第58話 新しい家族

 私達の自家製馬車はMPを流すだけで牽引する動物もいないというのにご機嫌な速度でいつも通り動く。


 レベルが上がるたびに細かく付与魔法や生産魔法の強化を行っている関係か、馬車内部は内装の位置自体は変わらないものの、そのクオリティを上げていた。


 以前は格安ホテルの寝具がせいぜいのベットは、今やかなり強めに揺すらないとリンが朝起きない程に快適になっている。


 リリエルはそのベットの上に座っていた。

 心地よい感覚に落ち着かなさを感じ、私の話をちゃんと聞いているか分からない状態だった。


「……それでね、リリエル?聞いてるのかしら?」


「はぅっ!?ごめんなさい、リリエル、あんまり聞いてなかったです……」


 リンが不思議そうに首をかしげながらソファーに座ったまま脚をぶらぶらさせる。


「そんなにこのベットってびっくりするものだったっけー」


「あら、そのベットで毎日熟睡して朝起きれないのは誰かしら?」


 うぅ、と顔を赤くして黙ってしまったリンを放置し、私は再度リリエルに説明する。


「いい?これから私達は賊の本拠地に攻め入るわ。場所は旧坑道。閉鎖空間による戦闘と視界不良が予想されるわ」


 一旦言葉を区切り、リリエルがついてこれているか確認する。


 一応これはリンにも再確認の意味も込めて行っている、まぁリンならば大丈夫だろう。

 リンはこういう時はしっかりと聞いていたりするものだ。


 賊の証言が正しければ鉱物資源を粗方掘り尽くし、とうの昔に廃棄された坑道跡、そこを根城にしているらしい。

 人数は二十三人、全員が同じ村の人間で構成され、一番強いヤツでもレベルは七だそうだ。


 リリエルはともかく私達なら気色悪いナメクジを潰すぐらい簡単に殺せる。

 

「そこで、私達はともかくリリエル、貴女は戦闘経験の無い素人だろうから、私から武器を提供するわ。貴女はリンと二人で前線を張りなさい、いいわね?」


「えっと、リリエル一応レベル六で素人じゃ……」


「あら、賊に負けて素っ裸に追い剥ぎされたのはどなたでしたっけ?」


 短く呻いて言い返す事が出来ないリリエルに一言謝ってから続ける。


「ごめんなさいね、言い過ぎたわ。リリエル、貴女得物は?」


 リリエルは一本の槍を取り出して見せる。

 特別なものも無い、変哲の無い数打ちの廉価品であった。


 亜人、それも混血となればまともな品も販売してくれなかったのだろう、いや、そもそもとして亜人にまともに商品を売る店があるか?


 もしや廃棄場から拾ったか、あるいは死体から拝借したものの可能性もあるか。

 いずれにしろこの分だと武器に対してこだわりや得意武器の類もなさそうだ。


「あの、リリエルこれしか無くて……」


「ふむ、貴女さえ良ければ私が作ってもいい?」


「え!?リリエルの為に……ですか?」


 私がええ、と答えればリリエルは大袈裟な程に感謝し、それから生産魔法でリリエルの武装を作る間ずっとうわ言のようにリリエルの……、と繰り返していた。


 今まで死体漁りや廃棄品しか手に取った事がないのか。

 初めての自分の物、なのかもしれない。


 それはつまり、本来両親から与えられるはずだった愛情や、自分だけの物を与えられるという当たり前の経験を、この子はしてこなかったのだ。


「はい、これ貴女の武装よ。新兵はこうでなくてはね」


 リリエルに渡したのは、大盾と槍。

 昔リンに最初に渡した武器構成だ。まぁ尤も、リンの場合槍はついぞ使われる事なく死蔵されたが……。


 槍の長さは恐怖を薄れさせる。敵との距離=精神的余裕、だ。

 農奴や奴隷だって大盾と槍持たせて戦列組ませるだけでそれなりになる。


 それはつまりその戦法がそれだけ安定性、生存率に優れているという事に他ならない。

 ファランクス陣形がなぜ強いのかって、そういう事よ。あれはアイツらがおかしいくらい強いのもあるが……。


「クロエさんっ、ありがとう御座いますっ!リリエルだけの、リリエルの為のもの……」


「もう、嬉しいのは分かるけれど、それを扱う技術も身につけてもらうからね?この依頼が終わったら模擬戦漬けだからね?」


 はーい、というリリエルにしてはあまり聞かない間延びした返事が返ってきて、私は暫くあのままね、とリンの方を見て呆れて見せた。


 



