ちょっとひやってとしたんだけど?

 思いはするも口にはしないが、チラッとリンを見る。


「もー、そんな言うんだったらクロエだって――」


 リンの言葉はそこまでで、坑道の奥に視線を向けたままじっと動かなくなる。


 接敵か?


 私がそう思い意識を切り替えるのと坑道の暗闇から這い出るようにして三人の賊が走ってくるのはほぼ同時であった。


「リリエルっ、自分の身を守る事にだけ集中しなさいっ!リン、約束は守ってね?」


 既に接敵しているからかリンは言葉では無く銃を持ったままの手を軽く降ることで応え、賊の脚に向けて容赦無く発砲した。


 つんざく音、悲鳴。


 レベルが上がり内部機構も凝る事が出来た為、威力を増したソレが脚を食い破り、地べたに這いずる事しか出来ない虫けらを二つ作り出す。


 担いでいた賊を放り投げ、リリエルの側に駆け寄り、ぴったりと寄り添う。


「リリエル、私が後ろにいるわ。防御に専念して。攻撃は私がやる」


 両眼をいっぱいに開き、口で大きく呼吸している恐慌状態のリリエルにごく簡単な指示を出す。


「リロードっ!」


 リンが宣言しながら私達より後ろに下がる。


 残った賊はもはや一矢報いようとしか考えていないのか、雄叫びと共に突進してくる。


 リリエルを小さく非力な少女と侮ったのか、それとも自身の力に絶対な自信があるのか、賊は大盾にまっすぐ突っ込んでくる。


 自分の思い通りに行かなくて情けなく台パンした時のような軽い音が響き、激突する賊。

 体勢を崩せなかったと分かるやいなや、大盾の縁を掴んで無理矢理に剥がそうとしてくる。


 私とてただ見ている訳では無い。

 掴んでいる手に槍を突き刺す。


 刺された指を抑え、痛がる賊のはらわたに槍を突き刺し、そのまま持ち上げる。

 石突きの部分が地面と接地し、だるま落としのような構図になる。


「クロエっ、リロード終わった……よ。うわぁ、派手にやったね?」


 腹に深く食い込んだ槍を支えに宙に浮いている賊を見てリンが感想を漏らす。


「ははっ、いい気味ね?」


 石突きを蹴って軸をずらしてやれば短い呻き声と共に地面に受け身すら取らずに倒れ伏し、死にかけの芋虫みたいに左右に身をよじる。


「さて、無力化した訳だけれども……」


「ん、わかった。おいオマエら、降伏するなら命は取らないがどうする?」


 リンがそう宣言すれば賊どもが顔をあげてリンの顔を見る。


 そして誰が降伏を勧告しているか認識した途端、賊が一斉に吠える。

 その発言のどれもが亜人風情が、ケガレモノが、ふざけるな、と自分達の窮地を理解していないものだった。


 見下し、人間よりも劣っていると思い込んでいる相手から降伏を勧められる屈辱のが勝っているのだろう、予想通りだ。

 これで殺せる。


 その前に一つだけやりたい事があるが。


「ねぇ、こいつに見覚えがあるヤツいない?」


 賊の鳴き声を無視してさんざんと拷問し、疲弊しきった賊を放り投げる。


「ね、姉さんっ!」


 リンに銃で撃たれ、這いずったままの一匹が声を上げる。


「そう……貴女の知り合いなのね」


 身内なのであろう賊の目の前まで持っていってから、頭部を踏み潰し殺害する。


「いい?リン、他人を傷付ける悪人はいずれ誰かに殺される。今回はあたし達だけれど、間違った道を進めば今醜く悲鳴をあげて私にコロスーコロスーと言っているコレみたいになるわ」


「見なさいな、この賊を。どう思う?」


「うるさいし、じごーじとく?ってヤツだと思う?」


 リンがまじまじと賊の顔をのぞき込んで観察する。


「そうね、醜いでしょう?人という生き物を殺しすぎるといずれ貴女もこうなるのよ」


 うへぇ、やだなぁ。と漏らすリン。


「じゃあそうならない様に無闇に人を殺すのはのはやめておきましょうね?」


「わかったー」


 のんびりした返事を聞いた後、私はじゃあもう殺していいわよ。と許可をすればリンは何の感慨も無く銃弾をばら撒いて残りを殺害した。


 騒ぎすぎたか、坑道の奥が騒がしい。


 残りの人数は何人だったかしら。


 賊の死体を漁って武装を確認する。

 錆びてボロボロの短剣、半分割れた小盾、手触りの最悪の服。


 どれも粗悪品の類であり、坑道内の賊の装備構成のおおよそが分かる。

 錆びているのだけは頂けないな。


 傷口から菌が入りかねん。それに刃は錆びてボロボロの方が痛いのだ。

 痛みは戦闘への集中力を削いでしまう。


「……?どうしたの、リリエル」


「えっ、いや。大丈夫です。さっきは助けてくれてありがとうです」


「気にしないで、怪我はない?」


 リリエルの手を取って聞く。


「あ、えっと、大丈夫です」


 リンもそうだが、リリエルも今まで他者に優しくされた経験に乏しく、信じるという事に不安があるはずだ。


 だからこそ私から積極的に話し、根気良く行かねばならないだろう。

 リンの時はリンが私が無機物の人形だと言う事と、こう言うと自信過剰みたいで嫌だが人形の美貌に一目惚れしてくれたから比較的信用を得るのは簡単だった。


 だがリリエルはそうは行かないだろう。


「不安だと思うけれど、私が側にいて守ってあげるから、もう少し頑張れそう?」


「ありがとう、御座います……。こんなリリエルみたいなのを気に掛けてくれて」


「当たり前じゃない。それに、信用して貰うには行動するしか無いでしょう?」


 私がそう言えば、リリエルは呆れた様に言葉を漏らす。


「本当に、正直ですね。クロエさん……。クロエさんなりの誠実さなんでしょうけど」


「下心というナイフを袖の下に隠しているより、最初からナイフ持ってますよ!危ないですよ!って言われた方がいっそ良くないかしら?」


 小さく笑みを漏らしてそうですね、と言ったリリエルの表情は幾分か私への視線を和らげていた。

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