 その後は嬉しそうなリリエルを一旦落ち着かせて陣形や道具類の最終確認をしながら馬車を走らせる事、二時間ほど。

 賊の証言さえ正しければここが賊の本拠地という事になる。


 坑道には手押しの荷車が三台、木製の扉は分厚く、僅かに開いた扉から覗く内部は梁や柱の類で補強されていた。


「狭いねぇ、二人並べるかなぁ」


「その分大盾で通路をぴったりと封鎖出来るからいいじゃない。あとは隙間からリリエルは槍で、リンは銃乱射すれば駆除は完了よ」


 敵からすれば壁がじりじりと迫ってくるみたいなものだ。

 おまけに弾丸が定期的に襲ってくるとなれば、降伏まで秒読みでしょうね。


 ま、リンを昔迫害していた村の連中だから許す気はないけれどね。


「さて、リン。攻略の前に一つだけ、いいかしら」


「なぁに?クロエ」


「絶対に一度は降伏を促す事、これだけは守って頂戴。逆に言えばそれを無視した場合は遠慮なくやっていいわ」


 馬車の道中、私なりに考えた事だ。

 人の命や善悪などほぼ機能していない異世界においてどこに殺人の線を引くか。


 そもそもとして私の感情を言うのであれば、獣を殺すのも人を殺すのもどちらも同じなのではないのか?というのがある。

 人だけ特別扱いが如く皆騒ぎ出すのか?弱肉強食とまで過激な事は言うつもりは無いが、それでも少なくとも喰われるのであればそれまでの話で終わりなのでは、と。


 だが世間一般やいわゆる常識、社会や法律に照らし合わせるとどうやらそうでは無いらしい。

 じゃあ理屈や理由は分からないが異分子扱いされる訳には行かないから分かってる顔をして誤魔化そう、で生きていた。


 分かるのは、人間は報復する生き物という事だけ。

 リンに教えれるのは報復の恐ろしさだけだ。


 今更も今更だが、私はこう言うと頭がおかしくて痛い子だと言われるがちょっとだけ異常者寄りなのだと思う。


「えっと、他者の命を簡単に奪わないで、って言ったのと関係してるやつー?」


 友達、リリエルが出来た事で他者との交流を通じて情緒であったり常識はいろいろと刺激を受けて育つだろう。

 私がリンに教えたい事はリリエルが自然と仲良くしてるいる内に二人の間で育つと期待している。


 これは多分私が出てきてあれこれ教える分野では今思えば無いのかも知れない。


「そうよ、それと一つだけ、貴女に目の前で見せておきたいものがあるの」


 なにー?と聞くリンにちょっと待ってと告げて馬車に備え付けたもはや精神状態が半壊の賊を担ぐ。


 これはこのあとすぐに使うつもりだ。


「それ使うの?もうボロボロだと思うけどー……」


「まぁまぁ、出番が来たら使うから。とりあえずその間は前衛お願いね」


 陣形はリン、リリエルを前衛に武器をリリエルが使っていた槍を生産魔法で短く取り回しやすくしたものを持って進む。

によ

 滑車弓は取り回しの点で背中に背負ったままだ。


 片方の手には半壊した賊を担ぎ、もう片方に槍、これではどちらが賊か分からないわね。


「リンさん、その……大盾ってこう持てばいいんですか?」


「あ、うん。大丈夫、もう少しこっちに寄って?」


 リンとリリエルはぎこちないながらもお互い手探りでお互いの距離を図りながら交流しているようだった。


 今はお互いの共通の得物である大盾を通して、リリエルの方から積極的に交流を図ろうとしていて、リンがそれにおっかなびっくりしつつ、応えるという形だった。


 二人とも初めての友人なのだろう、まだ手探りでチラチラと互いを見るだけだがこの分ならきっと二人は仲良くなれるだろう。

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